竜狩り奇譚:【第十話】金銀財宝の山と竜の巣と自己責任

 竜の巣に何とかたどり着いた一行は溶岩のことなどすぐに忘れ目を奪われる。

 そこには鳥が巣をつくるように、金銀財宝で竜のための寝床が作られていた。

 金、銀、宝石が見渡す限りに散らばり、高く無造作に積まれている。

 宝石の原石も、切り出され加工された宝石も両方無造作に積まれている。

 金銀も鉱石のままの状態のような物もあれば、やはり無造作に金や銀の延べ棒や美術品のような物まで置かれていたりもする。

 それこそ中には芸術品のように整えられた大きな金の像もあれば、銀製の小さな食器などまである。

 とにかく宝石や金銀や貴金属、価値の高そうな光り物を無造作に何でも集めた、そんな感じだ。

 無論、その中には武器の類も存在している。

 ただ流石に全体を銀で作られた槍などは見当たらない。

 刃の部分だけ銀製といった物は存在しているが、槍全体が銀製ともなると早々見つからない。

 コラリーが得た精霊の知識では、全体が銀製でなければならなく、その上で矢のように飾り気がないものでならなければならない。

 まあ、槍を矢として使うのだからそこは当たり前なのだが。

 条件に見合うものは、流石にこの量の中でも見当たらないし、仮にあったとしても、それを探し出すのにも苦労する。

 ただフィリップの方で条件にあう銀の槍を提供できる、との話なのでそちらに託した方が間違いがない。

 その支払い分の金銀財宝を、ここから運び出せばいいだけだ。

 それ以外の目的ではしゃいでいる者もいる。

 カディジャは魔法の武器でもないかと探し始めているし、サービは喜び勇んで手当たり次第に自分の革袋に価値のありそうなものを放り込んでいる。

 逆にサイモンは渋々ではあるが、価値がなるべくなさそうなものを革袋へと入れていく。

「銀の槍を数本程フィリップ様に用意してもらうのでは、あの革袋では少々小さくないですか? サイモン様、なるべく価値がありそうなのをお願いいたします」

 サイモンの様子をみたコラリーはサイモンに声をかけた。

 そう言われたサイモンは小さくため息をはいて、今まで入れた価値のなさそうな物を革袋をさかさまにしてすべて無造作に捨てた。

 そして、とりあえず価値のありそうなものを入れていく。

 要となる精霊の力が籠った銀の矢、その元となる銀の槍を出し渋られても困る。

 コラリーも手持ち無沙汰になったのでサイモンを手伝い始めた。

 それをみたギョームは金銀宝石が高く積まれた竜の巣に入り、竜の鱗を探す。

 カディジャは既に魔法の武器を探すことにしか目がいっていないので、仕方なくギョームがそれをするしかない。

 竜の鱗はすぐに見つかる。あちらこちらに財宝にまみれて落ちている。

 竜の鱗は不揃いで同じ形の物は一つとしてない。

 矢じりに適した形の鱗だけを選別して集めていく。

 竜の鱗は棘のように鋭いが、それでも竜の体に沿って生えるため、まっすぐな鱗は意外と少ない。

 なるべくまっすぐで鏃として適した鱗を探すのには苦労する。

 だが、カディジャの弓の腕なら、竜と対峙した時、この鱗で鏃を作ってやれば、間違いなく戦力になってくれるはずだ。

 このクソ山に住んでいた竜はギョームにとって妻を含む仲間の仇でもあり、なにかと因縁のある相手だ。

 それくらいのことは進んでやるし、そうしなければ人間の身であるなら竜を倒すこともできない。

 一行が金銀宝石の財宝でできた竜の巣を、それぞれに堪能していると、コラリーが違和感に気づく。

 さっきまで騒がしかった火の精霊の大人しくなり、そのざわめきが感じられなくなっている。

 コラリーは巣の端まで言って火山の方を見る。

 今もまだ溶岩がゆっくり流れてはいるが、頂上、火口の方はすでに溶岩が止まっており、新たに溶岩があふれ出てはいない。

「ギョーム様! これは噴火が収まったということでいいのですか?」

「ん? どれ……」

 そう言って金銀財宝の山のかなり上のほうに登っていたギョームが財宝の坂を滑り降りてやってくる。

 そして、コラリーの元までやってきて頂上を見る。

「ふむ、収まったようだな。またいつ噴火が起きるかわからん、これくらいにして引き上げるぞ」

 ギョームがそう言うと、サービが慌て始める。すでに革袋は財宝でパンパンになって地面に置かれており、サービは服のいたるところに財宝を入れているような状態だ。

「えぇっ! お、お待ちください、もう少し、もう少しだけお待ちください! もう少しで皮袋がいっぱいになるんですぞ」

 すでに皮袋ははち切れるくらいいっぱいなのだが、サービはそんなことをまだ言っている。

 それに財宝でいっぱいの皮袋はかなり重くサービでは一人で運べない重さになっている。

「それ、おまえのだから、おまえが持ち運べよ。ワシは持たんぞ」

 それを見越してギョームが先に断っておく。

 サービは目を泳がせ、コラリーに目線を合わせるが、コラリーはすぐに目線を外す。

 カディジャもこちらに向かってきてはいるが、話はあらかた聞いていたのだろう、サービと目を合わせようとしない。

 それにカディジャに頼んでも即座に断られるし、何ならカディジャには安全な道を見極めるという仕事まである。

 サービの私物を運んでいる余裕は元々ない。

 そこで、サービはサイモンに声をかける。

「へっ! むむむむっ、サイモン殿!?」

 が、コラリーがサイモンが返事する前に割り込んで返事をする。

「サイモン様は既に銀の槍の分の皮袋を持ってくれています」

 その言葉でサービは俯き、ゆっくりとではあるが皮袋の中の選定をし始める。

 それを見たカディジャが上機嫌で一本の大きなナイフを見せてくる。

 豪華な意匠を施されながらも実戦的な形をしているナイフだ。

 道具としてのナイフとして役割より、対人戦闘に向いているような戦闘用ナイフである。

「ボクは良いの見つけられたから、いつでも平気ですよ! 見てください、このナイフ! 魔法の武器ですよね!」

 そう言ってガデイジャは抜身のナイフを軽く振り回している。

 その刀身は確かに淡く輝いており、カディジャの言う通り魔法の武器の証拠だ。

 そのナイフを一目見たギョームが驚きの声を上げる。

「アマガレストナイフか、また曰く付きの物を見つけたもんじゃの」

 そう言ってギョームは兜の面を上げて、カディジャの見つけたナイフをじっくりと観察する。

「これ、曰く付きなんですか?」

 そう言ってカディジャはナイフをギョームに手渡す。

 ギョームは手渡されたナイフをじっくりと見て満足そうに頷く。

 そして、ナイフをカディジャに返した後、したり顔で話し出す。

「古スリサザリド帝国の暴君、アマガレスト帝を殺害したナイフに因縁のあるものだな…… もちろん魔法の武器だ」

 少し歯切れの悪い口調でギョームはそういうが、最後の魔法の武器というところだけは強い口調だ。

「なんですかそれ? ボクは聞いたことないですよ。自分のナイフで殺されたんですか?」

 カディジャは気になるのか、ギョームにもっと聞かせろとせがむような視線を送る。

 ギョームはサービをちらりと見て、まだしばらく時間がかかりそうだ、と、アマガレストナイフの話を始める。

「うむ。自信家の暴君で有名な大帝だ。小姓にも当たり散らかしていてな、魔法の武器で持ち主を選ぶ武器故アマガレスト帝は油断していたが、その小姓も実は武器に認められていて城下で反乱がおきていた際にあっさりとそのナイフを奪われ小姓に殺されたらしい」

「それがこれですか」

 カディジャはそう言って恍惚とした表情をして手に持つナイフを見つめた。

 それを見たギョームが鼻で笑って話を続ける。

「いや、それのレプリカじゃ。本物は城の堀にアマガレスト帝を殺した小姓が身を投げて共に消失しとる、という話じゃ」

「なんだ、偽物かー、いい出来だと思ったんだけどなー」

 ギョームの話でガデイジャは興味を失ったのか、急にナイフを雑に扱い始める。

「うんにゃ、本物じゃよ」

 ギョームはそれを見て満足そうにそう言った。

「なんで? 堀に沈んだんでしょう?」

「ああ、そうとも。アマガレスト帝を殺したナイフはな。その後、当時に鍛冶屋と付与術師がこぞってアマガレスト帝のナイフを作って売り出したんじゃ、その内の一本じゃろう」

「ええー、じゃあ、やっぱり偽物じゃないですか」

 そう言いつつも、ガデイジャはナイフが良い出来なのは変わらない、とでも思ったのか、これに合う鞘はないかと探し出すが、アマガレストナイフに合う鞘はここにはなさそうだ。

 鞘を探し出したカディジャに向かいギョームは更に話を続ける。

「いやそれがな、憎き大帝を殺したナイフということで大人気となり、大量に作られていたんじゃが、中には本物をも超える品がいくつか作られもしたんじゃよ。その本物を超えるような品を、皮肉を込めてアマガレストナイフというんじゃよ」

 ギョームのその言葉にガデイジャが固まる。

 そして、ゆっくりとギョームのほうへ振り返る。

「え? じゃあ、これも?」

 と、アマガレストナイフを見せながら嬉しそうに聞き返してくる。

「ああ、どう見ても普通のナイフとは違う。相当な業物だ。大事に使うがいいさ。本物を超えた偽物の業物じゃ」

 ギョームはそう言って頷き、兜の面を降ろした。

 そして、サービを再び確認する。サービの仕分け作業にはもうしばらく時間がかかりそうだ。

「へー、なんかその話も気にいりましたよ!」

 ガデイジャは嬉しそうにそう言って、再び鞘を探し出す。

 だが、ここにあるような鞘はどれも意匠が施された儀式用の剣の鞘などでアマガレストナイフに合いそうな鞘ははやりなさそうだ。

「ギョーム様は博識ですね」

 コラリーも知らない話だが、古スリサザリド帝国の暴君の話は聞いたことがある。

 だいたいギョームが言っていたことどおりで、革命が起き国自体が解体されたはずだ。

 ただこの辺りの土地ではなく、さらに西のほうの国だったはずだ。

「年の功って奴じゃよ。さて、噴火も収まっておるな。しばらくは噴火は起きんはずじゃ。今流れている溶岩を避ければ安全に帰れるぞ」

 ギョームはそう声を全員にかける。

 その声でガデイジャは鞘を探すのを止め、元々作業が終わっていたサイモンもあふれんばかり詰められた財宝の入った皮袋を軽々と担いで巣の端までやってきた。

 サービだけが慌て出すが、まだまだ時間はかかりそうだ。

 それを見たコラリーがギョームに話しかける。

「ギョーム様が随分と落ち着かれていたのは、この山の噴火がこの程度と知っていたからなのですね?」

 改めて、コラリーは火山の噴火のことを話す。

 どうせサービにはもう少し時間が必要だ。多少無駄話をしていても問題はない。

「うむ。この山の溶岩は人の足でも急げば追い付かれんからな。カディジャの後ろをついてまわれば、まず危険はないじゃろうとな」

 カディジャの危機回避能力は異様に高い。

 なんだかんだで皆、高水準の強者が集まったパーティなのは間違いがない。

 ただその個性には少し問題があるのは否めない。

「ま、待ってくだされ、も、もう少しで仕分けが終わりますぞ、何とぞ!!」

 そう言って、サービは必死に自分が持ち運べる最大限の重量を探っている。

「だとよ、リーダー、どうする?」

 ギョームが呆れながらコラリーに聞くと、コラリーは嬉しそうな笑顔で返事を返した。

「噴火はしばらくないのでしょう? なら待って差し上げましょう。またへそを曲げられても困りますからね」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る