竜狩り奇譚:【第七話】砂漠の支配者と竜が飛び去った理由と通行止め

 一行は港町のサイアグラスをほぼ素通りし、竜がいるという塔を遠目で眺めつつ、クソ山に通じる唯一の陸路、コルカト砂漠の入口の街コルカト=ダウに来ていた。

「はぁ? クソ山に行けない? それはどういうわけじゃ!」

 ギョームが街の衛兵に吠えるように噛みついている。

 衛兵のほうは、めんどくさそうに対応している。

「だから、今はコルカト砂漠に入ることはできないんだよ」

「だからその訳を教えろと言ってるんじゃ!」

 衛兵に食って掛かるギョームを止める者は居ない。

 他の者はただ成り行きを見守っているだけだ。

 コラリーですら情報を得られれば良いとばかりに静観している。

「サンドワームだよ」

 と、衛兵が辟易した顔で吐き捨てた。

「サンドワームごときでなんだとというんじゃ」

 サンドワームと言うものは、砂漠に住む、どこまでも大きくなるイモムシだ。

 ただイモムシと言えど、生まれたときから豚を丸呑みできるくらいの大きさで生まれてくる。

 そして、なんでも喰らう。文字通りなんでもで共喰いもよく見る光景だ。

 昔は何かの幼虫と言われていたが、いつまでたっても羽化することもなくただただイモムシの姿のまま大きくなる。

 一説には蛹になることはあるが、なったとたんに同族に喰い殺されるので羽化することはない、と言われているそんな魔獣の一種だ。

 イモムシと言えど砂漠では砂を泳ぐように動き、その動きが緩慢ということもない。

 また成長したサンドワームは想像を絶するほど大きく際限なく育ち、海に住み巨大な船を沈めるよなシーサーペントなんかよりも巨大化すると言われている。

 ただ魔獣としては弱く、毒なども持っているわけではない。

 その攻撃方法は巨体を生かしての体当たりと丸呑みくらいのもので、竜のように空を飛んだり、炎を吐いたりするわけでもない。

 魔獣という部類では倒しやすい相手でもある。それが理由で砂漠を通れないとなると、ギョームじゃなくても文句が言いたくなる。

「皆さん、そういうんですけどね、実際に目に見てみればわかりますよ、なにせ竜が逃げ出したくらいなんですから」

 衛兵はニヤリと笑い、自信はあるようにそう言った。

「え? 竜が逃げ出したってどういうことですか?」

 衛兵の言葉にコラリーも驚く。

 この衛兵は竜がサイアグラスの近くにある塔に引っ越した理由がサンドワームだという。

 魔獣としては最強の竜がサンドワームを避けて逃げ出すとか想像がつかない。

「まあ実物を見て見ればすべて理解できるよ。コルカトの丘は岩場で安全だし、そっからなら今の惨状がわかるからさ」

 だが、衛兵は説明しても無駄とばかりに、そう言ってニヤついた顔を見せつけてきた。


 言われた通りに一行がコルカトの丘から見たものは想像を絶する光景だった。

 幾百、いや、幾千幾万もの巨大なサンドワームが砂漠をのたうち回っていた。

 相当な距離離れているこの丘まで地響きが絶えず伝わるほどだ。

 まるで放置された死体に蛆虫が次々と湧き出でる様に砂漠からサンドワームが湧き出て共喰いを続けている。

 その光景が眼下に広がる砂漠の至る所、視界の限り見ることができた。

 一体今、この砂漠にどれだけの数のサンドワームが生息しているか、想像もつかないほど見渡す限り巨大なサンドワームが視界いっぱいに広がっていた。

「これは想像以上ですね、サンドワームは初めて見ましたが、ここまで繁殖するものなのですか?」

 コラリーが目を丸くして驚きながら、誰に言うでもなくそう言った。

「ありえん。サンドワームは本来縄張り意識が強い魔物じゃ。こんなに群れて繁殖するわけがない……」

 共喰いするその生態から、サンドワームがここまで大繁殖することはない。

 まさしく異常繁殖であり、衛兵の言っていた通り、一目見ればこの砂漠を行くのは危険を通り越して、どうやっても無理だ。

「だから共喰いしているんですね、さすがにこれは砂漠を進むのは無理ですね」

 ガデイジャがまるで他人事のように言っている。

 だが、斥候としても一流であるはずのガデイジャがそういうからには、砂漠を行くのはやはり無理なのだろう。

「けど、竜が逃げ出したとはどういうことでしょうかね?」

 ガデイジャが不思議そうにギョーム尋ねる。

「クソ山の竜は砂漠のサンドワームを餌としていたんじゃ。それにクソ山は僻地の火山じゃ。だから人間には特に被害もなくお互い不干渉でいられたわけじゃが……」

 ギョームも茫然としながら広大な砂漠で巨大なイモムシがのたうち回っている姿を見ている。

 これはギョームも流石に想像していなかった光景のようだ。

「サンドワームが異常繁殖したせいで竜でも手に負えず、餌を得られなくなって巣を移動したというわけですね。この光景を見れば納得はできますね…… 他にクソ山にいく道はないのですか?」

 と、同じく呆然と阿鼻叫喚の砂漠を見つめながらコラリーがギョームに聞くと答えが返って来た。

「海路でならな。それでも暗礁が多く危険な航路となる、それを請け負ってくれる船乗りなど……」

「あー…… 父さんなら……」

 サイモンが何とも言えない顔をして発言する。

 だが、サイモンの願いは、その父を殺すことだ。

 ただその理由は精霊が現れたので聞けないままだが、サイモンが何を思ってそんなことを言ったのか、それがわかる人間も、わかろうとする人間もここにはいない。

「元海賊上がりか…… 良いのか?」

 ギョームがサイモンに確認すると、サイモンは目を見開いて答える。

「いえ、一石二鳥です。船上におびき出したところで仕留めてしまえば…… それで私の願いが叶います!」

 そう言った後、サイモンはグヘヘヘ、という下衆な笑い声を漏らしている。

「それではクソ山までいけないじゃない? 狙うなら帰りでサイアグラスに近い場所で…… とかどうです? サイモンさん」

 サイモンの話を聞いたカディジャがそう提案し、それを聞いたサイモンの顔が明るくなる。

「おお、流石カディジャさん! ナイスアイディアです!!」

 サイモンは何度も頷いて、今度は「その方が父も安心して隙を見せるか」などと言い出している。

「サイモン様の願いの件は置いといて、海路を使うなら一度サイアグラスには戻らないとダメみたいですね」

 クソ山に一番近い港町もまたサイアグラスだ。

 そこで、サイモンの父であるマフィアのボスを雇うかどうかは置いておいて、とりあえずクソ山までの船を確保しなければならない。

「銀の槍の件はどうする? 後回しにできる時間ももうあるまい?」

 確かにクソ山にある竜殺しの槍も重要だが、精霊の矢も今は三本しかない。

 流石に三本で竜に挑むのは無謀すぎるのだが、銀製の槍、しかも矢としてて適性がありそうな飾り気のない物となるとそう見かけるものでもない。

 銀製の槍もないことはないが、大体儀式用などで装飾がついた物で、それを矢として飛ばし、当てるなどは困難を極める。

 だが、コラリーには一応、考えがある。

「それには一応当てがあります」

「ほほぅ? 聞こう」

 ギョームが珍しく期待した視線をコラリーに向ける。

「竜は金銀財宝を集めると聞いています。なら、クソ山にはあるんじゃないんですか?」

 確かに竜は光ものを集める習性がある。

 元、竜の巣だったクソ山にそれらが眠っていてもおかしくはない。

「銀の槍などは流石にどうじゃろうな…… 銀そのものや刃の部分だけ銀なんて物なら、まあ、あるとは思うが」

 ギョームは記憶を頼りにそんな曖昧な返事をする。

 まるでギョームはクソ山の竜の巣を訪れたことがあるような反応だ。

 いや、クソ山に竜殺しの槍があると断言しているギョームだ。訪れたことがあっても不思議ではない。

「最悪それらの銀をサイアグラスで鋳つぶして槍にしてもらいましょう」

「まあ、そうじゃな。それが確実か」

 飾り気のない槍で良いのであれば、鋳つぶして槍を作ったところで、それほど時間が掛かるものでもないはずだとギョームも判断する。

「では、サイアグラスに戻る感じですかね? それと竜が貯めこんだ銀ではなく金のほうなら少しばかし頂いても問題ないですかな?」

 サービがニヤつきながらそんなことを言う。

 グレハバルの村で断った少量の金品でもへそを曲げていたサービだ。

 ここで断って更に拗ねられても困るし、それを止める権利はコラリーにもギョームにもない。竜の財宝は誰のものでもないのだから。

「好きにすればいい」

 とだけ、ギョームは冷めた顔でサービに告げた。

 そんな表情の顔を向けられていることには、慣れているのかサービは全く気にせず笑顔を見せた。

「竜の財宝の中に伝説の武器とか魔法の武器はあるかな?」

 カディジャがそんなことを言い出した。

「どうしたんじゃ、急に」

 カディジャらしくない質問にギョームが少し驚いて聞き返す。

「ギョームさんには精霊の力が宿った武器がありますよね? そうすると竜殺しの槍は槍術も使えるというコラリーさんが扱うでしょう?」

「ん? まあ、そうなるな」

 確かにそれはそうだ。

 少々ギョーム自身と因縁のある槍だが、ギョーム本人が使わなくてはならない、ということもない。

 精霊に認められた、か、どうかまではわからないが、知識を授けられたコラリーが使ってくれるなら、ギョームも納得できる。

「で、サイモンさんにはグレハバルの大弓、サービさんは、まあ、僧侶なのでいいとして、ボクも竜に通じる武器が欲しいかなって」

 確かに、とギョームも思う。

 カディジャの装備ではどうあがいても竜に傷一つ付けることはできない。

 が、カディジャ程の弓の腕があるならばやりようがあることをギョームは知っている。

「ふむ…… そんな武器があるかどうかわからないが、クソ山の巣にヤツの鱗があるかもしれん。それを鏃にすればおまえの弓でも鱗を抜けるかもしれんな」

 それでもかなりの技量が必要であるが、カディジャならば問題ない。弓においても彼女は天才的な才能を持っている。

「なるほど! さすがですね、ギョームさん! あー、でも、こう、斬り応えのある手頃なナイフなんかもあると、ボクは嬉しい…… です……」

 そう言ってニヤつくカディジャにギョームは若干引きつつ、

「あ、あると良いな……」

 と、だけ声をかけた。

 そこへ、コラリーが何か思いついたように会話に参加してくる。

「それと、カディジャ様」

「はい、コラリーさん!」

 と、カディジャはコラリーに媚び諂うように返事をする。

 まるで主人の奥方様にでも返事しているかのように。

「サイモン様に弓の扱いを教えてあげてください。現状ではサイモン様しか、大弓はまともに扱えませんので」

「了解です!」

 と、カディジャは元気に返事をする。

 けれども、肝心のサイモンは驚いたような顔を見せる。

「ええ、本当にこの大弓、私が使うんですか!?」

 そう言ってサイモンは背負っている大弓をまじまじと見た。

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