竜狩り奇譚:【第八話】父と子とやり取り

 一行はこの国の海の玄関口である港町のサイアグラスに戻り、サイモンの実家ともいうべき、ガレドファミリーの本拠地である海の見える豪華な屋敷に来ていた。

 サイモンの父、フィリップ・ガレド。

 どんな人物か、皆が気になっていた。

 サイモンが半裸で女性物のハイヒールを履いた黒ビキニと腰ミノだけ身に着けた男だ。

 しかも、浅黒く日焼けしていて無精髭を生やしているにもかかわらず真っ赤な口紅を差しているような男だ。

 その上で筋肉ムキムキの偉丈夫である。

 そんな彼の父がどんな姿をしているか気にならないわけがない。

 が、いたって普通の姿だった。

 確かにサイモン同様偉丈夫であり、隻眼なのかそれを眼帯で隠してはいるが、それ以外にサイモンの恰好のように奇異なところはない。

 一見すると眼帯の伊達男。そんな第一印象が浮かぶ男だ。

 ある意味一行ががっかりしていると、サイモンの父、フィリップが話してきた。

「そちらの要件はわかった。だが、それを俺が叶えてやる通りはねぇよなぁ?」

 フィリップはサイモンを挑発するようにニヤつきながらそう言った。

「そうですか、父さん、では、死んでください!」

 それを聞いたサイモンがいきなり拳を振り上げる。

 一行がギョッとしてサイモンを見ると、張り付いた笑顔で拳を振り上げているサイモンがいた。

「おう、いつでも来るがいい!! お前に竜退治なんぞ、百年早いとわからせてやる!!」

 それにフィリップも反応して、席を立ち拳を構える。

 その間に、コラリーが割って入る。

 その行為だけで、カディジャが小さく拍手をして褒め称えている。

 実際、サイモンの異常な怪力を目の辺りにしていると、その前に立ちはだかるだけでかなり勇気のいる行為だ。

 そんなよくわからない光景が広がっている。

「サイモン様もフィリップ様も、やめてください。なら別を当たるだけですので」

 海賊上がりのマフィアではあるが、フィリップはそれでも今は一応はサイアグラスの市民でもある。

 マッソン家というほぼ武勲のみでのし上がってきている武闘派貴族を敵に回したくはなかったのか、フィリップはコラリーに免じて椅子に座る。

 サイモンもしばらく拳を振り上げていたが、じきに落ち着きその拳を下げた。

 落ち着いたところで、小さく拍手をしていたカディジャが口を開いた。

「あっ、ついでなんですけど、銀の槍とかないですか? サイモンさんのパパさん」

 フィリップもパパと呼ばれ、少しだけ面食らったが、カディジャの問いに律儀に答える。

「パパ…… ま、まあいい。銀製の槍か。それなら、まあ、用意出来ないことはないがな? それなりには頂くぜ?」

 そう言ってフィリップはカディジャではなくコラリーを見る。

 コラリーはそのフィリップの態度に満足してゆっくりと頷く。

「そうですか、後払いでも可能ですか?」

「なんだ、当てでもあるというのか?」

「ええ、まあ……」

 そう言ってコラリーは竜の財宝のことを話す。

 一行は黙ってその様子を見ているが、欲深い僧侶サービだけがハラハラしながらそれを見守っていた。


「なるほど。竜の巣の財宝か…… 確かに塔に住み着いた竜が財宝を持っていたとの話は聞いてねぇな」

 フィリップの情報網をもってしてもそんな話は聞いたことない。

 竜が金銀財宝を持ってきているなら、少なくともフィリップの耳には入っているはずだ。

「なら確実にクソ山に財宝はある。ワシは山に様に積まれたそれを見ているからな。あることだけは確実じゃ。今あそこは海路以外では行けんからな、誰も持ち出してはおるまい」

 竜が貯めこんだ財宝。

 サンドワームの異常繁殖した後に、竜が去っているのであれば、まだその地にあるはずだ。

 恐らく竜もサンドワームの繁殖が落ち着いたら塔から火山に戻るつもりなのかもしれない。

 だとすると、この竜退治は更に時間制限が付く。

 他の者が竜を倒すか、サンドワームの異常繁殖が収まり竜がクソ山に帰るか。

 国王的には願い事を叶えなくていい分、竜がクソ山に帰ってくれるほうが良いのかもしれないが。

 願いを叶えたいコラリー達は急がねばならない。

「こちらは?」

 ただならぬ雰囲気の全身鎧の男にフィリップがコラリーに聞く。

「あの、アーメッドの者です」

 コラリーはニヤリと笑ってそう説明すると、フィリップも驚いた表情を見せる。

「なっ…… あ、あの…… アーメッドか…… 噂には聞いている。確かにただ者ではない気配だな」

 フィリップはまじまじと全身鎧のギョームを観察してそう答える。

 名に恥じぬ雰囲気を纏った男だ。

 怪力だけが取り柄のサイモンとは違い、この男と戦えば間違いなく殺される、とフィリップはギョームの纏う雰囲気を感じ取りながら悟った。

 そして、頭の中でマッソン家とあの悪名高きアーメッドならば、と試算を始める。

 その結果はどう転んでも、自分に損は出ない。

 そうフィリップは頭の中ではじき出した。

「良いだろう、アーメッドとマッソンの名に免じておまえらをクソ山まで連れてってやるよ」

 フィリップはこれから得られるであろう儲けを考えてニヤリと笑って見せた。

 それがとらぬ狸の皮算用だとは、フィリップは考えない。

 この者達ならやり遂げる、という確信をフリップは持てていた。

 

 フィリップの所有する船に乗り一行はクソ山を目指す。

 ただサイモンの目論見は外れ、その船にフィリップが乗ることはなかった。

「師匠、目論見が外れました」

 サイモンは項垂れる様にカディジャの前に立っている。

「大丈夫ですよ、サイモンさん、チャンスはすぐに訪れますよ! ボクが言うんですから」

 カディジャがそう言って、肩を叩こうとするが身長差がありすぎて叩けずにいる。

「はい、師匠!」

 いつの間にかにカディジャとサイモンはおかしな師弟関係になっていた。

 それはサイモンはカディジャから弓術を教わるついでに格闘術まで習いだしているからだ。

 サイモンほどの怪力の持ち主が格闘術を本格的に習い始めたら、対人では誰も止められなくなるに違いない。

 カディジャは最悪の破壊者を作り出そうとしているのかもしれない。

 しかも、カディジャが教えている格闘術は実戦式の暗殺格闘術ともいうべき相手を殺すためだけの格闘術だ。

 サイモンには格闘術の才能があると、カディジャは弓術よりも熱心に教えているくらいだ。

 今も甲板の上で格闘術の稽古を始めようとしている。

 カディジャもカディジャで自分以上の新たなる殺戮者の誕生にウキウキしている。

 その様子をギョームとコラリーが少し離れて見ている。

 ついでにサービは竜の財宝の取り分について、この船の船長と協議していてこの場には居ない。

「弓術の方を熱心に教えて欲しいのですが…… 格闘術は流石に竜相手では意味ないですよね」

 コラリーはサイモンの背負っている大弓を見ながらそう言った。

 まずは竜にサイモンの大弓が当たらなければ始まらない。

 本来なら、格闘術など習っている暇はないはずだ。少しでも弓の練習をして欲しいとコラリーは思っている。

「まあ、竜を地上に引きずり落としてくれればそれでいい。それにあやつの怪力なら竜にでも通じるやもしれぬしな」

 確かにサイモンの常識外れの怪力なら竜にも通じそうな気がしてならない、と、コラリーも思うが流石にそれはないとすぐに考え直す。

 それに竜の鱗は滑らかに見た目は見えるが、その実はごつごつとして刺々しい。人が指で触るだけで指先が血塗れになる様な鱗だ。

 そんな鋼鉄よりもはるかに硬い鱗に拳を打ち込んだら、拳の方がズタズタに引き裂かれてしまうだけだ。

 なのでコラリーは、

「それ本気で言っているんですか?」

 と、ギョームに問うと、

「無論、冗談じゃ」

 ギョームは笑顔で返すだけだった。

「しかし、ちょっと竜を倒す手段を得るためとはいえ、寄り道しすぎました。竜が倒されるなんてことはないでしょうか」

 コラリーはそれが一番の心配だ。

 竜退治のために集まった者達は、コラリー達だけではない。

 確かにゴロツキなども多かったが、本当に腕の立つ者達も大勢居たことも事実だ。

 その中には王国の騎士団長もいた。彼らが本命だろう。噂だが攻城用の兵器迄持ち出しているとの話だ。

 王城で王様の演説を聞いた後、その連中が竜が住み着いた塔に直接向かったなら、既に竜と戦っているはずだ。

 ただサイアグラスに戻った時は竜が倒されたという話は聞いていない。

「あの、クソ山の竜は準備もなしに倒せるような奴じゃない」

 ギョームは確信をもってそう言った。

 だが、その言葉は逆に準備さえできれば倒せる、とも言っているようにコラリーには思えた。

「ギョーム様は、今回の竜、よく知っているようですよね?」

 ギョームはクソ山に竜殺しの槍が存在していることを知っていたり、竜の財宝を直接見ていると、発言しているのをコラリーも聞いている。

 恐らくギョームは竜に挑んだことがあるのだと、コラリーは既に感ずいている。

「まあな。あやつがまだクソ山にいるときに挑んだことがある。結果は惨敗じゃったがな」

 そう言って、ギョームは項垂れる。

「ギョーム様がですか?」

 恐らく曲者ぞろいのこのパーティの中でもギョームは頭一つ飛びぬけて強い。

 あのカディジャですら「ギョームさんの一撃は必殺の一撃でかわせるかどうかわからない」発言している。

 コラリーの見立てでも、ギョームは全てにおいて高水準でなによりバランスが良い。

 その上で、その斧槍からの攻撃は必殺の一撃の威力を秘めている。

 あの攻撃はかわすのも容易ではなく、ましてや受け流すこともなきない、そんな一撃で、まさに必殺の一撃だ。

 コラリーの評価も、流石はあのアーメッド、といったところだ。

「ああ、竜殺しの槍もその時に用意したもので本物だ」

 ギョームは少し寂しそうに当時のことを思い出す。

 その兜の合間から覗く表情は哀愁に満ちている。

「なるほど、その時はどうして負けたのですか?」

 コラリーの質問にギョームは鼻をで笑う。昔の自分を馬鹿にしているかのようだ。

「竜殺しの槍を手に入れて、皆、気が大きくなっていたんじゃろうな。対空手段をまるで用意してなかった。そもそも奴があそこまで自由に空を飛び回れるとは想像してなかった。空から火を噴かれては手も足もでんかったわい」

「では今回は山の神の大弓もありますし、今度こそ…… ですか?」

 コラリーの言葉にギョームは顔をあげる。

 その眼は決意に満ちた目をしている。

「ああ、その時の仲間はワシ以外全滅したがな、その敵討ちもあっての参加でもある、王への願いは…… まあ、ついでと言えばついでじゃな」

「そう言えば、ギョーム様の願いは聞いてなかったですね」

 精霊が現れたのでギョームの願いと、どうしてサイモンが父を殺したいのか、その理由はまだコラリーにはわからない。

「内緒じゃ。大したことではない。おまえは…… 望まぬ婚約の破棄だったな。精霊の知識を得て竜退治の英雄になれば、それも可能じゃろう」

 竜退治の英雄ともなれば、結婚の破棄など王に願わなくても叶う話だろう。

 ただ、ギョームはコラリーがどこまで本気で竜退治をしているのかわからない。

 婚約破棄のためにだけに竜を相手するのは余りにも危険が大きい。

「そう言えば、竜殺しの槍は私でも扱えるような物ですか?」

 恐らく自分が使うことになるだろう、竜殺しの槍についてコラリーはギョームに聞いた。

 グレハバルの大弓同様に常人では扱えないような逸品であれば、竜殺しの槍を渡されてもコラリーもサイモン同様に困るだけだ。

「ああ、前の持ち主も女、いや…… ワシの妻だったからな。お前さんでも扱えるはずだ」

 ギョームはそう言って視線を水平線へと向けた。

 そこには何もない青く真っ青な海が見えるだけだ。

 強い潮風がギョームの寂しそうな顔を撫でていく。

「そう…… ですか…… 私が使わさせていただいても良いんですか?」

 コラリーがギョームを覗き込むように聞くと、

「構わん。お前さんほど美人ではなかったがな、都合のいいことしか頭に入らないところは似ておったよ」

 そう言ってギョームは、やはり寂しそうに笑った。

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