竜狩り奇譚:【第六話】湖の精霊と竜狩りの勇者の伝承と精霊の武器
輝く湖面を歩きコラリーたちに近寄って来る精霊。
人型をしてはいるが、その体は湖の水でできている。
顔のようなものはあるが、表情を読み取れるほど明確な造形はしていない。
今の湖と同じく光る水の体でユラリユラリと湖面を歩き近づいてくる。
一行が固唾を飲み込み状況を見守る。
「OOoOooooOOOooooOoOOoOoOoooOooo?」
精霊がなにか言葉を発するが、精霊魔術を学んでいないコラリーらは誰一人としてその言葉を理解することはできない。
コラリーは槍のように大きな矢を持ち、それを精霊に捧げるように精霊に語り掛ける。
「この矢を与えて下さった精霊様とお見受けします。我々はこれより竜狩りに出向く所存です。できればこの矢を再び我ら人間に与えては頂けないでしょうか」
「OoOoOooOoooOOoOoooo」
コラリーの言葉に精霊は何か返事をするが、やはりその意味を理解することはできない。
「精霊様、申し訳ありません。我らには精霊様のお言葉を理解できる者はいません」
そう答えたコラリーに精霊が手と思しき部位を伸ばす。
コラリーは、矢を地面に置き、それを両手で丁寧につかむ。
精霊の手は、淡く優しく光っていて人型をしてはいるが水そのものだ。
冷たい感触だけを両手にコラリーが感じた、その瞬間、コラリーの中に凄まじい量の知識が流れ込んでくる。
その衝撃にコラリーは一瞬呆ける。
だが、すぐに悟り精霊の恐らくは頭部を見上げる。
「これは…… わ、わかりました。銀の槍が必要なのですね」
精霊はゆっくりと頷き、そして湖へと一体化するように沈んで消えていった。
精霊が消えると湖にの光もゆっくりと弱くなり消えていった。
なにもない湖に戻り辺りを静寂と闇が再び支配する。
「おまえ、精霊の話が理解できたのか?」
精霊が去って、少しの間を置いてギョームが驚いたようにコラリーに話しかける。
「知識をいただきました」
コラリーは高揚したように顔を赤らめながら、矢を持ち立ち上がった。
「コラリーさん、伝承の勇者みたいですね」
ガデイジャがコラリーを見上げながらそんなことを言う。
「そういや、竜狩りの勇者も精霊から知識を貰ったっていう言い伝えじゃな」
ギョームもこの国に伝わる昔話を思い出し、少し嫌そうな顔をしながらそう言った。
その勇者も精霊魔術を扱えずに、精霊の言語を理解できなかったが、その代わりに精霊から様々な知識を授かったという。
その知識で、その勇者は見事、当時の竜を打倒したとされる。
「そうなのですか? 拙僧はこの国の歴史には疎いのでわかりませぬが」
外の国から来たサービだけがその話に心当たりがなく、不思議な表情を浮かべつつコラリーを見つめる。
だが、そのサービにも今のコラリーは特別な存在に思えた。
まさに、夢見物語で語られるような御伽噺、その主人公のようにサービには目に映った。
「では、この大弓もコラリーさんが使ったほうが良いですか?」
サイモンも竜狩りの勇者の伝承を知っている。
勇者の武器は大弓ではなかったが、コラリーがそうであるのならば、今、唯一、竜に効果がありそうな、この大弓はコラリーが持つべきだとサイモンは判断したからだ。
「いえ、私ではその弓は物理的に扱えません。それはサイモン様がお使いください」
少なくともこの大弓はコラリーが扱えるような物ではない。
そもそもコラリーでは持ち歩くだけで大仕事になってしまうほどのものだ。
「えぇ!? 私にこの弓が扱えるでしょうか……」
サイモンが驚いたようにそう言うが、
「おまえ以外に誰が扱えるというのじゃ」
と、ギョームが少し悔しそうにそう言った。
ギョームも大弓を引けないことはないが、サイモンのように軽々と引いて見せることは不可能だ。
実戦でギョームが大弓を扱うのは不可能ではないが最善ではない。
この大弓を軽々と扱えるサイモンの怪力が規格外であり、希望でもある。
これだけの大弓、しかも神が授けてくれた弓であるならば、竜にも効果を期待できるというものだ。
「けど、銀の槍ですか。そんなもの用意できるんですか?」
それはカディジャの言う通りだ。
銀製の槍などそうあるものではない。
コラリーの貴族としての権力を使い作らせても良いが、それを用意している間に竜が他の者に討伐されかねない。
さすがに銀製の槍など早々用意できるものでもない。
「ともかくクソ山を目指しましょう」
コラリーもそのことをわかっているので、当初の目的通りクソ山にあるという竜殺しの槍を目指す。
「矢はいいのか? それとも銀の槍を得てから、またここに戻ってくるのか?」
だが、竜がいる塔、その一番の最寄りの町であるサイアグラスは、この湖とクソ山の中間に位置している。
クソ山に行くだけでも、かなりの遠回りをしなければならないのに、クソ山に行った後に、この湖に戻って来るのはあまりにも効率が悪い。
「真水がある程度ある天然の泉なら、銀の槍に精霊様のお力を注いで頂けるということです」
ただコラリーに授けられた知識は、精霊の矢の元となる矢の話だけではない。
精霊に授けられた知識では、ある程度清く量のある自然に存在する水さえあれば、この湖である必要はないとのことだ。
「なるほどですな。それならば、そのクソ山を目指しましょうぞ」
サービはそう言ってニヤリと微笑んで、コラリーを見る。
その視線は今までコラリーに向けられていた物とは明らかに違う。
この国の伝承をなぞらえたコラリーに新しい利用価値を見出したようだ。
コラリーが見事、竜退治を成功させれば、それは新たな英雄譚の誕生の瞬間だ。
それに同行した僧侶ともなれば、その名声は計り知れない。
サービは人知れずゆっくりと頷いて、これから得られるかもしれない栄光を夢見る。
その栄光は彼が信じてやまない神の布教にも十分に役立ってくれるはずだと。
「ワシの斧槍にも精霊の力を注いでくれんかの」
ギョームは冗談のつもりでそう言った。
竜との戦いではクソ山にある竜殺しの槍を用いるつもりだが、この斧槍が竜に通じるのであれば、使い慣れたこの斧槍のほうが良い事は良い。
「それは鋼製ですよね、どうでしょうか。頂いた知識の中にはそのようなことはありませんでしたが。ものは試しです。そこの湖の中に投げ込んでみては?」
と、コラリーは冗談のつもりでもなく真面目にそう言う。
「冗談じゃよ……」
と、ギョームはそう言って自身の斧槍を、湖に投げ込まれたらかなわないと少し離れた位置に置きなおす。
「しかし、湖にわざわざ寄った意味はありましたな。コラリー殿が勇者ですか。これは色々な意味で僥倖ですぞ」
サービ的にはここで精霊の矢をすんなりと貰えるよりも、コラリーが伝説の勇者になぞらえたことのほうが収穫が大きい。
あとは竜退治を行うだけで、サービの願いはかなったようなものだし、栄誉までも得られる。
もしかしたら、この国の布教のすべてを任せられる可能性もある。
サービは自然と笑みがこぼれてしまうが、はたからみたら目に深い隈がある痩身の男が薄気味悪くニヤついているだけなので、怪しいだけだ。
「私が勇者ということはないでしょう。ただ知識を幸運にも授けられたというだけです」
そう言うコラリーも悪い気はしてない。
高揚させているのか、ほほがかなり赤い。それは焚火に充てられるからだけではないのが一目でわかるほどだ。
「精霊から選ばれたということじゃろ、誇りに思え…… って、何やってる!!」
ギョームが見守るように、コラリーを見ていると、音もなく忍び寄ったカディジャがギョームの斧槍を持ち上げ、湖に投げ込もうとしているのを寸前のところで気付いた。
警戒して斧槍を遠くに置いてしまったことが災いしてしまった。
「え? この斧槍、湖に投げ込むんですよね?」
心外とばかりにカディジャはそう言うが、ギョームはそれを必死で止める。
「やめろ! その斧槍に出会うまでにどれだけ苦労してきたことか!!」
と、ギョームが叫んだところで、バッシャーン! と盛大な音を立てて、ギョームの斧槍が湖に投げ込まれる。
するとすぐに湖が光りだす。
ただし先ほどのように優しい光ではなく、少し荒々しい。まるで鋼鉄の塊を自分の家に投げ込まれた精霊が怒っているかのように。
「おお! やりましたね、ギョームさん!!」
と、カディジャが笑顔でギョームに語り掛けるが、ギョームは口をポカンと開けたまましばらく固まっていた。
すぐに先ほどの精霊が現れるが、その水でできた顔が少しばかり、いや、かなり怒っているかのように、コラリー達には思えた。
その後、コラリーとギョームが必死に謝り精霊の怒りを鎮めた。
それで帰ってきたギョームの斧槍は仄かに白く輝き不思議な光を宿していたという。
「ギョームさん、感謝してくださいよ! ボクのおかげでその斧槍に精霊の力が宿ったんですから」
カディジャがごきげんにそういうが、ギョームはカディジャを睨み返すだけだ。
普通の人間なら震え上がるほどの胆力なのだが、カディジャは全く気にも留めていない。
カディジャもギョームからつかず離れずの距離を取っているので、わかっててそう声をかけている。
それを見かねた、コラリーが少しだけ話題を変える。
「で、実際のところ竜にも通じるような力が宿ったのですか?」
コラリーがギョームにそう聞くと、
「わからん。だが、たしかに何らかの力が宿っているのを感じる。もうただの鋼鉄の塊というわけではあるまい」
手にしっくりと来る鋼鉄製の斧槍は、とても冷たく今はまるで別の素材のよう感じる。
だが、それでも手によくなじむ。
使い慣れた感が鈍るようなものでもない。
それでいて斧槍からは確かな、強く新しい力をギョームも感じている。
その満足そうなギョームの顔を見たカディジャが、さらにからかうように声をかける。
「ギョームさん、感謝してくださいよぉ!」
ギョームは相手にしない。
ギョームでもカディジャを捕まえるのは一苦労だ。
その独特な身のこなしは、他人が真似できるものではないが、既に常人には理解できないほどの天才の域だ。
だから、無駄な労力を使わないようにギョームはカディジャを相手にしない。
ただこめかみの血管だけがぴくぴくと反応している。
「カディジャ様、流石にそれ以上は…… せっかく再び団結できたのですから」
コラリーがその様子を見て再びカディジャを諫める。
「団結など今の今まで出来てはいないがな」
そう吐き捨てるように言ったのはギョームだ。
やはりかなり虫の居所は悪い。
「ギョーム様もそんなことは言わないでください! 今まで仲良くやってきたじゃないですか!」
コラリーは今度はギョームを宥めてため息をつく。
「なし崩し的にワシは巻き込まれただけじゃがな!」
と、ギョームは反射的に本音を吐露する。
が、そんな言葉を聞いてくれる者はこのパーティにはいない。
まだ比較的まともなコラリーでさえ、自分に不都合なことは全く耳に入らない。
そして、ここぞとばかりにカディジャがギョームを煽る。
「でも、相棒とも言える武器に精霊の加護が宿ったんですよ? それは嬉しいことですよね?」
「ああ、そうとも! はい、ありがとうございました! くそっ、これでいいか!!」
その言葉にギョームが、カディジャに向かい唾を飛ばしながら、大声でそう叫んだ。
「もう、ギョームさんは素直じゃないなぁ」
その唾さえもすべてかわして見せてカディジャはニヤリと笑ってそう言った。
その様子を見てコラリーは微笑みながら、
「ギョーム様はやっぱり大人ですわね……」
と、言ったが、その言葉は既にギョームに届いていない。
ギョームは不貞腐れて兜の面を降ろした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます