竜狩り奇譚:【第五話】迷いの森と不和と和解
グレハバルの村から、攫われた村人と盗まれた金品を取り返した報酬として、魔獣殺しの大弓だけを受け取ったコラリー。
村長は金品も少額ではあるが渡そうとしてくれてはいたが、コラリーはそれを独断で辞退した。
それに賛成した者はパーティには誰もいなかったが、コラリーは断固として受け取らなかった。
他の者達も多少不貞腐れはしたが、村の惨状を考えるとそこまで強く反対する者も居なかった。
それも少なくとも表面上の話はだが。
その後、一行はクソ山にあるという竜殺しの槍を得るために西へ向かう。
グレハバルの村の西、そこは迷いの森と呼ばれる魔の森だ。
そこを横断しなければならない。
ただ、迷いの森と言っても一度は入れば迷い森から出られなくなる、なんてこともなく、ただちょっと迷いやすい森というだけの森だ。
同じ品種、ブナの木だけの原生林で風景が変わり映えしにくく迷いやすい、というだけの森だ。
この森にすみ、この周辺を荒らした魔獣ステルゴルがいたときはそうでもなかったのだろうが、魔獣ステルゴルが討伐された今では平和な森である。
その魔獣ステルゴルを倒したという大弓はサイモンの背に担がれている。
本当に大弓でおおよそ人が引けるようには作られていない。
ギョームでもやっと引けるかどうかの代物で、ギョームとサイモンを除く他の物では、まともに弓を引くことすらできなかった。
ただサイモンは易々とその大弓を引いて見せたが。
なので、サイモン本人は乗る気ではなかったが、とりあえずグレハバルの大弓をサイモンが持つこととなった。
けれども、湖の精霊が作ったと言われる槍のように大きな矢は残り三本しか現存していない。
これは盗賊に奪われる前からそうであり、その矢の多くは魔獣との戦いの中で失われたとのことだ。
矢が三本だけとなると考えて使わなくてはならないし、使うときもまた矢をなるべく回収できるように使わないといけない。
とはいえ、竜相手にそんな余裕があるとも思えない。
なので、パーティ全体としては少しばかり期待外れだった、という思いが強い。
せめて、もう少し矢に余裕があればいいのだが。
ただ、その矢を与えてくれたと言われる精霊の住む湖が迷いの森の中にあるのだという。
精霊に出会え竜退治で使うと言えば、新しく矢を貰えることもあるのかもしれない。
一行はそれを期待して、迷いの森を進む。
ここの森は原生林であり、人の手はまったく入っていない。つまりは道すらない。
そんな中をカディジャは迷いもなく進んでいく。
彼女の頭の中には地図が出来上がっており、おおよその位置を常に把握できているとのことだ。
傍から見ると、まるで元からどこをどう行けば、行きたい場所に繋がっているということを知っているかのようだ。
しばらく進んだところで一行は大きな湖にでる。
一行が湖に着いた頃には既に日が暮れ始めている時刻となっていた。
「ここが矢をくれた精霊が住んでいるという湖ですか」
コラリーが湖畔に立ち、雄大な湖を見ながらそう言った。
「で、精霊魔術を使えない我らがどうやって精霊を呼ぶんじゃ?」
ギョームがコラリーに話しかける。
その他の仲間は、少し離れた位置でその様子を伺っている。
「現存している矢を触媒にすれば、その精霊を呼ぶことはできないでしょうか?」
コラリーがギョームに相談すると、
「ふむ…… どうじゃろうな」
と、ギョームは渋い顔を見せる。
例えそれで精霊を呼び出せたとして、誰も精霊魔術も使えないのであれば、精霊と意思疎通するのも厳しい。
精霊には人間の言語など通じはしない。
が、それはとりあえずおいておいて、未だコラリーと少し距離を取る三人にコラリーは話しかける。
「他の皆様方はまだ怒っておられるのですか?」
コラリーのその問いに、三人はビクッとする。
その中でカディジャが愛想笑いしながらではあるが答える。
「いえ、ボクはそうでもないですよ。大弓がボクが扱えるような代物ではなかったことは残念ですけどね」
そう言いつつも、どこかよそよそしい。
「いえいえ、拙僧も…… 怒っているわけではありませんぞ」
サービの顔は笑っていない。
恐らく金品を受け取らなかったことで一番怒っているのはサービだ。
欲深坊主め、と、コラリーも内心思いつつも笑顔だけをかえす。
そして最後に、サイモンだがこの男はよくわからない。
「私は呪術の種をたくさん得られたので文句はないですよ」
そう言って張り付いた笑顔を見せているのだが、普段から張り付いた笑顔なのでよくわからない。
そもそもこの男が何者なのかも、よくわからない。
「ワシは少々不服じゃがな。まあ、この国の貴族の立場では、ああ言うしかあるまいて」
ギョームがコラリーをフォローするように最後にそう付け加える。
「はあ、本心を言ってくれるのはギョーム様だけですか。まあ、今日はここでキャンプになりますし、腹を割って話し合いませんか?」
「そうじゃな。パーティにおいて信頼は大事じゃ」
コラリーの言葉にギョームも賛成する。
そうすることで他の三人も渋々ではあるが頷く。
「とりあえずは火を起こして食事の用意をしましょうか」
腹にたまった空気を吐き出して、コラリーはそう言った。
「まずは皆様の願いから話していきませんか?」
焚き火を囲い、夕食をとりながらコラリーはそう発言する。
「王に叶えて貰う願いか…… ふむ……」
コラリーの言葉に、今までコラリーに肯定的だったギョームが良い顔を見せなかった。
「無理にとは言いませんが」
それを見たコラリーはそう付け加えるが、
「少し考える時間をくれ」
と、ギョームはそう言って少し考える様に黙り込んだ。
「わかりました、では私から。私の願いは結婚の破棄です」
コラリーは焚き火を見据えはっきりとそう言った。
「ふむ?」
その言葉に、考え込んでいたギョームが反応する。
それは他に反応してくれる者がいないからだ。
「まあ、政略結婚ってやつですね。特定の相手がいるわけではないですが、さすがに三十以上上の方とは嫌ですので」
そのコラリーの言葉に、その場の全員が納得する。
ただカディジャだけが、顔を明るくして反応する。
「では、ラトリエル辺境伯はどうですか? まだお若いですよ!」
確かにコラリーの婚約者よりはまだ若い。
それでも十歳以上、十五か十六は年上のはずだ。
ただラトリエル辺境伯という相手は、マッソン家としてもそう悪くない。
だが、マッソン家としてはともかくコラリー自身は、ラトリエル辺境伯という人物のことで一つ噂を聞いたことがありそれは気がかりだ。
「マッソン家としては、それもありなのですよね。辺境伯は外敵との戦いの場も多いことでしょうし、マッソン家としては助かりますが、どちらにせよ、一度お会いしてみなければ……」
そうは言いつつも、恐らくは自分はラトリエル辺境伯のお眼鏡には叶わない、コラリーはそのことを自覚している。
ただ、今はカディジャの機嫌を取らなければならないため、表面上だけでも受けた形にしておく。
「そういうことであれば、ボクは問題ないです! 未来の奥方様ですからね! 剣術の腕も確かなようですし、コラリーさんは容姿も美人さんですし! お館様もお気に入りになりますよ! 取り次ぎは任せてください!」
カディジャの顔がパッと明るくなる。
今までのように愛想笑いや暗い表情が全く見えなくなる。
カディジャ的には今のやり取りだけで充分だったようだ。
「いいのですか? 勝手に?」
カディジャの表情が変わったとこにコラリーも安心しつつ、新しい悩み事に頭を悩ます。
が、それは後でどうにでもなる話だ。
ラトリエル辺境伯との縁談のことなど、竜退治を終えた後で悩めばいい話だ。
「はい、お館…… いえ、ラトリエル辺境伯も結婚相手をお探しになっていましたし、マッソン家のご令嬢とあらば問題ないですよ!」
少なくともカディジャは、随分と乗る気のようだ。
それだけカディジャがコラリーのことを買ってくれているのだろう。
なら、金品を断っただけで、そんなに拗ねないで欲しいともコラリーは思う。
「まあ、とりあえずはお会いしてみる、というだけですね。で、カディジャ様の願いはなんですか?」
色々悩むのをあと回したコラリーは、カディジャの願い事を聞く。
今とは人が変わったように盗賊をすべて殺しつくすような殺戮者であるカディジャの願いはコラリーも気になるところだ。
だが、
「ボクはないですよ。元々は別の用事、あっ、その用事のことは聞かないでくださいね、その用事が済んだので暇つぶしに見に行ってただけですので」
と、カディジャは言った。
コラリーには、今は明るい笑顔でそう言うカディジャの言葉が嘘かどうか判断することができない。
そもそもカディジャ自体が得たいが知れない。恐らくはラトリエル辺境伯の密偵なのだろうが、あの盗賊を殺す様子は言うまでもなくおかしい。
それに密偵としてはカディジャの発言はうかつすぎる。
「え? そうなんですか? いいんですか? こんな道草のようなことしてて」
ただラトリエル辺境伯の用事が済んだのであれば、報告に戻らなくて良いのか、コラリーはそう考えた。
少なくとも命を懸けてまで竜退治をするいわれはない。
「連絡は入れているので問題ないですよ!」
と、既に隠しもせずに、いや、本人が気づいてないだけかもしれないが、カディジャはそう言って上機嫌になった。
本当にカディジャが王になにも願わなったのかわからないが、カディジャにとっては今やコラリーは使えるべき相手の婚約者候補となっている。
竜を無事討伐し、コラリーをラトリエル辺境伯に紹介するという使命ができた以上、カディジャもコラリーに協力的になるだろう。
ただやはり、カディジャが竜退治に参加する理由はよくわからないままだ。
それでもとりあえずは機嫌が直ったものとしてコラリー判断した。
「次はサービ様ですが、話すことはできますか?」
「拙僧の願いはすでに言っている通り、フィラルド教の布教を許可してもらうことですぞ」
サービは胸を張ってそういった。
「その、フィラルド教というのはどういった宗教なのですか?」
あまり良くない宗教、邪教、とにかく厄介な宗教勧誘、そういった噂ばかりを聞くのがフィラルド教だ。
「ただただフィラルド神を崇めるというものです。よく勘違いされておられる方もいるのですが、生贄を捧げるだとか、そんな野蛮な行為はありませんぞ」
サービは胸を張ったままそう言い切った。
「ワシが聞いた話では、勧誘方法がかなり強引で、その方法も酷いを聞いているがな」
ポツリとギョームがつぶやくように、だけれども、低く通る声でそう言った。
「あー、洗脳ですね!」
それにカディジャが乗っかる。
「ち、違いますぞ! 懇切丁寧にここを尽くして布教するだけですぞ!」
必死になってサービがそれらを否定するが、余りにも必死に否定するのでコラリーにはそれが肯定にすら見えてしまう。
竜を倒したらそんな宗教の布教が合法化してしまう。
ただ現国王は、ボケているようにみえてあれで切れ者だ。
サービの願いをそのまま聞くとは、コラリーには思えない。
「竜を倒していいものかの? この国でこの宗教が布教できるようになってしまうぞ」
ギョームも同じようなことを考えていたのかそんなことを言う。
サービは鋭い視線をギョームに向けるが、逆に睨み返されて瞬間的に笑みを浮かべた。
この二人の力関係ははっきりしているらしい。
「ま、まあ、陛下も、ただお認めになるわけはないと思いますよ」
コラリーもそうであってほしいと願う。
「国王のお許しが出れば…… 拙僧をもう止めることはできませぬぞ」
サービはそう言って目をぎらつかせる。
「それは、そうですが……」
と、コラリーが少し困ったように返事をする。
そこでサービも気づく。少し目先の欲に走りすぎていたことに。
多少の金品など、この国でフィラルド教を布教できるようになれば、すぐにでも取り返せるのだと。
「それを考えれば、多少の金品など些細なことでしたな。拙僧としたことが目先の欲にくらんでおりましたぞ。面目ないですな」
サービはそう言って、コラリーに恭しく頭を下げた。
色々と不安は残るものの、コラリーもそれを受け入れる。
「残りはサイモン様ですが……」
サイモンの場合は怒っているのかどうかもわからないし、そもそも何を考えているのかも分からない。
怒っているようにも見えるし、普段通りのような気もする。
そんなよくわからないサイモンにコラリーは声をかけるが、
「私ですか? うーむ、サイアグラスには行くのですよね?」
という言葉が返ってきた。
サイアグラスとは竜が住み着いた塔がある近くにある港町の名だ。
またクソ山まで行く途中で陸路でも通る町の名前でもある。
「ええ、それはそうですが?」
竜退治に行くにもクソ山から最寄りの村に行くにも、サイアグラスでの補給は必須と言っても良い。
必ず立ち寄らないわけにはいかない場所である。
「ならば、隠していても仕方がないので言いますが、そこを拠点としている海賊上がりのゴロツキ集団がいるんです」
サイモンがそう言うと、ギョームが何か思い当たるのか口を開いた。
「サイアグラスの海賊上がりのゴロツキと言えば、ガレドファミリーって、サイモン、おまえのたしかガレドって名乗ってなかったか?」
ギョームが少し驚いたように聞くと、サイモンは張り付いた笑顔ののままゆっくりと頷いた。
「はい、そのボスであるフィリップ・ガレドは私の父です」
「それは……」
コラリー的にはどう言って良いか判断に困る。
貴族という立場あるコラリーは、海賊上がりのゴロツキ集団というものを許すわけには行かないのだが、サイモンと仲違するわけには行かない。
グレハバルの大弓を扱えるのはサイモンくらいのものだ。
グレハバルの大弓は竜との戦いでは、その矢が少なくはあるのだが必須とも言えるものだ。
「で、サイモン殿は王に何を願ったんですかな? 今はそれが重要ですよね?」
サービもサイモンの重要性をわかっているのか、慎重に質問する。
「私が願ったのは、ガレドファミリーを正規軍を使っての殲滅です」
だが、サイモンの返答は想像して物ではなかった。
「それはどうして?」
と、コラリーが聞き返すと、
「私は父が嫌いでして。呪術師になったのも力でかなわないから、呪殺してやろうとしてのことです」
サイモンははやり張り付いた笑顔のままそう言った。
「おまえが力でかなわんのか? 軍を動かしても無理じゃねえか?」
ギョームが冗談交じりにそんなことを言う。
「いえいえ、私は非力ですので。まあ、呪術を用いても父を殺すことはできなかったんですが」
サイモンはそう言ってうつむいた。
真実を言っているのか、冗談なのか、コラリーには全く判断できない。
「バケモンですね。わざわざボクたちが竜退治しなくても、サイモンさんのお父さんが勝手に倒してくれるんじゃないですか?」
カディジャがそんなことを言った。
たしかに、あの異様な怪力のサイモンが呪術を習得してまで、倒せないというとなれば相当腕の立つ人物なのだろう。
「カディジャ殿はともかく、それは願い事のある拙僧らは困る話ですぞ」
サービがガデイジャの言葉にいち早く反応する。
「それは確かに。サイアグラスに行ったときは動向を探らないといけませんね…… しかし、なぜ殺したいほどまで? 実の父なのですよね?」
コラリーもそれはそう思う。
だが、それはともかく、そこまでサイモンが父を恨む理由もわからない。
サイモンという奇妙な男を理解する上でそれは重要なことのように思える。
「はい、それは……」
サイモンがその理由を話そうとしていた時だ。
湖から光が溢れ出した。
それは焚火の明かりなどより明るく、また広い範囲で湖が輝いていると言っていい。
「これは……」
全員が湖のほうに視線を奪われる。
「湖の精霊ですな、拙僧にもわかりますぞ」
そう言いつつもサービは警戒を怠らない。
ただサービの敵意ともとれる気配を感じ取ったコラリーは釘を刺しておく。
「敵対されたら困ります。とりあえず武器はしまいましょう」
一行がしばらく光る湖を見ていると、その光る湖面に人影が現れる。
その人影は湖面を歩き、コラリーたちのほうへ寄って来る。
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