竜狩り奇譚:【第四話】快楽殺戮者と邪教の狂信者と破壊者

 ギョームは正直驚いていた。

 コラリーは戦闘とは縁のない人間と思っていたが、そんなことはなかった。

 まさに教本通りの綺麗な剣。それでいて恐ろしく隙がない。

 言うならば守りの剣とでも言うのだろうか、貴族令嬢という立場でなら、攻めの剣よりも守りの剣になることは理解できるが、その剣筋はあまりにも美麗で映える。

 それがコラリーに対する実戦を見てのギョームの評価だった。

 綺麗で丁寧な剣筋。そして、人を殺すことにも躊躇も迷いもない。

 これが初めての実戦ではないのだろう、慣れている、というほどではないが、このカディジャが引き起こした混沌とした乱戦にも対応し、危なっかしい所もない。

 恐らく普段は武術を学んでいることも隠した立ち振る舞いをしていたのだろう。

 それも歴戦の猛者であるギョームに気取られないほどに。

 細身の剣であることを生かし、敵の攻撃を華麗にいなし、流れるように相手の肉体に刃を食い込ませる。

 その動作は芸術的なまでに優美な動きだ。

 そのようにカウンター主体の剣技であるので、前に出すぎることもない。

 あの腕前なら、ほっておいても平気だろう、とギョームは判断する。

 次にギョームはカディジャの様子を見る。

 あれはヤバイ、と本能で悟る。

「うひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

 と、奇声を上げながら、手に持った大きめのナイフで、盗賊たちの喉笛を正確に断ち切っていく。

 しかも、わざわざ盗賊の背後に回って、その盗賊の喉元に刃を当ててから、一言二言、なにか言葉をかわした後に容赦なくその喉笛を掻き切っている。

 正気の沙汰に思えない行動だが、本人はいたって笑顔だ。とても歪んだ笑顔だが。

 ただその技量に関しては超が付くほどの一流のナイフ使いだ。

 動きがトリッキーすぎて、その動きもギョームですら予想できない。

 恐らくは我流なのだろうが、戦闘術、いや、殺人術、これも正確ではない、殺戮術とでも言うのだろうか。

 複数を相手にしながらも楽しみながら、遥かな高みから相手を一方的に殺戮するための技術、というのが一番しっくりくる。

 対多数の対人戦闘において相手を殺す天才、それがカディジャという少女のようだ。

 そんなカディジャは既に十人近い盗賊を屠っている。

 コラリーもカディジャも心配はいらない。

 いや、カディジャは別の意味で心配はあるが。

 ギョームも目の前の敵に集中する。

 坑道とは言え、ここは入り口付近でまだその坑道も十分に広い、斧槍を振り回すのに困る心配はない。

 向かってくる盗賊に、兜の上から斧槍を振り下ろす。

 それはまさに剛の一撃であり必殺の一撃だ。

 ギョームの振るう斧槍は、相手が被っていた兜をいとも簡単にかち割り、盗賊の頭部を跡形もなく粉砕する。

 鋼鉄製の分厚く重厚な斧槍はびくともしない。


 少し遅れて廃坑に入ったサービの前に盗賊が二人ほど武器を片手にやって来る。

 その盗賊たちは相手が法衣を着た僧侶、しかも一人であることに喜ぶ。

「こいつ、法衣を着ているぞ、癒し手か! なら先にやっちまわないとな!」

 大きな刃を持つ曲刀をチラつかせながら盗賊共はサービとの距離を詰める。

 その時、盗賊はこいつさえ倒せば、後は数で押せばどうにかなる、そう考えていた。

 たしかに、回復役から仕留めるのは戦いのセオリーでもある。

 ただ今のところコラリーたちは何一つ怪我を負った様子はないが。

「ハハッ、僧侶様は刃物禁止なんだろ?」

 盗賊はそう言ってサービを侮っている。

 サービはその言葉を聞いて、ニヤリと笑みをこぼす。

「この国の国教、ミアロス教はそんな教えでしたね、ですが、我がフィラルド教にはそのような教えはありませぬぞ」

 サービはそう言った後、法衣の中に手を入れ、二本の曲剣を取り出す。

 半円上の異様に反った鎌とも剣ともつかない異様な剣を両手で持つ。

「悪しき罪人よ、断罪の機会はないですぞ。主への贄となるが良いですぞ!!」

 サービは邪悪な笑みを浮かべ、盗賊共に斬りかかる。


 少し遅れてサイモンは廃坑へと入る。

 床にはカディジャにより喉元を切り裂かれた死体がいくつも転がされている。

 それを見たサイモンは涙を流し震えだす。

「ああ、なんと素晴らしい! 恐怖におびえ、憎悪をなんと孕んだ魂なのでしょう! これは素晴らしい呪術の種となってくれます!!」

 そう言って、サイモンは嬉々として手を複雑に交差させ、何をブツブツと唱え始める。

 右手に黒い炎を宿し、それにフッと息を吹きかけると、黒い炎は死体へと燃え移る。

 死体が黒い炎に包まれるが、死体が燃えるわけではない。

 ただ黒い炎は何かを燃やし尽くして、サイモンの右手に再び戻って来る。

 サイモンはそれをうっとりとした表情で見た後、その行動を別の死体、特にカディジャが殺した死体にそれを繰り返していく。

 そこへ数人の盗賊がやって来る。

 盗賊たちは既に恐怖におびえ、逃げ出したかのようだ。

 カディジャの狂気じみた戦いぶりに恐怖し逃げ出してきたのかもしれない。

 だが、そこには筋肉に覆われた日焼けした奇妙な恰好の大男がいた。

 巨人と見間違うほどの筋肉の大男だが、相手は武器を持っていない。

 盗賊たちはそれで一時的に恐怖を忘れ強気にでる。

「どけ! 邪魔だ!」

 盗賊の一人がそう言って剣を振り上げて斬りかかってくるが、

「邪魔をするな!」

 と、サイモンが一喝し、その拳を振るう。

 雑に振るわれた拳は正確に盗賊の顔を捉え打ち抜く。

 まるで熟れた赤い果実のように簡単に頭部ははじけ飛び、盗賊は飛び掛かるのとは真逆の方向へ弾き飛ばされ、壁に激突し更に体も頭部同様に弾け飛び、瞬時にその壁の染みとなった。

 その染みは人間の形すら残してはいない。

 そして、壁に衝突した衝撃は坑道を、いくばかの落石を引き起こす程度には揺らす。

 サイモンのその膂力に、盗賊たちは腰を抜かした。

 目の前にいる大柄の奇人は人間ではない。あれは悪魔の寄こした破壊者なのだと。


 盗賊の頭は震えていた。

 侵入者はたったの五人だ。

 その十倍以上の手下がいたはずだ。

 だが、その手下たちは既にほとんど倒された。いや、まさに虐殺された。

 一方的な戦闘だった。

 竜の騒ぎに乗じて、普段は襲えない王都付近の村々を荒らしまわり、それを手土産に北の国へと逃げる算段だった。

 北の奴隷商とも既に段取りは付いていて、大量の手土産を持って北の国ディンガルドへと悠々と亡命するはずだったのだ。

 確かに盗賊団だが、その実情は傭兵崩れで実戦経験も豊富な武装盗賊団のはずだった、正規兵でも出てこない限りは負けるはずがないと、盗賊の頭は高を括っていた。

 だが、実際はどうだ。

 たった五人に、この武装盗賊団は壊滅させられている。

 戦闘で、しかも、たった五人相手に後れを取るわけがなかった。

 傭兵崩れではあるが、手下たちもそれなりに実戦を積み、腕の立つ連中だったはずだ。

 だからこそ、ディンガルドもこの盗賊団を丸ごと受け入れてくれる手筈だった。

 それがどうだ、たった五人相手に、虐殺され、総崩れだ。

 特にあの猿のように動き回る頭のいかれた女に、盗賊の頭は恐怖を覚えていた。

 とにかく機敏で予想できない体捌きで部下たちの攻撃をまったく寄せ付けない。そして、わざわざ後ろに回り込んでから首を掻き切っている。

 あの女は恐ろしいことに殺しを遊んでいる。

 この人数差で奇襲をかけるわけでもなく、正面から殴り込みをかけ、それでいて遊びながら虐殺を楽しんでいるのだ。

 なにより恐ろしいほど強い。これに恐怖しないわけがない。

 今も嬉々として笑いながら殺しまわっている。その奇声ともいえる笑い声が坑道内に響き渡っている。

 その女が場をかき乱し、反撃の糸口もないまま次々と盗賊の手下達が殺されていく。

 それに続く女剣士も全身鎧も相当腕の立つ戦士だ。

 手下たちも健闘し抵抗はしているが、反撃の余地が全くない。

 相手の強さが異常なのだ。

 特にただただ奇声を上げ笑いながら人を殺すあの女は、いや、虐殺していくその存在は盗賊の頭から見ても人間とは思えない。

 まるで悪魔か何かのように頭には思えた。

 いや、人間とは思えない存在はもう一人いる。

 一番最後にやってきた奇妙な恰好の半裸な大男。

 盗賊の頭も遠目で見ていたが、あれはおかしい。

 大男が拳を振ると、人がまるで全力で投げられた果実のように壁に激突し、手下の一人が、そのまま粉微塵にその肉体がはじけ飛ぶのを目撃した。

 その際にはこの大きな坑道全体を大きく揺らしていた。

 大男は盗賊を一人も逃さないために、一番最後にやってきた悪魔の破壊者に盗賊の頭には見えた。

 奇妙な恰好の大男の信じられないほどの力を見た盗賊の頭は即座に逃げ出すことを決断する。

 それに側近の数人の部下も同行する。

 確かに入り口は一つだけだが、出口が一つだけとは限らない。

 ちゃんとこんな時のための、側近の手下にしか教えていない脱出口を用意してある。

 ここは廃坑だ。掘り出した鉱物を運ぶためのレールがひかれており、トロッコが用意してある。

 搬出用で基本的に外へ出るための一歩通行、恐らくはだが、送り出したトロッコをそのまま荷馬車にして運び出していた、そんな線路がある。

 それこそが、緊急の脱出口だ。

 廃坑となった今、トロッコは一台だけだ。乗ってしまえば、追い付かれることもない。

 盗賊の頭と側近たちはトロッコに乗り込み、トロッコを押し出そうとするが進まない。

 よくトロッコを確認すると既に車輪の部分が壊されている。

「逃げるんですか?」

 そう言って、痩身の目の下に濃い隈を持つ男、サービが線路の先の暗がりからぬらりと現れた。

 両手に持つ奇妙な半円上の反った形の剣からは大量の血が滴っている。

 あれだけの血を滴らせるのにどれだけの人間が犠牲になったのか見当もつかない。

「て、てめぇ!!」

 と、盗賊の頭は言うが体が動かない。

 サービから発する奇妙な気配に体が言うことをきかない。いや、もしこの男に襲い掛かれば、命はないのだと、本能が、生存本能がそう言っている。

「まあ、このままでは虐殺されるだけですからね、お気持ちはわかりますぞ」

 サービがそう言ったのと同時に、手下の一人がトロッコから剣を片手に飛び掛かる。

 サービはそれをユラリと体を揺らしてかわし、両手に持った剣を交互に振るう。

 それで手下の右手と首が綺麗に切断され、血を吹き出しながら地面に沈んでいく。

 襲い掛かった盗賊が絶命した以外になにも起きてない。

 目の前の僧侶も相当な手練れだ。

 今いる全員でかかったところで返り討ちにあう。

 盗賊の頭はすぐにそう理解できた。

 そして、幸運なことかどうかはわからないが、盗賊の頭だけでなく手下もそれは理解できたようだ。これ以上誰かがサービに襲いかかる様な事はなかった。

「逃げるのであれば、お手伝いさせていただきますぞ」

 その様子を読み取ったサービはニヤリと笑いそう言った。

「ど、どういうことだ」

 盗賊の頭はサービの提案に、おかしいと思いつつも既に選択肢がないことがわかっている。

 こうしている間にも、あの笑うような奇声が近づいて来ている。

 ここまでたどり着くのにそう時間もかからない。

「聞きましたぞ、ディンガルドに手土産を持って亡命するつもりだったとか?」

 サービはこの短時間で盗賊共の一人を拷問し、その事実を聞き出している。

 呆れた手並みではあるが、短時間でやってのけたことは称賛に値する。その方法は聞かな方が良いが。

 だからこそ、この提案ができる。

「だ、だからなんだ!」

「手土産もなしにディンガルドが迎え入れてくれますかな?」

 サービのその言葉に、盗賊の頭は隠しもせずに苦悶の表情を見せる。

「そ、それは……」

「心配ありません。ディンガルドでは我がフィラルド教の布教は許可されております」

「フィラルド教だと!?」

 その言葉に盗賊の頭はその名を繰り返すが、その詳細はしならい。

 ただこの国では布教は認められていない、ヤバイ宗教だとは聞き及んでいる。

「この札を持ってディンガルドにあるフィラルド教会を訪ねてください。匿ってくれるはずですぞ」

 そう言って痩身の男は血塗られた木札を手渡してきた。

 木札に血が付くことなど、まるで気にしている様子などない。

 しかし、木札を渡してきた男の顔は妙に笑顔なところは気になる。

「な、なぜ助けてくれる?」

 とりあえず木札を受け取った盗賊の頭はそう聞き返す。

 それと共に木札に目をやると、何かの説法のような文章が彫り込まれている。

「蛇の道は蛇。と言う奴ですぞ。フィラルド教会でもあなたたちのような汚れ役をやってくれる者を探しているのですぞ」

 聞かれたサービは、やはり笑顔でそれに答える。

「はっ、へへ、そういうことか…… わ、わかった。教会を訪ねる。どの道、俺らにはもうその道しかないからな……」

 その説明に盗賊の頭は一応は納得した。

 確かに手土産もなしにこれだけのことをしでかした盗賊団がディンガルドへと逃げ込めば、ディンガルドも庇ってくれることはない。

 それなら、一時的ではあるだろうが、フィラルド教会で匿ってもらうのもありだと、盗賊の頭は判断する。

 というか、こうなってしまっては盗賊の頭の言う通りそれしか生き残る道はない、のかもしれない。

「では、この札を持って、サービに紹介されたとお伝えください。好待遇とは言えませんが、身の安全は保障できます故」

 サービはウィンクしながらそう言って、道を譲るように通路の脇に立った。

「わ、わかった」

「そのトロッコは壊してしまった故、走っていってください。なに、心配はいりません、追手はかからないようにしておきますぞ」


「サービ様、なぜ逃がしたのですか?」

 コラリーが血走った目のカディジャを取り押さえながらそう言った。

 カディジャはどうもまだ殺したりなかったらしい。

 だが、サービはコラリーの問いに笑顔で答える。

「いいえ、それは違います、コラリー殿。逃したのではなく捕らえたのですぞ」

 サービは満足そうな笑顔でそう言った。

「捕らえた?」

「はい、彼らも良きフィラルド教の信徒となってくれることでしょう!」

 そう言ってサービは坑道の中ではあるが天を仰いだ。

「フィラルド教と言えど、奴らが信徒になるとは思えんがな」

 ギョームが斧槍についた血を拭いながらそう言うが、

「関係ありませんぞ! フィラルド教会に行けば、どんな人間であろうと、人は皆、一様に狂信的な信徒となるのですぞ! 彼らも良き信徒として生まれ変わってくれるはずですぞ! ハハハッ!」

 そう捲し立てて、サービはさらに天を仰ぐ。

 その視線はどこか焦点があっておらず、まるで本当にサービの信じる神がその視線の先にいるようにすら思える。

 もしくは、頭がおかしくなっているかだ。

「それって洗脳的な?」

 急に落ち着いたカディジャがコラリーの束縛から、スルリと抜け出してサービにそう聞いてきた。

 急に落ち着いたことで、三人の視線をカディジャが一身に集める。

 人が変わったように、まるで殺人鬼のように、いや、殺人鬼以上に盗賊たちを嬉々として殺しまわったことなど、まるでなかったことのように、いきなり普段のカディジャに戻っているのだが、本人はそのことを全く気にしていない。

 それに若干、引きつつもサービはカディジャの問いに答える。

「違います。宗教というものですぞ」

 一瞬だけ、動きの止めたサービは天を仰ぐのを止めたのは、カディジャが急に正気に戻ったからなのか、それとも痛いところをつかれたのかは判断がつかない。

「でも、それ、途中で逃げたりするんじゃない?」

 と、カディジャが追撃する。

「安心してくれで平気ですぞ。手渡した木札には導きの奇跡がかけられているのですぞ。あの木札を手放さない限り彼らは必ずフィラルド教会にたどり着きますぞ。そして、我が身かわいさから木札を手放すことはないですし、もし手放したときは逃れられぬ死がまっていますぞ。そういう奇跡ですぞ」

 邪悪な笑みでサービは答える。

「あー、やっぱり邪教じゃないですか」

 それにカディジャはそう答えるが、おまえが言うな、と、心の中で思ったのはギョームだけだ。

 ただギョームは関わりたくないと、思いただただ成り行きを見守る。

「カディジャ殿それは違いますぞ!」

 と、サービがそれを否定しているが何の説得力もない。

 そこへ、なんかいい笑顔なのだが、やけに張り付いた笑顔のサイモンがやってきてカディジャに声をかける。

「そんなことよりも、カディジャさん! あなたは素晴らしいですよ! カディジャさんの殺した者の魂は皆、良き呪術の種となりました! これほどの種は早々得られませんよ!」

 そうサイモンに言われたカディジャはまんざらでもない表情を見せて照れている。

 サービもとりあえず盗賊の頭を見逃したことが、あやふやにできたのでこれ以上は口を出すことをやめた。

 そんな仲間たちを見たコラリーは強く頷く。

「ギョーム様、このパーティなら竜などものの数ではありませんね!」

 そう笑顔で告げてくるコラリーに、ギョームだけが渋い表情を見せた。

「対人特化のパーティにワシには思えるのだがの」

 そうつぶやくギョームの声は誰の耳にも入らない。

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