終章

第28話 ゆきの彼方 (前編)




……


私は、どうしてアイドルになったんだっけ。


……


「えーん、えーん……おにいちゃんー」

「なくな、ゆき」

「だってぇみんながわたしのこといじめるんだもーん」

「まったく、ゆきはなきむしだなあ」

「だ、だってぇ」

泣いている私をお兄ちゃんが頭を撫でる

「うぅ……」

「よしよし、ゆきはわらっていろ、そういれば、きっと、みんなもなかよくなるさ。たとえ、ゆきをいじめてくるやつがいても、オレがまもってやるから、あんしんしろ!」

「う、うん。……えへ、えへへ」


……


私は小さい頃は、とてもなきむしで弱い存在だった。いつも、お兄ちゃんに頼りきりだった。

…だから、高校生になった時。

強さを求めた。なにをすれば、強くなれるのか、なにも分からなかった。

そんな時、出会ったのだ。あの人に。

神崎ひなに。


ネットでたまたま見たその人の映像は、凄かった。

美しい所作と歌声。何者すらも寄せ付けないような、圧倒的な迫力と存在感。それだけで。たった1人で人々を魅力した。そして、私もその1人だった。

彼女はアイドルという存在らしい。


神崎ひなの、その"強さ"に惹かれて。私は何も分からないままにアイドルを目指した。


どうすればいいのかは、分からなかったから、とりあえず歌ってみた。

…人目に着くのは少し恥ずかしいので、とりあえず、遠くで、あまり人のいない場所で。

色んな場所を転々としながら、そんな日々を繰り返した。

いつからから、私はただ歌うことが楽しくなり始めていた。

そんな頃、春野花という街で、歌っていた時。


「あなた、アイドルに興味はない?」

「え……」


マネージャーに、紗雪さんに出会ったのだ。


……


私は、強さを求めて、アイドルをめざした。

でも、本当にそれだけだった?


私にとって、アイドルとは……。


@@@@@@@@@@@@


02月04日



ゆきは、彼方からの手紙を読み終えた。


「……お兄ちゃん……」


それは、ありえないはずの手紙。

手紙には、彼方の死後に、ゆきに起こったことにまで言及されていた。ありえないはずの手紙だった。


……しかし。


「……はは。お兄ちゃんは、やっぱり凄いなぁ。私の事なんて、いつでもなんでもお見通しなんだもん」


「私は…強くなんて、ないよ。結局、最後までお兄ちゃんな守られてばっかりだったもん」


ゆきは、手紙を信じた。

兄の言葉を信じた。


「う、ん……ゆき……」


そして、今まで反応無かった、ノノが、目覚めた。


「ゆき……」

「ノノ、おはよう」

「う、うん、おはよう」

「ノノ……あなたは、ノノだよね」

「……うん。ボクは、ノノ。キミのお兄さんから、その魂を貰い、ゆきにより大切にされて目覚めた。ノノだよ」

「……うん。そうだよね。ノノ。あなたも、私の大切な、家族…」

ゆきはノノをぎゅっと抱き締めた。


ゆきはノノに言った。

「ねぇ、ノノ。…私ね、ずっと嘘だと思ってた。あなたの存在も、言葉も……」

「……」

「でもね、違ったんだ。お兄ちゃんは、本当にもう一度。会いに来てくれたんだ。…昨日の夜、私はお兄ちゃんに会ったよ。あれは、夢なんかじゃない。私の奥底にある魂がそう言ってるのがわかる」

「ゆき……」

「ノノ、ごめんね。…あなたは嘘つきなんかじゃなかった」


「………ううん。それは、違うよ」


「え」


「ボクが、嘘をつかなかったんじゃない。……キミのお兄さんが、信じられる人だったんだよ」


「……そうなのかも、しれないね」


……



その日の夜


ゆきは公園にいた。

ゆきは歌おうとしていたが、未だに歌声が出なかった。


「はぁ……はぁ……」


兄との最後の逢瀬。そして最後の言葉。

それらを受けて、ゆきは、乗り越えて、前に進もうとしていた。…しかし、それでも尚、兄の死という現実は、彼女に重くのしかかる。


「はぁ……私は、諦めない。絶対にアイドルとして復活する……そして。いつか、最高のアイドルになる。……そして、見せてやるんだ。お兄ちゃんに…」


ゆきは、アイドルとしては、体調不良による一時的な休養という事に世間ではなっていた。

しかし、いつ復帰出来るかは未定となっていた。


「ゆき……そろそも寒くなってきたよ、今日はもう帰ろうよ」

「うん、そうだね…」


ゆきは、薄々勘づいていた。これ以上やみくもに同じ事を続けても。何も変わることは無いと。


ゆきは、サングラスと帽子を付けた。

この、春野花の街で素のままでいると、ファンにバレてしまう為、ゆきはいつも軽く変装していた。


…とぼとぼと街を歩くゆき。

遠くの方でなにかが聞こえる。


わああああいあああああああ

多くの人々が店の前で盛り上がっている。


そこは、松野電気という店。

テレビやラジオCDプレーヤーなどの電化製品を扱う。この街ではそれなりの規模を誇る電化製品ショップ。


その店の前が異様な盛り上がりを見せていた。

店前に置かれたテレビには、月城ゆきのコンサート映像が流れていて。

ファンがその映像を見ながら盛り上がっていた。

さらに店前でファンの人達が道行く人々に自身の持つ月城ゆきのCDを配っていたりしていた。サラリーマンやOl、果てには小学生にまで配っている…。


ゆきは、CDを配っている、1人を見る。

ゆきはその人を知っていた。


松野智晴 松野電気の店主である。そして生粋のアイドルファンである。

ゆきのイベントにも何度も来ていて、トーク会でも話したことがあるのでゆきは覚えていた。


ゆきは松野に話しかける。


「あ、あの……これは」

「ん?キミもアイドルの興味が?」

「あ、は、はい」

「そうかい、ならまずは、このCDを受け取ってくれ。なに金はいらんからな」

「あ、はぁ」

ゆきは、自分のCDを貰った。

店主は語り出す。

「月城ゆきちゃん、キミも知ってるだろう。最近は休養中なんだけどね。……私は、その間になにか出来ないかと考えて、ここのテレビで映像流したり、CDを布教したりしていたんだけどね。そうこうしてるうちに、いつの間にかファンの皆が集まるようになってね…。はは、まぁおかげで店の売上も多少あがってるんだがね!」

「そうなんですか」


ゆきは、自身の休業がファンにどう思われているのか気になり、聞いてみた。


「あの。彼女はどうして休養しているか知ってますか」

「それは、わからない。体調不良にしては、長いよね。…でも、皆言っているよ。あの日のゆきちゃんはどこか変だったと」

「え」

「きっと、私たちではどうにもならない、何かを抱えているのかもしれない。…でも、もし、そうなら。こんな時だからこそ、我々も立ち上がるべきなのかもしれないと思うよ」

「……」


みんな、気づきはじめている。

あの日金城まおにより助けられ有耶無耶にしてきた事だが。

ゆきが、ファンの事をしっかり見ているように、ファンもまた。ゆきのことをよく見ていた。


「我々に出来るのは信じることだけだ。彼女の復活を信じて待つ。そしていつか、彼女が復活した時、彼女が笑っていられるように、その熱を絶やさず、今以上に世界を盛り上げてやるのさ。…それが、皆の思いだ」

「そう、ですか。……素敵ですね」

「…それにしても、きみ、ゆきちゃんにそっくりだね」

「え、そそうですか?」

「ああ、声も雰囲気も似ている」

「あはあは、じ、実は、私も憧れていて、彼女に…」

「ああ、なんだ、そういうことかい。最近多いよね、そういうの。実は、家の娘も最近急にアイドルになるー!もか言い出してね…。なんでもゆきちゃんみたいになりたいとか。全く困ったもんだよ」

「あはは…」


ゆきは、店前で盛り上がるファン立ちを見る。


見てみれば、テレビでゆきを見ている女の子が、私もゆきちゃんみたいになりたいーだとか。

ゆきちゃん早く帰ってきてええええええだとか。

もし、苦しんでるなら私が受け止めてあげたいよおおおおおおおおおおーだとか。

ただ、楽しそうにワイワイ盛り上がる人達など。

様々な人達がいた。


ゆきは、店前で盛り上がるみんなを見て言った。


「なんだか。みんな、楽しそうですね」

「ああ、そうだろう……?みんな、楽しいんだ。彼女のためにすることが全て。…ゆきちゃんがいる。それだけでみんな楽しくなれる。人生が豊かになる。……それが、きっと、アイドルというものなんだよ」


「……楽しい……」


みんなを見るゆきの脳裏に流れるは、記憶。

それは、ゆきが初めてアイドルとしてのステージを成功させた時の記憶だった。


…………


わああああああああ

ゆきの、初めてのステージは盛況のまま、終わりを迎えた。


ステージ後 舞台袖


「はぁ……はぁっ……紗雪さん!」

「……よくよったわね、ゆき。いいステージだったわよ」

「…はいっ!マネージャーのおかげです。ありがとうございます!」

「ふふ、私はなにもしていないわ…、全てあなたの力よ。そして、感謝を伝えるべきも、私ではなく。貴方を受け止めてくれたファンの皆よ。…その気持ちは、次に会う皆の為に持っておきなさい」

「はっはい」

「…どう、ゆき。楽しかった?」

「はい、楽しかったです。…私、歌う前は不安だったけど。みんな、やさしくて、暖かくて。歌っているうちに、なんか、皆と1つに慣れたような気がして…。最初に、言う事もたくさん決めていたのに、そんなの全部なくなって。気づいたら、ただ思いのままに出てくる言葉を言っていました…」

「ふふっ、それでいいのよ。カチカチに固まったモノなんて必要ない。ただ楽しんでればいいのよ。…アイドルは、きっとそういうものよ」


「はい!……私、もっと、もっと歌いたい…。もっと、感じたい。この楽しいを、皆と一緒に……!」


……


そうだ。

アイドルは、楽しいもの…

そう、ただ、楽しかった。楽しかったんだ。

強さも、弱さも関係ない。

あの時の私は、ただ目の前にある輝きだけを見ていたんだ。

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