第29話 ゆきの彼方 (後編)


02月8日


ゆきは、ステージに立っていた。


長い長い休養を終え。


ついにステージに立っ。


ゆきは、いつもの様にノノを抱えていた。


ノノは思い出す数日のことを……


…………


数日前家


ゆきの歌声は未だに戻らないでいたゆきはこれからどうすべきか悩んでいた。


「わたし、これから、どうすればいいんだろう。…もう、アイドルに戻れないの…」

「ゆき…」


「みんなは、ずっと待ってくれてるのに……わたし、会いたい。…みんなに会いたいよ……」


無力感に苛まれるゆき。

それを見てノノは。月城彼方の言葉を思い出す。


何も気負うことなんざねぇ。ただ、あいつの傍にいてくくれれば。それでいいんだ。誰よりも何よりも、大切の思っているんだろう?ゆきのことを。

心から助けてあげたいと、そばにいてあげたいと…。それが、家族ってもんだ。


ノノ決意込めた声で言った。


「……それなら。会おうよ。みんなに」

「え」

「ボクはずっと、キミに会いたかった。だから、こうして会えたんだ」

「ノノ……」

「ボクはゆきと会えて良かった。ただ一緒にいるだけで、それだけできっと幸せなんだって。……きっと、家族ってそういうものなんだって思う」

「かぞく…」

「ゆき、いつか言っていたよね。みんなを家族みたいに大切に思っているって」

「あ」


「会いたいのなら、ただ会いに行けばいいんだ。…何も出来なくたって大丈夫。……わからないならさ、家族(みんな)に話して、一緒に考えようよ」

「で、でも……わたし、まだ歌えないんだよ。お兄ちゃんのことも……そんなの、みんなに背負わせるなんて…」


「迷惑だと思ってる?そんなことで、怒るような人達にはぼくは見えなかったよ。それに、少なくともボクは、ゆきの力になりたいとずっと思ってる…」

「ノノ……」


ゆきはノノのまっすぐな目を見て、そして、決意する。

「……わかった。わたし、ステージに立つよ。…みんなに、会いに行く」


…………



舞台袖舞台袖からマネージャーはゆきを見つめる。その表情は状況の割に穏やかだった。マネージャーの脳裏に浮かぶのは先日の記憶。ゆきが、ステージに立ちたいと話してきた時の記憶。


…………


「わかったわ。いいわよ」

「え……」


マネージャーはゆきの願いをあっさり承諾した。

「いいの、紗雪さん。…私、まだ」

「大丈夫よ。もしなんかあっても私かサポートするわ。……会いたいのでしょう?みんなに」

「はい、私。色々考えました。でも浮かんでくるのはただ、みんなに。会いたくてって。気持ちばかりで…」

「その気持ちあれば、きっと大丈夫。今のあなたは、あの時とは違う。とても落ち着いて澄んだ目をしている。……私は信じるわ、あなたを」

「紗雪さん…ありがとうございま!」

ゆきは深々お辞儀した。


「……あの、マネージャー、もしもの、万が一の時の合図は…」

「何言ってるの、ゆき。…そんなもの、必要ないでしよ」

「え」

「大丈夫よ。あなたには。…みんながいる。…胸張って行ってきなさい。…そして、久しぶりのステージ全部ぶちまけて来なさい!」

「…はい!!」


…………



ゆきはステージに立ち目の前を見つめる。


未だに歌声も戻らないままだが。それでもみんなに会いたいという一心だけで、ここまで来た。


……そして。いよいよコンサートの幕が上がった。


……


ゆきは、自身の能力「星のきらめき(スターフィールド)」で会場に星空空間を展開した。



わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ


ゆきを見て観客は歓喜する。

久しぶりのアイドルの登場にいつも以上に観客は沸いた。

そして。


「みんなーありがとーーー!!久しぶりだねーーーー!!」


ゆきは皆に手を振る。


わあああああと盛り上がっている中、早速に音楽が流れる。


そしてゆきは、歌を紡ごうと口を開く。


………………


しかし。やはり、歌声は出なかった。


………………


音楽が止まる。


ざわめく会場。しかし、ゆきは落ち着いていた。まるでいつもの日常のように落ち着いて、マイクも落とさずに。歌うことをやめた。


……


そしてゆきは、ステージのみんなに向けて、語り出す。


「……今日は、来てくれてありがとうみんな。私みんなに会えて本当に嬉しい」


「わたし、みんなに話しておかなければならない事があるの。……少し長くなるかも知れないけど。聞いてくれますか」


観客は困惑しながらもおおおおおーと肯定した。


「私ね…実はね。……出ないの。歌声が。ずっと」


ざわ…ざわ…

観客ざわめく


「歌おうとすると、目の前が真っ暗になって。あの時のことが、浮かんでしまって…。今も、この通り。……もう、気づいている人も居るかもしれないけど。あの日、まおちゃんが助けてくれた日も、本当はこえが出なかったの」


ざわざわ


「でもね、その理由は、わかっているの」


え… と観客ほ困惑する


「ずっと迷ってた。みんなに言うべきなのか。

ただ楽しい時間を求めて私に会いに来てくれるみんなに、こんなことを背負わせるのは違うじゃないかとも思った。

…でも。私。皆の前で、偽りの自分のまま前に出たくなかったから…。だから、言うね」


会場は一気に静まる。

そして。ゆきは語った。兄の事を。


「1ヶ月前……私の、兄が。……亡くなったの」


ざわ…ざわ…

衝撃的告白に会場はどよめく。


「最初は、とても。辛かった……。でもね。私は、大丈夫、だよ。……最後に、お兄ちゃんに、会えたから……。私は、大丈、夫……」


ゆきのては震えていた。


「私が歌えなくなったのは。弱いから……私の、心が弱いから」


「だから。みんな、…ごめん」


ゆきは、観客に対し頭を下げた。


……………………………………………………


しばらくの沈黙……


そして。



ずっと〜 そ〜ば〜に〜 いるよ〜



その時。

会場から、歌が聞こえ出した。


……


隣にあなたがいる限り


力強いメロディー奏でる


この想いを


……


!? ゆきは頭を上げた。


誰が歌い出したのか。会場から客の歌声が流れ出し。気づけばいつの間にか、会場のみんなが同じ歌を合唱していた。

歌声は1つになり。ひとつの歌を紡いだ。

それは、ゆきの歌「ずっとそばに」だった。


その歌は、最後まで続いた。


……


大切なあなたのために


この歌声が届くように


ともに歩む未来へと


翼を広げよう


……


「……………………みんな…」


歌が終わった。そして、観客は次々と叫び出した。


わあああああああああああああああああああああああああぁぁぁあああぁぁぁ



松野店主が叫ぶ、

ゆきちゃああああああああああああああああああああああああああん


サラリーマンが叫ぶ

おれたちがいるよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお



男子学生が叫ぶ

ゆきちゃんが歌えないなら俺が全部歌ってやるぜぇぇえええぇぇえええぇぇえええぇぇえええ

隣の学生が突っ込む

バッカ、誰がおまえのきたねえ声ききてんだよっ

遠くの女学生がさらに叫ぶ

いいえわたしがうたうわあああぁぁぁあああぁぁぁあああぁぁぁあああぁぁぁあああぁぁぁあああぁぁぁ

周りは笑う

あははははは


女子学生が叫ぶ

ゆきちゃんいつもーー、私たちのお話。聞いてくれるよねーー!!!

さらに離れた女学生が叫ぶ

ゆきちゃんだけずるいよおおおお私だってゆきちゃんのお話もっと聞きたいよーーーー!!!


Olが叫ぶ

いくらでも私たちにはなしてよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお


小学生が叫ぶ

ゆきちゃんの悲しみ今まで気つけなくてごめぇぇえええぇぇえええぇぇえええぇぇえええん!!


誰もが叫んだ。ゆきへの思いの丈を。

それはとても、優しく暖かい気持ちの塊だった。それがゆきを包んだ。


「みん、な…………」


ゆきの頬に一筋の涙が伝う。


「ダメ……私は、アイドルなんだから。どんな時でも、笑顔で、いないと……」


それでも観客は叫び続ける。


ゆきちゃんいつも頑張ってゆよねぇぇえええぇぇえええぇぇえええぇぇえええぇぇえええぇぇえええぇぇえええ


たまには私たちに甘えたっていいんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお


私たちだってゆきちゃんの力になりたいよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお


ゆきちゃんの嬉しみも悲しみも全部、私たちが受け止めるからああああ!!!だから、遠慮なく全部さらけ出してぶつけてぇぇえええええぇぇえええぇぇえええ!!!!


「……本当に……本当に、いいの…?私……、わたし、止まらなく、なっちゃうよ…本当に……いいの」


あたり前だあああああああああぁぁぁああああああぁぁぁあああぁぁぁああああぁぁぁぁ!!!!!!!!!


その時、観客全ての思いが重なった。


「……………………っ!!」


…あの日から。兄が死んだあの時から、ゆきは涙を流さなかった。

幼い頃から兄に守られていた自分。最後のその時まで兄に守られ続けていた自分。

そんな自分の弱さを変えたくて。兄のいない世界で生きるために。ゆきは、あの時から、ただ強くあろうとした。アイドルを始めようとしたあの時のように。

だから涙も流さなかった。1人で強く居続けること。それが正しいことなのだと、自分に言い聞かせた。


……だが、それは間違っていたのだと、ようやく、ゆきは気づいた。


兄の言葉を思い出す。

お前は、そのお前だけの強さに、気づけていないだけなんだ。

大丈夫。

オレを信じろ 。皆を、信じろ。月城ゆきを、信じろ。


……

自分の弱さを認めること。そして、それを認め、他の人に身を委ねることが出来ること。

それもまだ、強さなのだと。


月城ゆきの強さは、多くの人々の支えによって出来ているのだと。

決して1人で、孤独にできているのでは無いのだと。


ゆきは気づいた。


……


そして、ゆきは、涙を流した。


「……うっ…………うっうぅ……」


それは。あの日、兄が死んだあの時から、決して流すことのできなかったもの。

ずっと、ずっと。ずっと。

抑え続けていたあの時の悲しみ。


ゆきは、ようやく、それらを解き放った。


「ううぇええええええええええええんうわあああぁぁぁあああぁぁぁん」


ゆきは、泣き続けた。

止めようとしても。止まらなかった。


「ひっく……ひっ、うぇぇえええええんうえええぇぇえええぇぇえええんうわあああぁぁぁあああぁぁぁあああぁぁぁん」


ゆきは、ひたすら泣き続けた。

小さい頃に泣き虫だった、あの頃のように。

泣きじゃくった。


その姿を、会場の観客は、やさしく見守っていた。


…………


ゆきは、長い涙を終えた。


会場の誰もが、同じように涙を流していた。

ひっく、ひっく。と鼻をすする音が、会場の至る所から聞こえた。


そんな会場の皆を見て、ノノは思った。


たった1人の女の子のために、こんなにも。涙を流してくれる人達が。喜び、悲しみ、痛みに、寄り添ってくれる者たちがいる。

これを"家族"と言わずになんと言うのだろう。と。


……


落ち着きを取り戻したゆきは、改めて観客に向かい合う。そして言った。


「……みんな。ありがとう。本当に。……みんなの気持ち、伝わったよ」


「…………このままでなんて、絶対に終われないよ。…私は、アイドル。……今度は。私がみんなに返す番だよ」


ゆきは。すぅーと息をすった。


そして。ゆきは、歌い出した。


…………


ねぇ 聴こえる


この 歌声が


降り注ぐ あの雪のように


溢れ出る たくさんの言葉たち


…………


もう、歌声が出ないなんてことは無い。今度はもう、迷わない。


大丈夫、何も恐れるものなんて、無い。

ここには、いるから。……大切な、家族(みんな)がいるから……。


そう思うゆきの心は、どこまでも透き通っていた。


…………


今は小さな存在 だけど


強くなれる そう みんながいれば


ずっといえなかったんだ 秘めた思い


今 心から歌うよ


…………


それは、言葉。それは、詩(うた)。

その歌は、誰も知らない歌。会場にいる誰もが聞いた事のない。マネージャーも、ゆき本人すらも知らなかった歌。


それは、ゆきの中から自然と溢れ出てきた言葉たち。

なにも飾ることなく、愚直で、まっすぐな。

裸のままの言の葉。


それは。彼女が、喪失と悲しみを超えた先の果ての、彼方で見つけた。

月城ゆきの"原点(オリジン)"


…………


ひとりじゃないよ 誰もが


この歌で この心で つながってる


ひとりじゃないよ 私が


あの雪を あの星を 超えどこまでも


歌うよ


…………


ゆきは、歌った。それをただ楽しんだ。

あの時の、アイドルを始めたばかりのあの頃のように。ただ、思うがままに。


……


あっ…… これ…… きれい……


観客の前に、きらきらした小さな粒がたくさんに降り注ぐ。

それは。

ゆきの星空空間から星々がゆっくりと落ちてきたもの。……それは、ゆきを、観客を、会場全体を。優しく包み込んだ


それはまるで、夜空に舞降る雪のようで……

綺麗だと、ノノは思った。


…………


「ゆき……」


マネージャーは舞台袖で、歌うゆきを見ている。


「……ファンの……みんなの想いが、ゆきの歌を蘇らせた……こんなの、見たこともない」


マネージャーの脳裏に浮かぶのは。先日。神崎ひなと会った時の事。


…………


ある日、突然、神崎ひなは、マネージャーの事務所に来た。

「あなた。随分久しぶりね……急にどうしたの?まさか、ゆきの事……」

「ああ。……彼女は、今、試練に立たされている。……恐らく、彼女のアイドル人生史上最大の。……だが、これを乗り越えられなければ、彼女は頂点には立てないだろう」

「……」

「ははっまぁマネージャーは気張らなくてもいいよ」

「うん?」

「大丈夫……ゆきには、あの子が付いているから。マネージャーは、ゆきを信じて見守ってあげて」

「……」

「きっと、近いうち、面白いモノが見れる。……そう。それはきっと。私にはなせなかった、アイドルの新しい姿……」

「相変わらず何言ってるのかよくわこらないけど。心配しなくても。私は信じているわ。あの子を」

「うん、知ってる」


……


「ひな…これが、あなたの言っていたことなのね」

マネージャーは1人つぶやいた。


…………



ゆきは、歌い終えた。


会場は静まりかえっていた。


「はぁ……歌えた……私……歌えたよ……」


パチ…パチ…


パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ


会場に拍手が鳴り響いた。


「みんな。ありがとう。………これは、私だけの力じゃない。…みんなの……みんなが。私の歌を、引き出してくれたんだよ」


会場の観客は静かにゆきの言葉を聴いている。


「……みんなが居なかったら。私は、月城ゆきは、いなかった。……本当に……本当に。ありがとう!!」


一瞬の沈黙。そして


わあああああああああああああああああああああああああぁぁぁああああああぁぁぁああああああぁぁぁ


ゆきちゃんさいこおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお


と、会場に歓声が響き渡った。


「えへへ」


ゆきは、笑顔を見せた。それは、太陽を包み込む月のように優しい。心からの笑顔だった。


………


わあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ…………


……

観客席よりさらに後方

会場の出入口付近に1人、金城まおは佇んでいた。

その瞳は会場を見つめている。


「……それが、あなたの答えなのね。月城ゆき」

金城はふっと笑った。

「あなたにとって、アイドルとは。みなの力で引き上げてもらう存在なのね。…フッ私とは、正反対ね。…でも、だからこそ。あなたは。私の最高の、生涯のライバル足り得る……」


金城まおは何もない空中に語りかける


「……見ているのでしょう、あなたも。……フッ。心配はいらないわ。…ここまで来たからには、もう止められないわ。…私の全てを賭けて。あの子を、叩きのめす。そして私が頂点に立つ」


「その時が、楽しみね……フフフッ…」


…………



そして……


「それじゃあ。いくよおおおおおおおおおお」


おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお


ゆきは、歌った。

その顔には、笑顔が溢れていた。その歌声は、どこまでも届くかのように力強かった。もう何処にも迷いはなかった。

ゆきは、歌い続けた。今までに歌えなかった分の全てを取り戻そうとするかのように。


……この会場にいる誰もが思っていた。

今日のこの日は、伝説になると。

アイドル、月城ゆきの復活、そして新たなる始まり。

その伝説の第一歩として……。


…………


曲を歌い終わった後。

会場に立つゆきは、静かに思う。


見ていてね。私。大切な、最高のみんなと一緒に。どこまでも行くよ。

そして。この歌声が、どこまでも。どこまでも届くように。

…大切な、あなたの元へ届くように。

私は歌い続けるよ。


ゆきはそう、心に誓った。


……


「それでは、次で今日最後の曲になります」


ぇぇえええええぇぇえええぇぇえええぇぇえええぇぇえええぇぇえええぇぇえええぇぇえええぇぇえええ

と観客の悲鳴にも似た歓声が響き渡る。


「…ふふっ。心配しないで。…これは、終わりじゃないよ。……そう、これは、はじまり。私、月城ゆきが、皆と共にどこまでもこの道を駆け上がっていく。新しいはじまり」


ゆきは、会場を眺める。

今も星雪が舞降っている会場にいる、たくさんの人々を見る。

月城ゆきを月城ゆきにしてくれる、大切な人たち。

そんな人々に愛をこめて。

ゆきは。はじまりの一言を紡いだ。


「それでは。聴いてください」


…………


これは、後にその歌声を世界に響かせることとなる。

ある1人のアイドルの、

はじまりの物語。

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