第21話 ありえない


02月03日


ゆきは、病院の病室に向かっていた。


兄の眠る病室で兄を見つめる 。 

もう決して蘇るはずのない兄の姿を見つめる。

なんの意味もなさない行為。だが。ゆきはそれが毎日のルーティンとなっていた。


……


病室に向かう途中、ゆきは、おばあちゃんに話しかけられた。

ゆきは、いつも病院で出会うそのおばあちゃんと、仲良くなっていた。


「おぉーい、ゆきちゃ〜ん」

「こんにちは、おばあちゃん。今日も元気ですね」

「おぉよ〜まだまだワシも若いモンには負けんぞよ〜!!ふん!」

「ふふっ」

「おお、そうじゃ。……ゆきよ、知っておるか。例の話」

「え、なんですか」

「怪談じゃよ……病院のこわーいおはなしじゃ……」

「はぁ」


ゆきは、怖いものが、苦手であった。なので、あまり真面目に聞かないようにしようと心がけた。


「なんでも、最近この病院に、出るらしいのじゃ……。夜な夜な歩き回る奇妙なヒトカゲというものが……」

「……」

「そしてぇ、ワシは!見てしまった!……見てしまったのじゃあ!!」

クワッと目を見開いておばあちゃんは語る。

「あれは、お化けなぞではない……、あのヒトカゲは。……あれは、間違いない。あれは!お主の兄じゃあ!!」

「え……?」


思いがけぬ言葉にゆきは同様した。


「な、何言ってるんですか。お兄ちゃんは……」

「いや、わしの目に狂いはない。こう見えても視力が良くてな。見間違えることなどない」

「……」


「もう、その話はしない約束でしょおおばあちゃん!」

看護師がおばあちゃんを宥めた。

「いやー、こんなたいそうなこと、言わずにおれるかーい!」

「はぁ、もう1度言い出したら止まらないんだから……。あ、ごめんねゆきちゃん。おばあちゃんこんな様子だから……。今のは気にしないで」


「は、はい…」

「ほらー、行きますよおばあちゃん」

「だぁーわしの目は腐っとらぁーん…」


おばあちゃんは看護師に連れ去られて言った。


……


有り得ない……。

もう決して目覚めることのないはずの、お兄ちゃんが。夜な夜な病院を歩き回っている。


そんなこと。有り得るはずがない。


それはたたの、老人の戯言だと。切り捨てることも出来るはずの。夢物語。


だのに。ゆきは、どうしても。その話が、忘れられなかった。



……



その日の夜



ゆきは、考えていた。

以前、神崎ひなに言われたことについて。



あなたは。なんの為に歌っているのか。

なんの為に、歌っていたのか。


それをもう一度よく考えてみて。


ゆきは、自身のアイドル活動を思い返した。


………………私は……



その時、テレビから歓声が聞こえた。


「!?」


そのテレビの映像には、金城まおが映っていた。


「まおちゃん……。テレビに出てるんだ……」


金城まおは、今も尚自身のアイドル道を突き進んだ。

私は、こんなにも立ち止まっているというのに…… と、ゆきは、少し焦燥感にかられる。


そんなことを考える時、ふと、ゆきは。


ノノがいないことに気づいた。


「ノノ……?」


ノノは自身で動くこともできる。だが、その動きはとても遅く、遠くまでいくことはいままでなかった。


「どうしたんだろ」

まぁ、そのうち戻ってくるか。と、ゆきはあまり気にしなかった。


……


ゆきはベランダに出た。


星空をただじっと眺めていた。


「…………今も、どこかで。見てくれているのかな……」


その言葉は、闇に飲まれ。誰にも届くことはなかった。



…………


その日の夜。ゆきは夢を見た。


あの、最愛の兄。月城彼方と会う夢を……。


……




02月04日


おにぃ、ちゃん……


そう呟きながら、ゆきの目が覚めた。


ゆきの部屋には。ノノが戻ってきていた。


ゆきは、自分の右手を見る。


その右手には、確かな温もりが、残っていた。


…………


朝食を食べ終えたゆきは。


病院に向かった。


その足取りは、迷いのなくまっすぐで。


ゆきの表情は、なにかを確信したかのようにまっすぐ前を見ていた。



……


病院 病室


ゆきは、兄の病室に入った。


兄の体に掛けられた白い布団を恐る恐ると、手に取る。そして、そっと。布団を下げる。


「……!?」


ゆきは、一瞬、心臓が止まったように感じた。

そこには、有り得ないはずのものがあった。


月城彼方の身体の上には、「手紙」があったのだ。


彼方の両手はそれを守るように抱いていた。


……ソレは、以前までには確実に、なかったものだった。


「ねぇ。ノノ……」


ゆきはノノに話しかける。だが、ノノは返事をしなかった。


「……え」


ゆきが目覚めてから1度も、ノノはピクリとも動くことも。話すことも一切しなかった。


「……………ノノ?」

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