第20話 ""ひな""


「神崎ひな、さん……」

「やっほ、久しぶり。また会えたね」


ゆきの前に現れたのは。神崎ひな。ゆき達がアイドルになるずっと前にアイドルとして活動していた。元トップアイドルである。

山吹色の長い髪にツーサイドアップをしている髪型。そして毛先が赤みがかっている。身長は170程もある。

その美し顔立ちと、飄々とした佇まいには、元トップアイドルの貫禄を感じさせる。

ゆきは以前、ある事件の際、ひなと顔を合わせたことがあった。


「どうしてあなたが、ここに……」


「んー、いやね、色々キミのこと聞いちゃってね、心配だから少し見に来たってわけ」


「え」


「いや、私はこう見えても元トップアイドルだからね。色々キミたちの事も勝手に情報が入ってきちまうのさ」


「そう、なんですか」


「…キミのお兄さんの事は、残念だったね」

「……」


「私は部外者だからその事には何も言えない」

「……」


「ごめんね、本当は、あなたの事情に介入するつもりなかったんだけどね。……ただ、今のアナタを見てると、なんか昔の自分を見てるみたいでね。なんだか放っておけないのよ」

「え、昔の、ひなさんに……」


ゆきは、その言葉を聞いて少し、考えた。

そしてゆきは、ひなに言った。


「あの……ひなさん。私。ずっと、気になっていた事があるんです」

「なんだい」


「どうしてひなさんは、アイドルを辞めてしまったんですか」


「……」


「ひなさんの引退当時は、人気の絶頂期だったと聞きます。アイドルとして。これからできることも色々あったんじゃないですか。なのに、なんで突然……」


ゆきの質問にひなは、うーんと少し考え、言った。


「…そうだねぇ。せっかくだから、話しておこうかな。私の昔話。…いまのゆきにも少なからず繋がる事かもしれないしね」


そして、神崎ひなは語り出した。

自らのアイドルとしての歴史を……


…………


私がアイドルになったあの時代は、アイドルという存在そのものがまだ、世界にいなかったんだ。

だからそれ相応の苦労がたくさんあったのさ。


ゆき、考えてみて。

…野球やサッカーのような、元々あるしきたりやルールに則って、その世界で高みを目指す、言わば整頓された植物園で花が育つのと。

何も無かった世界から0を1に変える、

アイドルがなかった世界でアイドルという概念を生み出す。

何も無い荒野で、たった1輪の花を咲かせるような事は、似ているようで、実は全然違うんだ。


私は、なにもなかった荒野の中で、"アイドル"という、1輪の花を咲かせたんだ。


辛いことも苦しい事もたくさんあった、何度この道を外れようと思ったか。

……


私は、アイドルという世界を作り出した。私はその中でもトップアイドルとして崇められた。

もちろん、やっている時は最高に楽しかったさ。今でも忘れられないよ、ソラドームでやったコンサートの景色は……。


でも、頂点に立った時、これまでの道とこれからを見つめ直した時。

ふと感じたんだ。


これから私に、何ができるのかって。


わたしは"孤高の歌姫"として頂点に立った。

孤高である事、それが神崎ひなが、神崎ひなである条件だった。

そして、何も無かったこの世界で、私が頂点に登り詰めるには、そうするしか道は無かったんだ。


別に、後悔しているわけではなかった。私の歩んた道を間違いだなんてこれっぽっちもおもなかった。


ただ、あの時の私自身は、何のために歌うのか、見失いつつあった。


自信の全てを犠牲にして、孤高であり続ける。

それは簡単じゃなかったからね。


その頃

私の後を追ってアイドルとなるものがたくさん現れ始めた。


多くは私の真似のようなものだったが、その中でも、私とは変わったもの達もいた。


そのアイドルは、ファンをとても大切にしていた。

たった1人しかファンがいなくても。その1人の熱が、アイドルの力になっていた。

ファンのために、アイドルが輝く。


アイドルとファンの相互関係。


目からウロコだった。

アイドルとファンの二人三脚。

今じゃ当たり前になってる、アイドルのあり方。でも、アイドルとファンの交流なんて、私の時代にはてんでなかったんだ。

あれよあれよという間にトップとして祭り上げられた私に、そんなことしてる余裕もなかったからね。

あくまで私は、孤高の存在だったんだ……。


……新しい世代が芽吹くということは、私のなせなかった、新しい道を切り開くことでもあったんだ。


……


私は、"神崎ひな"の限界を感じていた。しかし、同時に"アイドル"の可能性も感じていたんだ。


私とは違う、ファンとも一体になって、この世界を盛り上げるのとができる方向性を持ったアイドルが生まれること。

それが、未来の為になると考えた。


それなら、私のような旧態のアイドルは邪魔になる。


だから私は。


神崎ひなの限界と、アイドルの未来の可能性。それを考えた結果。あそこで幕を下ろすことにしたのさ。


…………


こうして、神崎ひなの昔話は終わった。



「そんな、事があったんですね」


「うん……。ふぅ、少し話しすぎちゃったかな」


「あの、ひなさんは、今何をしているんですか」


「あぁ。引退後は影からアイドル世界を支えるために色々サポートに徹してしているのさ。表には出ない事だけど、これこれで楽しいもんさ」


ひなは、くぅーと、背伸びをした。


「キミたちは、凄いよ。

私には無いものを持っている…。きっと、このまま行けば、私なんかよりもっと凄いモノを見せてくれるだろう」

「キミ、たち……?それって」


「そう。キミ、月城ゆきちゃんと、もう1人。金城まおちゃん。今のアイドル世界を支えているのは間違えなくキミたち2人だ。

……まおちゃん。あの子は、昔の私と少し似ている……でも、あの子は私とは全然違う。一見、誰も相手にしない傍若無人な孤高の女王様に見えるけど。

その根底には、ファンのみんなを思う心がある。…あの子はちゃんと、みんなを見ている。

だからこそ、あの子は、ゆきと並び立てるのだろうね」


「そう、ですね。まおちゃんは凄いです…」


ふと、ゆきは、ひなの方を見る。

ひなは、ゆきの抱えているノノをじっと見ている。

ゆきはその事に気づいた


「あの……何か?」

「ん……いや。可愛いぬいぐるみだな、と思ってね。……大切にしなよ」

「え、あ、はい」


……


「ふぅ、柄にもなく語ってしまったね……」

「いえ、すごく素敵なお話でした」


「ふふっありがと。少しは気が落ち着いたかな。……最後に"元アイドル"として。ひとつアドバイス、しておくよ」

「え……」


「さっきは長々語っちゃったけどね。言いたいことは至極単純。…要は。ファンを。みんなを大切にしなよ。って。とこかな。

…そして、自分自身が、何のために歌いたいのか。 歌っていたのか。…それをもう一度、良く考えてみて。……そうすれば、きっと、道は拓けるよ」


「…………はい」


「……私に言えることは、それくらいかな。

それじゃあね。いいしらせを待ってるよーん」


じゃ。と片手をあげて。飄々としたまま、

神崎ひなは姿を消した。



……




春野花の街。ビルの屋上で、神崎ひなは。

ネオンで煌めく街の景色を眺めながら考えた。


「……兄妹。か。……私はひとりっ子だったから、兄をもつ気持ちはわからないなぁ。しかし、だからこそ。この道を歩む事が出来たのかもしれない」


「でも、こんな私にもハッキリわかることは1つあるよ。…それは。私があの子に出来ることは、ここまでだってこと」


「ここから先は私じゃあない。…キミが、なすべき事だ」


「……そうだろう? "月城彼方"くん」

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