第19話 わかってた

01月31日


翼プロダクション


事務所内では、月城ゆきが、マネージャーに、もう一度ステージに立ちたいと懇願していた。



「やらせて、ください……」

「だめよ、これ以上今のあなたにアイドルをやらせるわけにはいかない」


ゆきは、必死の形相叫んだ。


「私は、私は……まだ、歌えます!!」


普段ほとんど感情を爆発させないゆきの、叫びに、マネージャーはたじろいだ。


「やらなきゃ、行けないんです。やらなきゃ……強く、強くならなくちゃ…」


「ゆき……」


「私は、私はアイドルです。私から、アイドルを失ったら、何が……何が残るんですかぅ!!!!」


感情を爆発させ続けるゆきにマネージャーは向かい合う。

そしてマネージャーは、ゆきの両肩を両手で掴み叫んだ。


「ゆき……!落ち着きなさい!!…そして、その目で自分の顔をしっかりよく見てみなさい」

「あ……」


ゆきは、鏡に映る自分の顔を見た。

そこには、笑顔などとは程遠い、ぐちゃぐちゃに歪んだ月城ゆきの顔だけが、映っていた。


「そんな顔で、みんなの前に立つつもり」

「あ……」


「なにもアイドルを辞めろと言っているわけではないわ。ファンのみんなも、あなたの復帰を心待ちにしている。でも今のあなたを前に出す訳にはいかないわ」


「……」

「落ち着いて。ファンは逃げたりしないわ。あなたが回復するまで。しばらくは休んでいなさい」


「………………はい」


ゆきは、俯きながら、事務所を出ていった。


……



公園 夜


ゆきは、公園で、1人ぼうっと立ち尽くしていた。ノノを抱えながら。


「………………」


そんなゆきを見てノノが行った。


「ゆき……。ごめん……」


「なんで、謝るの」


「ボク。キミの、お兄さんの、こと……」


「……本当は、わかってた。最初から、分かっていたよ。お兄ちゃんが生きてるはずなんて。ないって」


「え」


「あれから、何度も、診てもらった、お兄ちゃんのこと。医者さんに」

「……」

「でも、何度診ても、何度診ても、何度診ても。結果は変わらなかった。……お兄ちゃんは。もう。死んでいるんだよ」

「ゆき……」

「ノノ、あなたは、私が。生み出した、幻なのかな。……どうしても、現実を否定したいって言う気持ちなのかな」

「……そ、んな、こと……」


ゆきは、すぅっと息を吸い。歌おうと口を開く。


しかし、その口から、歌声が流れることはなかった。


「ゆき……」


「……前に、進まなきゃ。いけないのに。……お兄ちゃんは、もう。いないの……。だから。強く、強くならなきゃ。いけないのに。……お兄ちゃんに、守られる必要のないくらい。1人でなんでもできるように。強く、ならなきゃ……」


ゆきは、歌おうとする。

何度も、何度も、何度も。声を出そうとする。

しかし、歌声は。出なかった。


「私は、歌い続けなきゃいけないの…!歌い続けて、強く、強くあり続けなきゃいけないの…!」


「なのに……なんでっ!!なんで、出ないの

……!!私の、わたしの、こえ……」


今までに見たことの無いような、必死の形相に満ちたゆきの表情に、ノノは、何も言えなかった。


「これ以上、私から奪わないでよ……お願い……」


何も流れない、無風の世界に立ち尽くすゆき。

しかし、その時。無風の世界に風が吹いた。



「あーあー駄目駄目、肩に力入りすぎよー」


「……!?」


ゆきの背後から声が聞こえる。ゆきは後ろをみた。そこには、人がいた。


「あなたは」


その姿に、ゆきは見覚えがあった。


「あなた、は……。神崎ひな、さん……」

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