第15話 ``ノノ``



01月17日 病室



「元気……出して……」


「あなたなの、ノノ」


ぬいぐるみから発せられた声に、ゆきは驚いた。

そして、ぬいぐるみは再び言葉を紡ぐ。


「そう、だよ。ボクだよ……ノノ、だよ……」

「……!」


突然の出来事、あまりに現実感のない現象に。ゆきは夢でも見ているのかと、思った。しかし、ほっぺをつねってもなにも起こらない。間違いなく現実だった。


「本当にノノなの、どうして……」

「……」


しかし、ノノはまた喋らなくなった。

「え、ノノ……」


ゆきは、やはり夢だったのだろうかと思った。

それから5分後


「……ゆき!」

突然ノノが叫んだ。ゆきは驚いてノノを落とした。

「えっ!?あ、ご、ごめんなさい、ノノ……。やっぱりノノなのね」


ゆきの言葉に、ノノは10秒ほど黙った。

そして、言った。


「うん。…………ボクは、ノノだよ」


「でも、どうして急に喋るように」

「それは、見ていられなかったからさ。キミが」

「え」

「ずっと悲しみにくれるキミを方って置けなかった。だからボクは、目覚めた。……神様が叶えてくれたんだ。ボクをゆきと話せるようにしてくれって願いを」

「そ、そんなこと…」


「現実だよ。ボクの事も、君のおにいさんの事も、全て現実だよ。それは受け入れて進むしかないことなんだ」


おにいさん、という言葉にゆきは、現実を思い出し、再び気が沈んでしまう。


「で、で、でも……、そんなの、受け入れられないよ…」

「……」

「あんな、終わり方なんて…。私。お兄ちゃんにちゃんと、した。お別れすら言えなかった……。気持ちが、ずっと宙ぶらりんで。なにも考えられない。私、これからどうしたらいいのか、分からないよ……」


「…………」


ノノはしばらく、何も言わなかった。

ゆきは、未だに癒えない悲しみに身を任せた。

やがて、数分経ったあと、ノノは言った。


「……そんなんじゃ、おにいさんも、安心して目覚められないよ」

「え」


目覚められない、という言い回しにゆきは、違和感を覚えた。

「どういう、こと…?お兄ちゃんは、死んだんじゃ」

「まだだよ。まだ、確実に死んだわけじゃない。……あの人の「魂」はまだ、この世にある」

「??」

「魂と肉体はセットだ。魂があるということ肉体もまだ生きているはずなんだよ。同じ魂の存在であるボクだからこそわかる」


「……本当なの」

「……確証はない。でも、可能性はある」


「……」

「だから、何時までも、そんな風にしてちゃダメなんだよ。お兄さんが目覚めた時、安心して迎えられるように。頑張ろう」

「…………」


ゆきは、

ベッドに眠る月城彼方の肉体を見た。

眉ひとつ動くことなく、静かに安らかに眠るその顔を、ゆきはただじっと見つめた。

そして、ゆきは、彼方のでこに手のひらを載せた。


……


その手に何を感じたのか。


ゆきは手を離すと、何かを考えるように黙ったまま彼方を見つめていた。そんなゆきをノノも静かに見ていた。


「………………」

「ゆき……」


そして、ゃがて、ゆきはノノに言った。


「ごめん、ノノ…私やっぱり、信じられないよ。お兄ちゃんがまだ、生きているなんて。そんなの、有り得ない」


「ゆき…」


「でも……でもね。有り得ないことは、既に起こっているんだよね。……ノノとこうして、話しているっていう」


「え……」


「だから、もう少しだけ、頑張ってみるよ」

「ゆき……」



「ありがとう、ノノ…。私を元気付けようとしてくれていたんでしよう。私は、大丈夫だから…………そうだ。挨拶ちゃんとしてなかったよね」


そう言ってゆきは、ノノを机に置き、自分と同じ高さの目線に合わせた。


「私、月城ゆき。改めて、よろしくねノノ」

「うん。ボクはノノ、ノノベアーのノノだよ、よろしくね、ゆき」


ゆきはノノの丸い手を親指と人差し指でちょんと、摘んだ。

そらが握手のつもりだった。


ずっと沈んでいた、ゆきの表情に僅かに明るさが戻っていたことに、安堵するノノであった。

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