第5話 出会いと尋問

 ラウナは自らが作った異空間へ転移した。


 異空間とは現実の世界から少し位相をずらして作った空間のことであり、異空間の作成者以外は許可がなければ入ることも見ることもできない。

 異空間の大きさは作成者の力量に大きく左右され、空間魔術の理解や異空間を維持するための魔力量、異空間内の状態を操作するための魔力操作センスなど様々な要素が必要不可欠であり、並の魔術師では異空間を作ることも不可能だ。

 異空間を作ることができても精々小さな箪笥たんす程度の大きさであり、俗に言うアイテムボックスのような使い道しかできない。

 さらに言えば、異空間の大きさと魔力消費は比例しており、大きければ大きいほど異空間の作成も維持も難しくなる。加えて、異空間への魔力供給が途絶えると異空間の消滅と共に中に置いてあった全てのものが現実にはじき出されるため、常に魔力供給せねばならず凄まじく燃費が悪い。


 まぁそれでもかなり有用なのだが……少なくとも人が入れるような広さの異空間を作れる魔術師はほとんどいない。いたとしても作らないことの方が多い。


 その観点で言うとラウナ・ウィルムという魔術師は規格外だと言えるだろう。

 ラウナは異空間を何十個も作成、維持しており、その内の幾つかは遭難してもおかしくないほど広く作られている。


 ラウナはその中でも特に大きい……裏技を使い、実質の異空間へ転移し……


「……誰だこいつら」


 適当に建てた小屋の中に見知らぬ少女2人が寝ているのを見て思わず顔をしかめるのだった。




 ――――――――――――――――――――――――


「おい、起きろお前ら」


 聞いたことのない声と頬に感じる感触で目が覚める。柔らかいベッドの感触ではなく、硬い地面の感触が伝わってきて寝ぼけていた鈴の意識はすぐに覚醒した。

 思わず飛び起きると同時に身体に奔る違和感。まるで何かに縛られているかのように手首と足首がくっついて離れない。


「な、何これ!?」

「一人起きたか。おい、もう一人も起きろ」


 声の主は鈴の知らない人物だった。

 160㎝の梓と同じくらいの身長、肩までの煌めくような金髪、透き通るような白い肌、複雑な意匠が施されている黒のローブを着ていて、やけに長い黒い杖を持った凄まじい美少女が鈴と梓を見下ろしていた。


(あ、よく見たら耳が尖ってる……アズサっちが言ってたエルフってやつかな)


 見知らぬ人が自分を見下ろしている、さらに何故か上手く動けないという状態にもかかわらず鈴の頭は冷静に働いていた。異世界で初めての人との交流を失敗する訳にはいかない。

 未だ寝ている梓を横目に鈴は思い切って口を開く。


「ねえ、あなたは誰? ここはどこ?」

「それはこっちのセリフだ。何者だお前ら、返答次第では今ここで殺す」

「……!」


 目の前の美少女エルフからの殺気に思わず鈴は固まる。自分たちを見る目に光が宿っていないことに鈴は本能的に感じ取った。


(本気だ……本気で私とアズサっちを殺すつもりだ……)


 初めて向けられた本物の殺意に身体の震えが止まらない。このまま泣き出したい、今すぐ梓と逃げ出したいと、そんな思いが鈴の中を駆けまわる。しかし、目の前の美少女エルフから逃げきれないと本能が訴えかけてきている。梓はまだ寝ているし、身体も上手く動かない。


(私が何とかするしかない!)


 それでもと鈴は梓を守るために覚悟を決めた。


(逃げようとすれば殺される。これからする返答に嘘が混じっていても多分殺される。私はアズサっち程口が上手くないけど……やるしかない!)


「し、信じられないかと思うけど! 私たちはこの世界の人じゃなくて!」

「ほう? 何を言い出すかと思えばこの世界の人じゃない? ふっ……はははははははは!!」


 突然笑い出す美少女エルフ。その反応に鈴の背筋に嫌なものが流れた。


「冗談しては面白いな。ここまで私と滞りなく話していてこの世界の人じゃない? 明らかに人間のお前が、私の言葉を理解して、私が理解できる言葉を喋っているのに?」

「あ……」


 やらかした。

 鈴の頭から血の気が一気に引いて視界がぼやける。異世界の言葉が日本語な訳がない。それなのに自分の言葉が通じていることに鈴は違和感を持てなかった。何故通じている、何故理解できる、答えが出るはずもない問いが鈴の頭で堂々巡りになる。


「続きだ。何故お前らはここにいる。どこから、どうやって入ってきた」


 真顔の美少女エルフが鈴に問いかける。

 ここは美少女エルフのラウナが作り出した異空間であり、ラウナが許可しない限り入ることはできない。鈴と梓がここにいること自体有り得ないことだ。他人の異空間に干渉できる魔術などラウナは聞いたこともなかった。

 ラウナにとって二人の正体などどうでもよく、何故ここにいるのかを問いただしたいだけだった。


「おい、早く答えろ」

「……わ、分からない……足元が光って、気付いたらここにいた……ほ、ほんとだよ!」

「…………」


 鈴の答えに今度は美少女エルフが黙り込む。

 長い沈黙がその場を支配して、少し冷静になった鈴はここからどう切り抜けるか考え始める。チラと横を見ると梓はまだ寝ている。


「しょ、証明! 証明すればいいんでしょ!?」

「ん? 何を証明するんだ?」

「私たちが異世界から来た証明」


 再び沈黙がその場を支配する。美少女エルフの鈴を見る目が好奇の目に変わっていく。獲物を狙う狩人の目から、未知を求める魔術師の目に。


「やってみろよ小娘。お前の命がけの証明を私に信じさせてみせろ!」

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