第4話 魔女ラウナ・ウィルム

 その日、魔女ラウナ・ウィルムは機嫌が悪かった。

 王都の外れにある自分の屋敷の一室に入ると、机の上に乱雑に積まれた王国からの手紙や弟子たちからの手紙の山を崩し、少しぼろくなった木の椅子に勢いよく腰かける。

 いつもなら紅茶でも飲みながら、手紙を読んだり本を読んだり魔術の研究にでも勤しむのだが、今のラウナにはする気力がなかった。


 弟子の一人が死んだ。


 たくさんいる弟子の中でも特に可愛がっていた奴が若くして死んだ。

 事故死のようだった。馬車の前に飛び出した子供をかばって轢かれ、打ち所が悪かったのか即死したようだった。まだ20と数年しか経っていなかったのに。

 あまりにも呆気ない死に方に聞いた時は耳を疑った。過去にいた弟子の中でも跳びぬけた才能を持っていたのに、誰よりも優しい心根を持っていたのに、それが原因で死んだというのは余りにもやるせなかった。

 別に今更弟子との永遠の別れが辛いとかそういうものはラウナにはなかった。エルフであるラウナは人間より長く生きる。

 既に何百年と生きていて、人と関われば気付けばそいつが寿命で死んでいることなんてよくあることだった。

 最初の頃は泣きに泣きまくったが今更悲しみや辛さに溺れることはない。

 が、それでも一度面倒を見て自分から巣立っていった奴がこうもあっさりと死んでしまうのは、ラウナにとって受け入れがたい感情をもたらすものだった。


「王国魔術師団に入れたって、ついこの間嬉しそうに報告してきただろ……!」


 今回死んだ弟子はラウナが気まぐれに拾った捨て子だった。

 街の裏路地に捨てられていたのを気まぐれに拾い、育てた。

 しばらく人と関わってなかった分、ラウナはそれなりの……いや、結構な愛を注いで育てていた。だからこそ、こうもあっさりと死んだことにラウナは怒りを感じていたのだった。


「あーイライラする。あのクソ弟子あっさりと死にやがって……私みたいな魔術師になるんじゃなかったのかよ……!」


 ラウナはどこからともなくティーポットとカップを出すとカップに紅茶を注ぐ。白い湯気が立ち上り、茶葉の香がラウナの鼻をくすぐる。ラウナは一息に紅茶を飲み干した。


「あーもう! あいつの性で紅茶も不味いじゃねえか! 飲めたもんじゃねえ! ふざけんな!」


 カップを床に叩きつけながらラウナは立ち上がる。きっと今は何をしても手に付かない、そう思ったラウナは何処からともなく、今度は杖を取り出した。

 長さはラウナの身長より長い2m、色は黒く、明らかに鉄製だ。両端に石突がついている程度の他の飾りの何もない無骨な長い杖。しかし、よく見ると杖の表面にびっしりと文字と記号のようなものが刻まれていて、これが魔杖なのだと思わせるものだった。


 ラウナが杖で2回床を叩く。瞬間、即座に足元に魔法陣が展開し……突然霧散した。


「……一体何の用だマルファリウス。私は今機嫌が最高潮に悪いんだ。気晴らしの邪魔をするってことはお前がその相手になってくれるってことか?」


 ラウナの視線の先……部屋の入り口に一人の男が立っていた。きちっとフロックコートを身に着け、胸元に王国魔術師団の証であるフクロウのブローチをつけたこれと言って特徴のないどこにでもいそうな茶髪の男性……マルファリウスは抜き身の短剣をラウナの足元に向けていた。ラウナの顔色を伺うように少し怯えながらマルファリウスは口を開く。


「あ、あなたの相手は絶対しませんよ……私がボコボコにされるだけですから。……それよりエルスのことなんですけど」

「あ?」

「ひっ!」


 凄まじい重圧がマルファリウスを襲う。ラウナから発せられる魔力の圧が赤いオーラとなって可視化されマルファリウスはおもわずちびりそうになった。

 エルスは今回の事故で亡くなった弟子の名だ。

 エルスのことがラウナの地雷になっていることはマルファリウスも理解はしていたが、伝えなければならないことがあるため嫌々ながらも踏み込まなければならなかった。


「エ、エルスの遺品を持ってきました……ウィ、ウィルム様すぐお帰りになりましたし忘れられてるかな~と思いまして……」

「……わざと持って帰らなかったんだ。とっとと失せろ」


 マルファリウスはただ地雷を踏んだだけだった。ラウナの怒りが激しいものから静かなものに変わっていくのが恐怖を狩り立たせる。


「は、はい! し、失礼いたしました!」

「遺品は全て燃やせ。クソ弟子が持ってたものは全部だ。全部あいつのもとに送り届けてやれ」

「りょ、了解しました!」

「チッ……手紙で伝えりゃいいことを……」


 そう言うとラウナはマルファリウスに一瞥もせず、杖で床を二回叩く。ラウナの足元に魔法陣が展開され、ラウナはその場から消えたのであった。

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