第3話 遭難
「アズサっち……」
「…………何」
「のど……乾いた……」
「……そうね」
「何か……ない……?」
「……も……いわよ……」
「え?」
「何もないわよっ!!」
「うわびっくりした」
見渡す限りの草原を進むより山を目指して進んだ方が良いと梓が決め、二人は山を目指して歩き始めた……のはいいのだが。如何せん山が遠い。最初のうちは二人も異世界ということで少しだけ楽しみながら歩いていたが、時間が経つごとに口数が少なくなっていき、最終的に無言になっていった。
何しろ水がないのだ。異世界に来てから大体六時間は水を口にしていない。
梓も鈴もいつも学校に水筒を持って行っているが、それは鞄の中にしまってあったので今ここにはなかった。
見渡す限りの草原に水源などなく、さらに今は日が落ちているため涼しいが、遮蔽物も何もない草原はじんわりと暑く、汗が二人の身体から流れていった。
「異世界って厳しいねアズサっち……」
「そうね……あーもう! 村の一つでもありなさいよこのくそったれが……!」
「口が悪いよアズサっち……」
「異世界に来て水と食糧が無くてすぐ死にましたとか本当に笑えないわよ……せめて雨の一つでも降ってくれればいいのに……」
それからどのくらい歩いただろうか。梓と鈴は夜通し歩き続け山を目指す。二人とも既に体力の限界を迎えており、言葉も交わす余裕がなくなってきている。すぐにでも休みたかったが、二人は休まず山を目指す選択をした。
その理由はこの草原への違和感が二人とも拭いきれなくなったきたからだ。
動物が一切いない。これだけの草が生えていて気温も温暖なのに草食動物らしきものが一つもいない。何なら鳥の一つも見かけていない。
他の生き物の気配が全くしない。
さらに梓と鈴は山に向かって真っ直ぐ、約10時間は歩いている。のに対して山の麓が一切見えない。こんなにも見晴らしがいいのに一切見えない。ただ単純に遠いだけならよかったが、梓と鈴は山の大きさが変わっていないことに気が付いていた。
明らかにおかしい。正体の分からない怖さが二人の歩を進ませる。
「アズサっち……おかしいよこれ」
「…………」
「アズサっち一回止まろう」
「……………止まってどうするの?」
「……一旦引き返してみるとか?」
「……もう少しだけ歩いてみる」
「…………分かった」
そこからどのくらい歩いただろうか。
日が昇り始め、気温が上昇していく。一向に先は見えない。他の生き物も見えない。
さっきから風景が変わっていない。
梓の意識は既に朦朧としてきており、ただ前に進むということを為しているだけであった。
(前へ……前へ……早く……前へ……)
まるでゾンビのように、意思もなく前に進み続ける。呼吸が荒くなる、周りが見えなくなる、何も聞こえなくなる。ここがどこか分からなくなる。
ふと誰かが梓の手を掴んで歩みを止めた。
「だ、れ……?」
しゃがれた声。もう何時間も水を飲んでいないから当たり前だ。しかし、今の梓の姿はそれだけじゃ説明がつかないほど、何時間も歩いただけとは思えないほど衰弱していた。
梓を掴んだ手の主……鈴は静かに、確かに、言い聞かせるように、口を開く。
「戻ろう、梓」
あれだけ歩いたのに、梓と鈴はあっさりと最初の小屋に戻ってきた。薄暗く何もない小屋だが、草原よりはマシだと二人は中で休むことにした。
何時間もほぼ休みなしで歩いた疲労は予想以上で横になった瞬間尋常じゃない眠気が二人を襲う。そのまま二人は抗うことなく眠りについたのだった。
(……あの時のアズサっちは明らかにおかしかった。何かに取憑かれたような、そんな感じだった。)
眠りに落ちる瞬間、鈴は大切な幼馴染の様子を思い返していた。
(許せない……何でこんなことになったんだ。アズサっちをあんな目にした奴……いや、そもそも私たちをこの世界に呼んだ奴……たとえ神様だろうと絶対に、絶対に許さない……!)
大切な幼馴染を傷つけたもの、その原因となった異世界に呼んだもの、その全てに鈴は怒りを抱く。
これが始まりだった。
二人の未来の運命の行方が乱れるきっかけの一つ。この世界の崩壊の始まりは……哀れな一人の少女が抱いた世界への怒りから全てが始まったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます