さあ進もう、次の冒険へ
「それで彼女を置いて、そのまま帰ってきたんですか?」
「ああ。彼女にとってもそれが良いと思ったからな」
行きと違って走ることなく、ゆっくりと戻ってきた俺はレディオの街の
本人は『せめて町までっ!!』と一緒に来たがってはいたが、村の早期復興には若者の力が必要だと、涙目になりながら村へと残ることを決めていた。
……まあ、彼女が自分で決めたのなら俺は口を挟む気はない。
俺との時間より村の方が大事なのは当然だ。周りのことを思いやれる優しさ俺としても見習うべきものだと尊敬しているよ。
『ではまたどこかで! そのときこそは
ただ別れ際の、耳に絡みついて来そうだと錯覚しそうだった声がやけに忘れられないんだよな。
何かこう、イメージ的には蛇に睨まれてた蛙の気分に近いやつ。別に命の危機を感じる状況でもなかったし、声色自体は昨日と大差なかったし、一体何に対しての違和感だったのか。
ま、多分気のせいだろう。遠かったしな。
取り敢えず、忘れるまでは心の片隅に置いておこうと結論づけながら、忘れ物はないかと周囲を確かめる。
「……本当に、行ってしまうんですか?」
「ああ。ちょうどシナプス大峡谷の手前まで乗せてくれる人達がいてな。その好意に甘えようかなと思っている」
変わらずの答えを告げると、リンゼは大袈裟に残念がってくる。
別に急ぐ旅でもないし歩いても良かったのだが、多少楽が出来るならそれに越したことはない。
それに、最近ここいらでは獣や盗賊が多少活発になっている噂もある。
どうせ道が一緒なら、せめて途中までは彼らの身を守った方がお互いにとって都合が良い。俺も休憩しながら進めるので、所謂
……そういえば、ご飯を食べに行こうなんて誘いもされてたっけか。
どんな思惑であれ、一度くらいは了承してあげれば良かったと少し申し訳ないとは思ってしまう。
ま、人前では仮面外せないし、気まずくならなくて良かったと思うことにしよう、うん。
「……それじゃあ。今までお世話になりました」
何か言いたそうなリンゼさんに軽く頭を下げ、気まずいので返しの言葉を待たずに
最後まで失礼な態度だったのは自覚している。実際恩を仇で返してるし、今耳を澄ましたら罵倒でも聞こえてきそうでちょっと怖い。
だけどあの
そんなこんなで見納めになる町並みを振り返りながら、待ち合わせ場所である街の入り口まで歩いていく。
結構長居したし色々見知って……あっ、あそこの食事屋は結構通ったな。あの店は確か、ネギっぽい植物の
……何か食い物ばっかだな。
一応一周期──一年くらいはここにいたはずなんだけど、どうしてなんだろうか。……色気や交流より食い気だったからだな。
素顔を晒さないよう、購入した串焼きを食べて歩いていると、やがて目的の街門が見えてくる。
こちらに気付いた門番は気さくに手を上げてきたので、こちらも軽く振り返しながら近づいていく。
この人、いつも真面目に仕事していて偉いなぁ。
前の世界の頃はあまり気にしていなかったが、今の俺みたいに根無し草の放浪人ではなく、定住してしっかり仕事をしているのは本当に凄いなと、定職に就いている人を見る度に思ってしまうよ。
「お疲れ様です! 今日はどちらに?」
「そろそろ村を発とうと思ってね。元々この村には
「そうなんですかぁ。それは寂しくなりますね……」
村を去ることを告げると、本当に、心の底から寂しそうに言葉を薄れさせてくる門番の人。
実は自己紹介すらしていない仲ではあるが、それでも本当に良好な関係になれたと思う。
何たって、初邂逅のときは槍向けられたからな。まあ仮面も格好も不審者っぽい俺が悪いんだけどさ。
「それにしても、
「へー。ってことは
「どうですかねー? 僕はいると思っているんですが、もう三百年は出てないらしいですからねー」
たわいもない雑談に花を咲かせながら、門番の人はてきぱきと、町を出るための手続きを終わらせてくれる。
返還された登録費を受け取り、最後に手を振って門を抜ける。
本当に好青年だ。こんな俺ですら、彼に幸あれと願ってしまうほどには。
門を出てから周囲を見回していると、門横に並んでいる二つの荷車からこちらに駆け寄ってくる男が目に入った。
「待ってましたよ仮面の旦那ァ!!」
「すまない、遅くなった」
「気にせんでくださいよォ!! どうせ数日掛かりますんで、ゆっくり気長に行きやしょうよ!!」
誘導で促された荷車へと乗り込んで、ご丁寧に用意された座布団的なものの上に腰を下ろす。
腰の低い男に差し入れ用に買った串焼きの袋を渡しながら、ぼそぼそと草を
荷車に繋がれているのは、馬とロバの中間みたいな生き物。確か名前は
彼らに会釈し、荷車の中に入って周りの人へ挨拶した後、ご丁寧に用意されていた座布団的なものに腰を降ろす。
「……ふうっ」
ほっと一息ついていると、
どうやら出発のようだ。やはり待たせてしまっていたらしい。
若干の申し訳なさを抱きつつも、串焼きを一本取り出し頬張りながら、窓代わりの布をめくって世話になった街が小さくなるのを眺め続ける。
滞在期間の割にあんまり悪い印象がなかったのは、あの町では面倒な事件が起きなかったからかな。それとも飯が美味しかったからかな。
いずれにしても、途中に寄るだけだったということもあってか、この世界に来て五指に入るくらいには落ち着いた期間だった気がする。
ふと胸に積もるのは、いつもの旅立ちより少しだけ増したように感じる物寂しさ。
それが旅の醍醐味の一つだと。何者にも勝る幸福の実感だと、俺に冒険を叩き込んだあの人は笑ってそう教えてくれた。
だから、俺も笑ってここから去るとしよう。
名残惜しさの中で、偽りなく楽しかったと語れるように。時が経ち、機会があれば再び訪ねたいと思えるように。
「仮面の旦那ァ! 一緒に食べやしょうぜ!」
男の野太い誘いに応えるように布を降ろし、彼らの元へと体をずらす。
旅立ちとは喧しいものだと、次の目的地へ思いを馳せながら。
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