冒険しよう、そのときは
老若男女問わず、村中で起こるどんちゃん騒ぎ。
今まで生きた
心底苦手なノリ。出来ることなら参加すらしたくない、圧倒的体育会系陽パーティー。
正直一瞬の参加ですら苦手だが、意外にもこの空気自体は嫌いじゃない。むしろ観ているだけならいいのなら、好ましくすらあったりする。
人の間に溢れる希望。誰もが喜び、笑い合える場。
それは何ものにも変えられない、その場限りで尊いもの。
この光景こそ、俺にとっては金銭以上の報酬だと。
画面の下で微笑みながら、持っているちびちびと酒を流していると、ふと横から声を掛けられた。
「隣、いいっすか?」
「……ん? ……ああ、どうぞ」
誰か知らないが、わざわざこんな奴に近づいてくるとは物好きな奴。
そう思いながら酒を一口を酒を煽りつつ、隣をちらりと窺えば、その物好きの正体が依頼主である燻んだ金髪の少女──エレナだとようやく気づく。
知らなくもないけどあんま知らない関係。
他人の一歩先特有の気まずさを覚えながら、何とか話題を絞り出そうと酔いの入った脳みそを回してみる。
……駄目だ、碌な出だしが思いつかない。
酒のせいか頭が回らない。……いや、コミュ力の限界か。
「これ、どうぞ。うちの村名物、
「……ありがとう。いただきます」
そんな俺を見かねてか、それとも痺れを切らしたのか。
ともかくエレナが先に会話を切り出しながら、持っていた皿をこちらに差し出してきた。
皿の上にはカットされた肉が数枚。いずれも脂が乗っており、非常に食欲を唆る一品。
食べていいのかと尋ねてみれば、こくりと小さく頷きを返されたので、一枚頂き口へと運ぶ。
その瞬間、口の中に脈打つように広がる肉汁。
その厚みは舌の上で蕩け、ほんの僅かな甘みがより肉の強みを引き立たせてくる。
……うん、美味い。ここまで上質な肉、こちらでも元の世界でも中々食す機会はなかった気がするな。
「……意外と小さかったですね。あいつの死体」
「……ああ。死体から魔力を抜けちまえば、大きな体だって結構縮んじまうんだ。基本、魔物ってのは魔力ありきの生き物だからな」
エレナの話に、肉へ舌鼓を打ちながら答える。
魔力を骨子にして体を構成する生き物──魔物の特徴として、核たる
懐かしい。その現象を初めて目にしたのは、確か
始まる前は子供半分くらいの大きさであったが、それでも締めの際に豆粒程度の
……まあそんなことはどうでも良くて。
どうせ俺の過去など肴ほどの価値もない。所詮は凡くらが這いつくばって顔隠して、力に振り回されながらも一応は独り立ち出来るようになったってだけの話だからな。
「それでどうした? わざわざ来たのだから、何か話があるんだろう?」
軽く酒を煽り、それからエレナに問うてみる。
報酬は受け取り、後始末の話し合いも既に済んだ。明日村を立ち、依頼の完了を町のギルドに報告する。それで俺たちの縁はしまいだ。
だというのに。村の救済なんてめでたい日にわざわざ俺の所に来るのだから、きっと何か理由があるに違いない。
「もしかして報酬に不満か? 以外にがめついな。あれがありゃ当分困らないだろうに」
「ち、違いますよ! あんなの、どうけちをつければいいんですか!?」
エレナは村の中心にある大きな宝石を指差しながら、心外だと強めに否定してくる。
……ま、それはそうだ。あれ、値段つけられるか微妙だからな。
報酬は
この村程度なら百年は養える程であろう巨大な宝石、それを七対三に切って多い方を報酬とさせてもらった。
別にそんなに大金はいらなかったが、あんなものをこの村に置く方が危険、余計な火種を起こしかねない。
だから復興と今後しばらくの生活費に必要な分だけを残し、後は俺が
あいつの視線はねっとりしてるから苦手なのだが、まあ嫌いではないし頼りになるので仕方ないな。
「ほ、報酬のことじゃないんです! え、えっと……その……」
指を合わせて動かしながら、何故か顔を逸らすエレナ。
何だ、アイドルを直視できないみたいな反応は。
余裕がなかっただけかもしれないが、それにしても行きはこんな態度じゃなかったはずだ。
「その……、ご、ごめんなさいっ!」
戸惑う俺をよそに、綺麗に頭を下げてくるエレナ。
……ふむ、彼女は何を謝っているんだろうか。
別に害のあることをされた覚えはないし、見えないところで悪口でも言ってたりしたのかな。
「実は……その……見てしまったんです。……仮面の下」
「──はっ?」
エレナの言葉を聞いた俺の額からは、酒の火照りをお構いなしに冷や汗が滴り落ちてしまう。
何せ彼女がこちらに言ってきたのは、俺にとってあまりにも、思わず画面の下の目を大きく開いてしまうほどに予想外過ぎたことだったのだから。
何を言って、そもそもどうやって見えたというのか。
聖剣を抜いている間は素顔を晒す。それが聖剣との契約ではある。
だが外したのはほんの僅か、聖剣顕現時の一瞬のみ。
最初に走ってきたエレナが来る前に付け直したし、そんなタイミングはなかったはずだ。
「その……私の目がですね……? いわゆる
多少面食らう俺に対し、まるで教師に言い訳する生徒のようにたどたどしく説明し出したエレナ。
……魔眼か。まあ確かに、それならあり得ない話ではないか。
だけどまあ、そういうの持ってるなら言って欲しかったな。魔眼は便利だが、ばれればくり抜いたり疎まれたりと、隠すに越したことはないのはわかってはいるけどさぁ。
……まあいいや。どうせ見たら嫌な気持ちになるだけの不細工ってだけだし、別に見たら呪われるとかでもないしな。
「いいよ別に。見えちゃったなら仕方ないよ」
「う、うぅ……」
「しかし、それより謝るのはこちらの方だ。偶然とはいえ、目に毒なものを映しちゃってごめんね」
仮面に手を当てながら誤魔化すように笑うと、慌ててそんなことないと手を振ってまで否定してくれるエレナ。
……本当に気遣いの出来る優しい娘だな。
けどなんだろう。そういう善意って、意外と罵倒より心に刺さったりするものなんだよな。
「そ、そんな事ないです! むしろその……、とっても……だった……みたいな……」
なんて言ってるんだろうか。出来るだけ全部聞き取りたいが、後半は小声過ぎてわからなかったな。
まあでも、きっと涙ぐましいフォローをしようとしてくれていたのだろう。だから俺に出来ることは、年下の善意を無碍にしないように心がけることだけだな。
「それでその……お願いがあるんですけどぉ」
「ん、なんだ?」
「よ、宜しければいっしょう……じゃなくて、一緒に冒険へ連れて行ってくれませんか!?」
矢継ぎ早に紡がれたエレナのお願いは、さっき湧いた驚愕よりも、更に大きな驚きを俺に与えてきた。
「私、冒険者になりたいんです!! ウォントさんみたいに強くてかっこいい、誰かの力になれるような人になりたいんです!!」
なるほど。村の行き来のときから体力あるなと思ってはいたが、冒険者志望の娘だったのか。
新人がある程度実力者に師事を頼むのは割と珍しくなく、むしろギルドも推奨している生存率の向上方法だ。
なんたって、昔の俺も藁にも縋る思いで頼み込んでみた時期があるからな。……まあ俺の場合、顔見せたらやんわりと拒否られたのであんまり良い思い出はないけどさ。
「ウォントさん。……いえ、ウォント師匠の元で旅をしてみたいんです!! お願いしますっ!!」
少し離れた騒ぎの歓声に負けないくらい大きな声。
それほど全力で頼んでいるのだと、鈍さの塊とか罵られたことのある俺でも流石に理解できる必死さだった。
だからこそ、余計に申し訳なくなり断りづらい。
返答は決まっているから尚のこと、今から言うべき言葉を選ばなきゃいけない。新人からの申し出を断るのは三度目だけど、ここだけはまったくもって慣れやしないな。
……にしても、よくもまあ思春期の少女が俺の顔を見て付いてきたいだなんて思えるよね。
この顔で言うのもあれだけど、どうせ付いていくなら最低限は整っている人が良いと思うけどな。
「ごめんね。俺はもうイカナの町を出るつもりだから、エレナを教えることは出来ないんだ」
「……そう、ですか」
なるべく、出来るだけやんわりと。
自分に出来る限り優しく断ると、思わず罪悪感を抱いてしまうほど落ち込みを見せるエレナ。
こればかりはしょうがないのだが、年頃の少女の願いを切り捨ててしまうことに少し罪悪感を覚えてしまう。
何かこの場を誤魔化す方法はないかと脳を回すと、一つ妙案が思いついた。
「……これをあげよう。せめてものお詫びだが、これからの君が希望ある道を歩めるよう、心より祈りを込めて」
懐に閉まっていた袋から、たまたま脳に浮かんだ品を取り出してエレナに差し出す。
それは琥珀色で輝く小粒の宝石が付いた指輪。
観賞用としての価値はもちろんのこと、宝石に眠る魔力は装備者が魔力切れになった際に助けとなる優れものだ。
懐かしい。確かこれを買った砂漠の国では、上の琥珀を
想い人に送り、その相手が五年間輝きを絶やさなければ、そのときは両者の未来が幸福を約束されるらしい。こういう地域特有の名産品とか好きで、次いつ訪れるかわからないからつい買っちゃうんだよね。
「いつか君が立派になって、もし再び巡り会えたなら。その時は一緒に冒険しよう、もちろん君が満足いくまでね」
自分の肌に鳥肌が立ちそうなくらい気障な言葉。
我ながらちょっとどうかなと反省している最中、頭を撫でようと無意識に伸ばしかけた手を引っ込める。
あっぶな。つい昔は仲の良かった妹と同じ感じで頭に手を置くところだった。
どんな状況でも、俺がやればセクハラでしかないんだ。あんなに懐いていた妹でさえ、俺がいじめられていた頃には『もう近づかないで』とガチトーンで怒られたからな。
「は、はい……。しゅ、しゅきぃ……」
良かった。ちょっと思ってた反応とは違ったけど、どうにか機嫌を損ねずに納得してもらうことが出来たと思う。
けど何だろう、さっきから視線がエーリエみたいに湿っぽい気がするんだけど。そんで目に何かハートが浮かんでた気もするんだけど。
……まあ見間違いだろうし、別に気にしなくても良いや。
この世界は魔眼なんてガチガチのファンタジーだし、たまに目にハートを宿しちゃうなんてこと珍しくもないのだろう。
それに、俺の魅力で年頃の少女を蕩けさせたなんて気持ち悪い自惚れを持てるほど、世界は俺に優しくはないからな。
酒瓶を揺らして残量を確かめていると、不意に右肩へ温もりある重みが掛かる。
何かと思ってチラ見してみれば、そこにはかわいらしい寝息を立てながら目を閉じるエレナの姿が。
まったく不用心め。……仕方のない奴だなぁ。
まあ、彼女にとっては激動の数日だったろうし、これでようやく安眠できるようになったってことだろう。
風邪を引かないよう毛布を取り出してかぶせ、揺らさないように気をつけながら抱き上げる。
眼福とも言える、美少女にはお似合いの可愛らしい寝顔。そんな彼女にまだまだ騒ぎたがっている村人達の騒ぎは、安眠の子守唄には少しばかり大きすぎるだろう。
「おやすみ。どうか良い夢を」
昼間に教えてもらった彼女の家へと足を進めていく。
さて、このお姫様を起こさないように運ばないと。女性のエスコートは、魔物を狩るより大変だからな。
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