持たないよ、話の間が

 佐藤望さとうのぞむの喚ばれた先はトライワール国。

 彼の生まれた場所とは違うこの世界で、最も力あるとされた三つの大国の内の一つだった。


 飛び降りて、現実から目を逸らすべく瞑ってから数秒。

 何秒経っても、来るべきはずの地に叩き付けられる感触はなく。次に目にしたのは、どこを見ても荘厳で神秘的な空間だった。

 

 テレビや漫画でしか見たことのないような、まさにといった華やかで広大な空間。

 これっぽっちも現実味のない場所に呆然と立ち尽くすのみ。口から言葉が出ないほどだった。


 嗚呼、これは死に際の夢なのだろう。所謂走馬燈に近しい妄想の中なのだろうと。

 つい先ほどまで中学生をやっていた自分の矮小な頭では、それ以上の思考を抱けない。


『斯様に醜く、そしてくすみきった瞳。これが異なる世界の勇ましき者なのか?』


 そんな少年の思考を奪った音。意識を夢幻の虜から、正気という現実へと引き戻したのは男の声。

 低くて重い嗄れ声。誰かによって吐かれた、心底の呆れを乗せたような声色だった。

 

 すぐにそちらを振り向き、その正体を確認しようとした。

 その瞬間だった。体は言うことを聞かず、まるで押さえつけられたかのように跪いてしまったのは。


『今更喚び直しも叶うまいか。……良い。おもてを上げよ、異邦の勇者よ』


 その言葉のまま、今度は髪を引っ張られたように顔を上げさせられる。

 これが夢ではないと、そう確信を以て断言できるほどの痛みと不快感。いつかの放課後に味わった、髪の毛を引っ張られて顔を起こされたときみたいな一瞬の苦痛。


 歯を食いしばりながらも助けの言葉を上げることも出来ず。そして抗うことも叶わない。

 苦悶の中、ようやく固定された目が映したのは、絢爛な椅子に座り上から見下ろす男であった。


『……問おう勇者。貴様は我らの救いに与える存在か?』

 

 心底不服そうに、不快さを隠さずに問いかけてきた男。

 そんな男に言葉を返すことすら出来ず、ただただ戸惑うばかりであっただけの俺。

 

 けれど一つ。あの押し潰すかのような圧を秘めた冷たい眼光に射貫かれてから思えたこと。

 それは本能的な警戒。一度死のうと決意した俺でさえ、魂が深刻なまでに揺れてしまう直感。

 

 例えあの男が何者であろうと。どれほど善性を持ち、人々に慕われる存在であろうと。

 俺にとっては恐ろしく危険な存在であると。それだけははっきりと理解出来てしまった。

 





 ゆっくりと、いつもより前方と周辺に注意を払いながら歩いていく。

 わかっている。猶予がなくはないとはいえ、それでも急ぐべきだとは重々承知している。

 

 それでも走ることは出来ない。何故ならこの旅は一人ではなく、道案内がいるから。

 

「……大丈夫か?」

「だ、だいじょうぶ、です……!」

 

 俺の声を否定で払いのけ、金の髪を揺らしながらも必死に前を歩き続けている少女。

 彼女は身なりなど二の次に、必死にギルドへ駆け込んできた依頼主。

 そして過酷な道のりを乗り越えてきたのだろうに、自分が村までの道案内をすると言って聞かず、押し切られるように同行を許してしまった女の子であった。

 

 ええとそう。確かその……このの名は……。


「……サリナ」

「エレナ、ですっ!!」


 どうやら違ったらしい。一度で覚えられず申し訳ない。

 不機嫌そうに荒い返事をしてきた少女へ謝罪すると、平気だと返されてつい安堵してしまう。

 

 ……良かった、怒ってない。情けないが、年頃の少女の機嫌の直し方を俺は知らないんだ。

 

 もしも自分がイケメンならば、仮面を取って笑顔で優しい言葉を掛けてやれたりもする。

 だが残念。生憎だが俺は不細工オブ不細工。顔を晒せば逆に気を損ね、不安を煽ることになってしまう。同じスペックの生き物でも、容姿の差で持たれる印象は大きく変わるからな。


 とはいえ、もう町を出てから随分経った。既に空の色は変わり始めている。

 気概は認めるが、この辺りが潮時だろう。俺一人ならば夜通し走ろうと問題はないが、このは早急に休ませるべきだ。

 

「止まれ。今日はここで休むぞ」

「いえっ、だい、じょうぶ……!! 大丈夫ですっから……!!」

「……良いから休むぞ。間もなく日暮れだ」


 それでも納得出来ないのか、まだまだ進めると勇むエレナ。

 その意見を認めず、背後の空を親指で指差してから、今日はもうおしまいだと野営の準備を始めていく。

 

「……別に、まだいけましたけどね」

「焦る気持ちはわかるが、それでも夜は獣の時間だ。君を守りきれるほど、この山は甘くはない」


 鞄を下ろしていくつか魔道具を取り出しながら、彼女の不満へなるべく言葉を選んで返す。

 聞いた話によると、このは行きもこの山を通り抜けてきたらしい。だから多少の危険よりも速度を優先しているのだろう。

 だがこの山はそこまで甘くない。自衛の手段もない少女が、例え片道だけでも通り抜けられたのは相当の幸運によるもの。今の疲弊しきった彼女では、その奇跡すら望めず力尽きるだろう。


 まずは一晩休んで疲れを取ってほしい。付いてくるのなら、話はそれからだ。

 

 気配殺しのランタンに魔力で明かりを灯し、手製の領域符で周辺を簡易的な安全地帯へと変えた後。

 近場から枝や枯れ葉を集めて火を焚き、一段落付いた後。

 再度鞄に手を突っ込んで干し肉と水、それと個性的なマークの描かれた小さな瓶をを取り出す。


 ……このクソマズををいたいけな少女に飲ませるのか。まあ仕方ない、背に腹は代えられないからな。


「これを飲んでくれ。その後に食事だ」

「……これは?」

「薬だ。これを飲んで寝れば体力も戻る。苦いがそこは我慢してくれ」


 先に小瓶を渡しながら、つい最後に飲んだ時の味を思い出してしまう。

 昔知り合った薬師に貰った薬。彼女の薬は効果は申し分ないのだが、どれも味に難があるのが欠点だ。

 まあ今は仕方ない。付いてくる覚悟があるのなら、体のために我慢して飲んでもらうとしよう。


「んぐっ。うえっ、っえ、まずっ……」

「水だ。口をゆすげ。吐くなよ」


 案の定、体が拒否するかのように呻く少女。

 水の入った革袋を差し出すと、彼女は奪い去るように取って口内を洗っていく。

 

 ……吐かなかったか。えらいな。俺とは大違いだ。

 青汁の苦みだけを凝縮したみたいな薬の味。良薬口に苦しとは言うが、限度があると飲む度に思う代物だ。

 俺が初めて飲んだときは、あまりのまずさに耐えきれずに嘔吐したからな。戦闘中のぶっつけ本番でなくて本当に良かったと、あのときほど思ったことはないほどだ。


「頑張ったな。さあ、落ち着いたら食べると良い。簡素だが味はそれなりだ」


 彼女が落ち着くまで、待つこと数分程度。

 エレナを褒めながら干し肉を手渡すと、瞳を潤わせながら受け取って食べ始める。


「美味しい。美味しいよぉ……」

「それは良かった。頑張って作った甲斐がある」


 エレナは鼻を啜り、再び涙を流しながら肉を無我夢中で食べていく。

 きっとこの涙は、この嗚咽は美味しさで流しているものではない。

 ……出会った際の身なりでわかっていたが、相当に無茶をしてあの町のギルドまで辿り着いたのだろう。それこそ落ち着いて食事をしてしまえば、貯め込んでいたものが一気に溢れてしまうほどに。


 別に責める気など無い。むしろこれで良い。泣きたいときは泣く、それが心には一番の薬だから。

 

 そうして彼女を眺めながら、俺も向い側へ腰を下ろして干し肉に齧り付く。

 地球での味に近づけるため、日々研究と改良を続けている自家製干し肉。まだまだかつての量産品にすら届かないが、少しずつ近づけている気はする。

 あの町で比較的米に近い、ラッズという穀物の種まで手に入れたのだ。いつかはこの世界に来る前のような料理を自力で賄えたらなと、それが今の俺にとっての目標の一つだ。


 空の色はすっかり黒へと移ろい、鮮やかな純白色の月が夜を彩り始める。

 パチパチと奏でる暖かな火を囲み、ゆとりあるとは言えないながらもしっかりと食を進める俺達。

 やがて少しは気も休まったのか、エレナの口数は次第に増え、世間話が出来るほどまで元気を取り戻してくれた。

 

「それって収納袋ですよね? それも中型、鞄タイプ!!」

「まあな。気になるか?」

「それはもう! 小型でさえ村にはなかったですもん! いやー凄いですね!」

 

 エレナは俺の鞄を羨ましそうに見てくる。

 異世界に来て最も便利だと感じた便利アイテムこと収納袋。小型を自分の稼ぎで買えれば一人前と言われる程度には高価なものだし、あまり小規模の村で見かけるものではないからな。


 ……さて。そろそろ切り出そうか。早く話を聞いて、彼女を休ませないといけないからな。


「改めて依頼内容を教えて欲しい。先ほどは勢いに押され、そのまま出てきてしまったからな」

「……はい。けど聞いても逃げないでくださいよ?」


 藁をも掴む縋るような目つきで、エレナはゆっくりと話し始める。

 

「クラザ……村の猟師の死体が見つかったのは偶然で、村で飼っていた白乳牛ミルギュウが逃げてしまって、ようやく捕まえて連れ戻そうとしたときでした」 


 判明の切っ掛けは、おおよそ七日ほど前のこと。村の外で猟師の死体が発見されたことだった。

 所々に残る肉に羽虫が集る、腐臭漂う人の果て。落ちていた猟銃と服の残骸が、彼が村でも好かれていた猟師その人であることを断言させたらしい。


 辛いことだが、狩りに失敗して自然の猛威に呑み込まれる、それはこの世界ではありふれた悲劇だ。

 けどわからない。どうしてそこで暴食蛇グラトサーの名前が出てくるのだろうか。


「それからなんです。周辺の警戒に出た人達が戻らなくなってしまったのは」


 エレナの声色が重く沈んでいく。それでも彼女はゆっくりと話していく。


 その日以降、次々と出てしまう行方不明者。

 流石に何かがおかしいと、三人を超えた辺りで村中に不安と緊張が包まれていたという。


 ──だが、それに気付くのはあまりに遅すぎた。最早手遅れだったのだ。

 

「暴食の蛇。嗚呼、この村は終わりじゃ……!」


 村に残った男衆が、細心の注意を払って外へ出たときに持ち帰った人よりも大きな鱗と白い皮の一部。

 それを目にした村長が、命綱である杖を手から零してしまうほど狼狽しながら恐怖に怯えたのだ。

 

 既に自分たちは、狡猾で残忍な蜷局とぐろを撒かれた餌のようだと。

 もうその姿を見せない怪物から逃れる術はなく。

 日に日に近づく死への恐怖に怯えるしかなかったのであろうエレナは、まるでその最中を思い出したように表情を歪ませた。

 

「なるほど。確かに暴食蛇グラトサーだ。だが尚更腑に落ちないな」

「な、何がです……?」

「君はどうやって逃げてきた? 仮に本物の暴食蛇グラトサーだとすれば、お前は村を出ることすら叶わなかったはずだ。あれは獲物を弄ぶが、決して逃がしはしないからな」

 暴食蛇グラトサー。またの名を丸呑み蛇。      

 その名の通り、何でもかんでも丸呑みで食すことが特徴である雑食の蛇。幼体ですら人を一口に納めるのは簡単だと恐れられる危険種だ。

 

 村自体を獲物に定めたのなら、間違いなく規模はその時よりも上。大型中の大型のはず。

 仮にその個体が幼体であったとしても、このでは単体で逃げ果せるはずがない。奴らの獲物に対する執念は、最早ストーカーレベルだと聞いたからな。


 ……いや、一つだけなくはない。残酷且つ博打だが、一人くらいなら生かせるかもしれない手が。

 

「村の皆が囮になるって、その間に助けを呼んでこいって! だから……だからっ!!」


 焦燥のまま立ち上がり、悲痛な声で訴えてくるエレナ。

 ……やっぱりか。ったく、嫌な想像ほどつくづくよく当たっちまう。忌々しいことにな。

 

 それにしても、事態は殊の外大事らしい。いや、俺の見立てが甘かったか。

 鱗で人を凌ぐのであれば、恐らく相応に大きな個体のはず。それこそ一村だけの問題にあらず、腕利きの冒険者や討伐者ハンター、或いは騎士団が必要かもしれないほどの規模。……厄介だ。


「あいつが顔を出して……!! 私だけが村から離れて……!! どうして、どうして私なんですかっ……!!」

「……落ち着いてくれ。獣が来てしまう」


 感情のままに膨れあがるエレナの叫び。

 その慟哭が気配殺しを突き抜け、飢えた獣たちを招いてしまう前に彼女を窘める。

 俺は年頃の少女を諭す言葉など知らない。もしも俺の脳辞書に載っているのなら、もう少し人に好かれていてもいいはずだからだ。


 だから正直に言う。下手な飾りなど使うより、純然たる事実こそが一番の誠実であると願って。

 

「君が村を発ったのは二日前だったな? ならばあと一日、次の夕刻までは村を呑まれることはないはずだ」

「何で分かるんですか。なんでそんな、適当なこと言えるんですか……!!」

「奴らの習性だ。姿を見せてから三日の間、自らの存在を示しながらほくそ笑む。自らの存在を周囲へ誇示し、獲物が憔悴する様を愉しむようにな」


 口にして改めて思う。実にたちが悪く、それでいて侮れない知性を持つ生き物だ。

 

 二年前に相対したときもそうだった。あのときはその個体の好んだ銀魔石シルバーマストの塊を当時組んでいた森魔族エルフが幻覚で作って誘き寄せ、その後で袋叩きにしたんだったか。

 

 今回は真っ正面からいかなくてはならない。生物を騙せるレベルの幻術など俺には到底行使出来ないからな。

 さてどうしようか。倒すだけならともかく、村を巻き込まずに戦闘できるものなのだろうか。

 暴食蛇グラトサーの注目を村から俺へと移し、上手く誘導してから倒す。これが最適解なのだが、問題はそこまでに至る過程の方だな。


 横に置いた剣へ目を向ける。決して業物ではないが、ここ数年ですっかり手に馴染んだ我が相棒。

 もしかしたらこいつでは歯が立たないかもしれない。……倍委によっては、を抜かなければいけないかもな。


「大丈夫。そいつは俺が必ず狩ってみせる。だから俺を、君が雇った冒険者を信じてくれないか?」

 

 少しでも落ち着いてもらえるよう、精一杯の芯のある宣言をエレナへと投げかけながら、最後の一枚である干し肉を渡す。

 生憎俺の会話スキルは零に近く、その上こんな仮面を付けた可笑しなやつが何を言おうと意味はないかもしれない。けれど今は少しでも腹を満たし、少しでも不安を和らげられれば万々歳だ。

 

 ……しかしまあ、我ながらよくもここまで安っぽい言葉を宣えるものだ。たった数時間の付き合いしかない不審者の言葉なぞ、欠片の安心も抱けないだろうに。


「……ありがとうございます。ウォントさん」

「ああ」


 それでも頷いてくれたエレナ。だがその言葉を最後に会話が途切れてしまう。

 やばい、こっからどう場を繋ごう。基本孤独ソロで依頼を熟しているから、業務的な話以外はまったく切り出し方がわからない。

 昔はもう少し会話出来た気がするんだけどな。あいつらに矛先を向けられる前は。

 

「……そういえば、どうして仮面なんて付けてるんです?」


 苦し紛れにとりあえず薪を足していると、唐突にエレナが質問してきてくれる。

 まあちょっと冷静になれば気になるよな。食べてるときですら外さない仮面なんて。


「これか。象徴シンボル……じゃ駄目か?」

「別に良いですよ。気にはなりますが、別に詮索できる仲でもないですしね」


 シビアというか、しっかり一線を弁えているというか。

 ともあれ、選択を間違えたと思ったときにはもう手遅れ。わざわ設けてくださった会話がそこで綺麗に終わってしまった。

 失敗したぁ。なんでこうも絶望的に会話できなくなったのかなぁ。……うーん、よしっ。


「……顔を隠すためだ。晒すと周りに迷惑が掛かる」


 言っちゃった。別に言わなくてもいいだろうに、つい勢いだけで言っちゃったぞ。

 

「迷惑ってなんです? 見たら殺される何かとか? それとも顔一つで万物を魅了できたり?」

「……いや、そんな大層なものじゃないよ。ただ醜いだけだ」

「ええ……」


 呆れはもっともだ。逆の立場なら、俺も困惑を顔に貼り付けていると思うしね。

 けど顔で万物を魅了できるって何だよ? 神か精霊の祝福か、或いは呪いじゃないか。

 

 ああでも、ちょっと前に風の噂で聞いた太陽の勇者サンブレイブ。彼は絶世の美男子らしく、羨むほどの美女を囲っているとかそんな感じらしい。欠陥品と違って本物の勇者は凄いよな。

 しかし、やっぱり良いなあイケメンは。俺もそこまで自信はなかったけど、人に野次られるほど不細工ではないと思ってたんだけどなぁ。


 ……はあっ、自爆して落ち込んできた。自虐って意外とダメージ来るんだよね。

 まあでも、この娘の気を少しでも紛らわせるなら良しとしよう。そう思わなきゃやってられないね。


「ここだけの秘密にしてほしいんだけど、誰も知らない仮面の剣士マスカレイドの素顔。それは超美丈夫とか顔に呪詛でも刻まれてるとか、果てはどこかの王子なんて噂もあったりするけど実際は違う。生まれ育った場所でも追い出された場所でも醜いと罵られた結果、恐怖から人に顔を晒せなくなった弱虫。それだけなんだ」


 一度日焚いてしまった口からは、それはもう情けない弱音のオンパレードが飛び出し続けてしまう。

 わかっている。今日始めて会った男にこんなこと聞かされても、ただ迷惑なだけなことなど。

 そうは理解していても、一度回り出した口は止まることはない。むしろ言ってしまったのなら全部ぶちまけてやれと、ただただ鬱憤を晴らすかのように口走ってしまっていた。


「……あっ、ごめ、んんっ! すまない。少しばかり暴走してしまった」

「え、あ、はい。それは良いんですけど……ますかれいど? えっ、もしかしてウォントさん。まさか通り名持ちネームホルダーだったんですか!?」


 必死に取り繕うとした俺に向けられたのは、思ってもいなかった驚愕であった。

 

「ま、まあ一応な。俺の場合、特徴が強かっただけな気もするけど」

「そんなことないですよ! 冒険者にとって、通り名を授けられることは誉れじゃないですか!」

 

 それはもう凄い熱量で、こちらへ顔を近づけてくるエレナ。

 確かに通り名持ちネームホルダーは中々いない。勝手に名乗るならともかく、ギルドによって正式に定められた冒険者を見る機会など、辺境の村ではほとんどないだろう。

 でも危ないよ。火があるんだよ。少しは気を紛らわせられたなら良かったけど、それでも前を見なくて良いわけじゃないんだよ。


「どんな冒険したんですか? どんな怪物と戦ったんですか? 教えてくださいよ!」

「……はあっ、わかった。ただし明日に備えるから少しだけだぞ」

「はいっ!」


 まるで読み聞かせを待つ子供のようだと、楽しそうなエレナへ少しばかり頬が緩んでしまう。

 ま、落ちるまでの寝物語になれば良いか。俺としても退屈を凌げるし

 ……ふふっ、やっぱり子供の笑顔は笑ってないとな。性や容姿で比べるのはあれだけど、可愛いなら尚更ね。

  

「じゃあそうだな。あれは俺が黄昏の琥珀トワインバーって宝石を求めていた頃のことなんだが──」


 先ほどまでの静寂などなかったように、昔経験した冒険の話をかいつまんで話し始める。

 

 耳を傾けられ、時に驚愕を露わにされながら、それでも夜は更けていく。

 結局一つ話す途中で、エレナは限界が来たらしく沈没してしまった。……ちょっと残念だ。

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