第30話 あやしい帳簿
乱暴に扱われたせいかあちこちが痛んだが、どこか骨が折れたり、致命傷的な怪我を負ったりはしていないようだ。しかも、錠をかけた堅牢な
起き上がった紅月は、まずは
そしてやはり、
ガチャガチャと音を立て、何度か押したり引いたりしてみたが、もちろんのこと、簡単には外れるわけもなかった。錠も、鎖も、びくともしない。
力尽くで戸を開けて脱出するのは、どうも、不可能そうだ。
ならば、と、紅月は今度は庫の奥を振り返った。
ここから逃げ出すことは出来そうもない。けれども、おとなしく膝を抱えていても仕方がない。それならば、圭嘉の目がなくなったのを幸いと、いまここで自分に出来ることをしようと思った。
「帳簿が、あるかも……」
紅月はつぶやくと、庫の奥の
名家の庫だから、それなりの広さはある。とはいえ、ひと目で見渡せないほどではなかった。
ここへ押し込められるその瞬間に、紅月は、庫の奥に、
高家ほどの家なら、家財等を管理するための帳簿はあって
表に出せない不正な収支ばかりを記録した、
わずかでも
うまくけば、朗輝が密命されているという、
書架に近付いた紅月は、そこから冊子を抜き取っては、数葉を手早く
それらを抱えて床に下ろすと、今度は、いつも
幸い、奥の壁には天窓が切られており、そこから月明かりが射している。そして、今宵は明るい満月夜だ。
紅月は床に這いつくばるようにして、帳簿と首っ引きになりつつ、次々に赤と黒の算木を動かしはじめた。一葉、また一葉と、冊子を
「あった……」
やがて、紅月はちいさく声をあげた。
計算が合わないところがある。念のため算木を置き直して最初から術法をやり直しても、やはり、数がずれていた。
それを確かめて、紅月は細長い帳簿冊子を
後はこの冊子をどうやって外へ出すかである。
紅月は明かり取りのための天窓を見上げた。
あるいは、冊子だけならば外へ落とせなくもないだろうが、無造作に落としておいて、高家の使用人にでも拾われたのでは意味がない。確実に朗輝の手に渡すためには、どうすればよいだろうか。
まるで方法を思いつかない。
そうこうするうちに宴が終われば、圭嘉が再びここへ戻ってきてしまうかもしれなかった。じりじり、と、
紅月は自分を落ち着けようと、いつものように、算盤と算木に手を伸ばした。それにふれて、深呼吸をする。
「そう、だ……父上」
英俊は紅月が高府へと出掛けたことを知っている。宴が終わり朗輝が出てくるのを待つ、と、そう言い置いてきていたから、すぐさま異変には気付くまいが、それでも、夜更けを過ぎても紅月が帰宅しなければ、あるいは、不審に思った英俊が
そう思った瞬間、紅月は架台に足をかけた。
慎重に上り、天窓に手をかける。
もしも英俊がこれを見つけてくれたなら、紅月がこの
父が来てくれるのが早いか、それとも、圭嘉が紅月を責め立てにやってくるのが早いか。
もはや紅月に出来ることは、月仙女の加護を祈ることだけだった。
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