第28話 目撃した密談
もう日は西の地平へと沈んでいて、東の空はすっかり藍色だ。夜の
日暮れを迎えた皇都・
蘇家から高家へと向かう道筋は、紅月への心尽くしの
そして結局、紅月は朗輝に追いつけぬまま、かつての許婚・高圭嘉も暮らすはずの、高府へと辿りついてしまっていた。
やはり、朗輝はもう高府の門の中へ入ってしまった後だということだろう。
だが、はじめから、路の途上で追いつけるとも期待してはいなかった。父にも言ったとおり、朗輝が帰途につこうとして高府から出てくるのを、
今頃、高府の中では、
朗輝はどんな表情で宴の席に着いているのだろうか。皇太孫ならば、間違いなく、今夜の宴では主賓扱いだろう。
あるいは、朗輝の隣には、成人したばかりの高家の末の令嬢・
考えるだけで、ちくん、と、胸が痛む。
紅月にかけたような甘い言葉の数々を今度は鈴麗にかけてやれだなどと、過日は、よくもそんな
書状を手渡した際には、朗輝は高家を訪うことにあまり乗り気ではないふうだった。それでも結局、宴に参加することにしたのは、皇帝からの命だったのか、それとも朗輝自身の判断だったのだろうか。
それは紅月には
「殿下……」
東の空の低い位置にあった月が、やや、南天に近付くように高くなってきている。秋も深まり、日が落ちて時間が経つと、空気はずいぶんと冷たかった。
紅月が無意識に、きゅ、と、己の身体を抱き込んだ、そのときだ。
ふいに、高府の門扉がゆっくりと開いた。紅月ははっと息を呑む。
まだ
宴席を中座した朗輝かもしれない、と、期待ですこしだけ鼓動が早くなる。
けれどもすぐに、紅月は
出てきたのは朗輝ではない。
気付いた瞬間、紅月は思わず物陰に身を隠している。そこから、そ、と、圭嘉のほうを
幸いにして、相手はこの場に紅月がいることに気がついていないようだった。しかし、警戒でもするかのように辺りをきょろきょろと見まわすと、何やら、合図を送る。
すると、どこからともなく
いかにもあやしげな雰囲気だ。なにか
けれどもその刹那、不意に後ろから伸びた太い腕に身体を
目の前の密談が気になって、
「んっ、うーっ」
その表情が、みるみる怒りに険しくなる。圭嘉と話していた商人は、気まずそうに顔を伏せると、逃げるようにしてその場から立ち去っていった。
「
紅月を掴まえている男が、圭嘉のもとへと紅月を連れていく。口を覆われ、喋れないながらも、紅月は圭嘉をきつく睨んだ。身を
「紅月……おまえか」
圭嘉が冷たく言った。
「連れていけ。何か見ているかもしれないからな。後で
そう言って、男に向かって顎をしゃくる。男はひとつ頷くと、
それに圭嘉もついてくる。
紅月は
「圭嘉さま、なにを……!」
床に這いながら、庫の入り口のところに仁王立つ圭嘉を
「お前はもう行け」
紅月を捕えた下男にそう目配せをし、去って行くその背を見送ってから、つかつかと紅月のほうへ歩み寄った。手を伸ばし、こちらの髪を乱暴に掴みあげる。
「っ、ぅ」
紅月が痛みに表情を歪めるのも気にせず己の間近まで顔を上げさせて、何をとはこちらの文句だ、と、
「おまえこそ、あそこで何をしていた」
「わたし、は……」
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