第27話 月相櫛にこめられた思い
そして、先程見た
十歳も年上で生意気な口をきく不吉な人間だ、と、彼は言った。だが、そんなこと、
ならば、むしろ
それは、自分の中の恐怖に負けて、無闇と朗輝を
紅月泣きながらは、己自身の弱さに打ちのめされて、眉根を寄せてくちびるを噛む。
あやまりたい、と、ふいに思った。
一方的に逃げ出すようなことをしたことを、無性に、朗輝に詫びたくなっていた。
ふと胸ふたがれる心地がして、紅月は朗輝が返してくれた
すると、なにか、
「な、に……?」
丁寧に折り畳まれた手巾の中に、何か別のものが包まれているようだ。紅月は手巾をひらいた――……中から出てきたのは、
それは白木で出来た見事なもので、三日月から、上弦の
「これ、は……」
紅月は櫛を手に取り、呆然とそれを眺めた。それまで黙って紅月の様子を見守っていた父の
「
「月相、櫛……?」
「皇族男子が求婚の際に相手に贈る、伝統の道具だ」
続いた英俊の言葉に、え、と、紅月は目を
儀式典礼を
だが、いま英俊は、求婚と言っただろうか。
「殿下が、わたし、に……?」
「いや……いや。正式の求婚には、皇帝陛下の許可が要る。陛下からの聖旨を
つまり、皇帝からの勅使を経ずして朗輝が自らが届けたこれは、礼法に
「とはいえ……しかしな」
ぶつぶつと呟く英俊も、いったいこれをどう理解していいのか、迷うふうだった。
けれども、と、紅月は思う。
たしかに、手続きを踏んだ、正式のものではない。それは、わかっている。けれども、と、両のてのひらで櫛をたいせつに包み込むようにしてから、紅月はそれを胸に押し当てた。
「……それでも、太孫殿下はこれで……お前へのお気持ちを、お示しになりたかったのかもしれない」
紅月の想いを代弁したのは、傍らの英俊だった。
「ありがたいことではないか」
父は俯いて黙り込んでいる紅月の頭をそっと撫でた。紅月は胸に戴いた櫛をますます
息が詰まる。
苦しい。言葉が出てこない。
かわりにまた、ほろ、と、涙がこぼれた。申し訳なさからだ。
紅月との結婚を、朗輝は本気で考えてくれていたのかもしれない。それなのに紅月は、自分が傷付きたくないがために、朗輝を信じようとしなかった。
彼の言葉を、態度を、真っ直ぐな眼差しを、やさしい微笑みを、あたたかな手を、自分で勝手に、つくられたものだなどとと思ってしまった。疑ってしまった。信じなかった。
なんて、ずるいのだろう。朗輝は最初から紅月を受けとめようとしてくれていたのに、相手と
「殿下……朗輝さま」
謝りたい。とにかく、詫びたい。
朗輝が真っ直ぐに謝罪を伝えてくれたように、紅月もまた、彼に会って、真正面から自分の言葉で伝えたかった。
間に合うだろうか。
いまならばまだ、かろうじて、彼との縁はつながっているだろうか。
会いたい。
いますぐ会って、話をしたい。
朗輝がどう思おうと構わない。たとえ怒らせるとしても、たとえ嫌われるとしても、それでも、隠そうとしていたことをぜんぶ
紅月は立ち上がった。
父が怪訝な顔をする。
「殿下に……お会いして参ります」
紅月は英俊にそう言った。英俊は目を瞠る。
「しかし、紅月。殿下は乗騎であられたし、もう」
もう
それでなくとも、高家の宴席へ赴く途中の朗輝が蘇家に立ち寄ってから、随分と時が立ってしまっていた。追いつけない公算のほうが高い。理解はしていたが、それでも、もう居ても立ってもいられなかった。
いま行かなければ、きっと、ずっと後悔する。
紅月は朗輝が贈ってくれた櫛をきゅっと握り、ひとつ、息を吐く。
「宴席は、どれだけ長くとも、深更にまでは及ばないでしょうから……殿下がもし、もう高家に入られた後だったら、門前で、お待ちしようと思います」
高家から朗輝が出てくるのを待つつもりだ、と、そう告げて、櫛を懐へ大事に仕舞うと、紅月は
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