第26話 朗輝からの書信
そして目にした筺の中味に、ふいに、泣き笑うように眉を寄せていた。
「殿下は、ほんとうに……おやさしい」
二段になっている筺の、その上段には、以前贈ってくれたのと同じような、とりどりの華を
紅月は菓子をひとつ持ち上げる。そのまま口許へ運ぶと、ひとくち、食べてみた。小麦を
「……おいしい」
ふわ、と、自然に頬がほころぶ。
それと同時に、なぜか、涙がこぼれてきそうだった。
紅月はそれを
そこには、きれいに折り畳まれた
「あのときの、手巾……」
紅月は独り
その手巾は、一緒に湊へ出かけた日、
「わざわざ、お返しくださったのですね」
それとも彼は、もうなんの後腐れがないよう、これをきっぱりとした手切れのしるしのつもりで送りつけてきたのだろうか。そうかもしれない、と、まだ自嘲が浮かぶのを止められないままで、紅月は朗輝からの
ほのかな紅色の薄様紙から、
紅月は意を決して、きちんと折り畳まれた薄様をはらりと
――先日は申し訳なかった。
最初は堅い文面での詫びの言葉だ。
――刹那の腹立ちから働いた己の
朗輝はそう
そこから文面は更に、預かったままになっていた手巾を返す旨について触れていた。
波紋や格子紋、様々なかたちの組み合わせがうつくしい、と、朗輝は紅月の施した刺繍の図案を
――不快だなんて思わない。
ふいに、朗輝が先日、馬車の中で言ってくれた言葉が耳によみがえってきた。
紅月が
――自分を押さえないでいい。あなたを開いて、あなたはあなたらしくいればいい。僕はあなたを否定しない。
次々と耳の奥にこだまする言葉に、ああ、と、紅月は
朗輝は皇帝の密命を帯びているという。
紅月に近づいたのは、かつて
けれども、ほんとうに、それだけだっただろうか。
朗輝のあの真っ直ぐな眼差しが、あの言葉が、そのうちに秘めていた誠実さ、真摯さは、すべて嘘偽りだったろうか――……そんな、わけがない。
否、紅月はなお、朗輝が自分に近づいた目的だって、ほんとうははっきり確かめてはいないのだ。すべては紅月の勝手な推測、憶測に過ぎなかった。
それにもかかわらず、そんな曖昧で不確かなものをもとにして、一方的に、朗輝を信じられなくなっていた。
――どうして、わたしだったのですか。
――ひみつ。
――どうして、わたしなんかを。
――教えてあげない。なんか、なんて言っているうちは。
朗輝が見せた、年相応の少年らしい
「殿下、あなたは……」
紅月は呟いた。知らず、ほろ、と、頬を涙が伝っていた。
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