第22話 ふたりに垂れ込める暗雲
カン、カン、と、わずかに
兵卒が打ち合う中に、武術の
その姿を、皇宮に仕える年若い女官たちが、やや離れたところから密かに覗き見て、なにやら
少女たちにとって、
そんな人が一時でも自分と見合いの席についてくれた。わずかばかり極上の夢を見させてもらったということだ、それだけでも身に余る幸いだったと思っておかなければ、と、
いま、紅月もまた、訓練の行われている場所からすこし距離のある位置から、剣の練習に励む朗輝の姿を見詰めていた。
今朝の朝議の折に、父・
その際に、朗輝はいまは朝堂院で近衛の若者たちと剣の訓練中のはずだと教えられ、ここまでやってきたのだ。お訪ねしても大丈夫なように手筈は整えてある、と、英俊からはそうも言われていた。
果たして、朝堂院に朗輝はいた。
が、ちょうど
このまま気づかずに立ち去ってくれたならば、と、手に持った書状に視線を落としながら、そんなことを思う。自分で決めて
紅月が、そ、と、溜め息を漏らした刹那だ。
カァン、と、ひとつ大きな音が響いて目を上げると、ちょうど、朗輝の持つ剣が相手に
鍛え上げた近衛の士卒に対し、まだまだ身体が伸びきる途上にある朗輝は、やはりどうしたって細い。
石畳の地面に転がった己の剣を取りに行く顔が、どこか
朗輝が兵卒たちと言葉を交わしながら笑い合うのが聞こえている。その
そのとき、ふと、朗輝の顔がこちらを向いた。
「紅月どの!」
彼は嬉しそうな声で呼ぶと、なんの
「
「堅苦しい礼なんていいよ。それより、いまの見てたの?
ちら、と、くちびるを尖らせてみせるけれども、すぐにまた、彼は明るい笑顔に戻った。
「
はにかむような表情を見せる相手に、紅月はすこしだけ
朗輝がこんなふうに言ってくれるのは、紅月の気を引こうとしての、すべては演技なのだ。
いまも、ということは、まだ彼は、
そんなふうに考えると、昨日までは鼓動を高鳴らせていた相手の甘やかな
一迅の風が、さぁあぁん、と、石畳を吹き渡っていく。
朗輝の髪が揺れ、紅月のそれも風に
「紅月どの……?」
かすかにうつむいたままで答えない紅月を
自分でも
けれどもそれで、相手はますますこちらの態度を不審に思ったようだった。
「どうか、した?」
眉を
「これ、を……殿下に、お届けに」
紅月は意を決して、預かった書状を朗輝に手渡した。
朗輝は一瞬、ぱちくりと目を
怪訝そうに紅月が差し出した
その途端、相手の表情が、みるみる
「なに、これ……?」
寄せられた眉根には、明らかに不快が
「なぜあなたが高家から僕への書状を預かってくるんだ」
低い声は、どこか詰問の響きを帯びている。紅月を真っ直ぐに見上げる朗輝の黒い
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます