第16話 四隻の租税船
馬車は
一瞬
「ありがとうございます」
礼を言うと、相手は目を
「さて、と」
地面に降り立つと、朗輝は船着き場のほうへと視線をやった。紅月も湊をぐるりと見回してみた。
ここ、
「やはり……四隻あるね」
やがて、ぼそり、と、隣に立つ朗輝が小声で
けれどもそう言ったきり、彼はしばらく黙したまま、難しい顔つきで並ぶ船を見
「
紅月が
「あそこに並んでいるあの船……あれって、一般的に穀類の運搬に使われるものだよね?」
「はい」
「さっき、一隻に積める荷は、およそ三万
「はい」
紅月は頷いた。
「じゃあやっぱり、一隻分、数が合わないわけだ。――
独り言のように言って、朗輝は嘆息した。
戸部とは、
すなわち、戸部は国の財政と地方行政とを一手に取り仕切っていると言って良かった。
尚書省のもとで実務を
だからこそ紅月は、朗輝の先程の発言に対し、
「どうか……慎重になさってください、殿下」
差し出口とは思いつつ、そう言う。
戸部が揺らぐことは、すなわち、国政の足もとが危うくなるということであった。たとえ不正の疑いがあったとしても、軽々に手を出せば、
もしも不正に関わっているのが
それに、と、紅月は思う。
実際に戸部の誰かが悪事に手を染めているのだとしたら、それを暴こうとする者の身には、それなりの危険があるのではないだろうか。朗輝は皇太孫という尊い身分であり、だからもちろん、簡単に手を出せるような相手でない。それでも、
「たいせつな
自分が言い出したことをきっかけに朗輝に何かあっては、と、紅月が
「わかってる。もちろん気をつけるよ。でも……あなたが僕を心配してくれるなんて、うれしい」
最後に、とろ、と、目を細めて見せて、紅月はまた居た
「っ、わたしは冗談で言っているのではありません……!」
からかわないでください、と、すこしだけ頬を
妙に大人びた表情を見せることもあれば、年相応の少年らしい顔をすることもある。そのふたつの間で朗輝の印象は揺れ動き、それと一緒に、紅月の心もまた、いま、ゆらゆらと揺るがされてしまっているようだった。
「あの……もうすこし、近くまで行ってみますか? 必要なら、わたしが
ままならない自分の感情を
「どうしようかな……いや、危ないし、もともとあなたひとりを行かせるつもりはないんだけど」
言い
何かに気付いたらしい朗輝がはっと息を呑み、かと思ううちに、素早く伸びてきた腕が紅月を囲い込んだ。
「……え?」
「で、殿下っ」
紅月は慌てて声を上げた。
朗輝が庇ってくれたので紅月はなんともなかったが、朗輝のほうは、
「へいき」
彼は笑ったが、紅月のことを抱き込んだがためにそうなったのは明らかで、気にするなというほうが無理な相談だった。
紅月は急いで
「ありがとう。――でも、せっかくきれいな
やがて紅月がひととおり朗輝の顔を拭き終わったところで、朗輝は手巾を持つ紅月の手をそっと掴んだ。すこしだけ申し訳なさそうな表情をする相手が、紅月の手から手巾を取り上げる。
「洗って返すから。ごめんね」
そう言って、それを己の懐へと仕舞い込んだ。黒い
「こちらこそ、申し訳ありませんでした。庇っていただいてありがとうございます」
「ううん。あなたが汚れなくて、よかったよ」
朗輝はそう言いつつ、ごく自然に、さら、と、紅月の髪を
その
鼓動が、早い。
全身を巡りゆく
胸の
そう思った紅月が視線を落としたそのとき、ふと、人の気配がした。
「――申し訳ない。大丈夫でしたか」
声に引かれて、そちらを見れば、停車した
相手は濃い緑色の上等の生地に、豪華な
けれど、その姿を見た途端、紅月の喉からは、ひゅっ、と、おかしな
さっと顔を伏せる。
だが、その行動もむなしく、相手はこちらに気がついたようだった。
「なんだ……おまえ、紅月か?」
青年は無造作に紅月の
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