第15話 皇太孫のいじわる
「人を傷つけるようなことなら、そりゃあ、言わないほうがいいだろうけどね」
驚いて目をぱちぱちさせる
それから、すぅっと目を
「でもさ、さっきあなたが僕にしてくれた説明みたいなのは、なんで言っちゃ駄目なの? だって、役に立つことでしょう? だったら、自分を押さえないでいい。あなたを開いて、あなたはあなたらしくいればいいよ。――僕はあなたを否定しないから」
「でも、その……
「なに、それ? 大人の
「そ、そんなことは、申しておりません!」
むしろ、と、紅月は思う。
いまの朗輝の言葉は、紅月にとっては、とてもうれしいものだった。まるで自分が無条件に認めてもらえたような、そんな満たされたきもちを感じさせるものだったのだ。
いままで誰も、そんなふうには言ってくれなかった。
それなのに、
「そんなつもりで、言ったのでは……ありません」
紅月が重ねて否定すると、朗輝はやがて、そ、と、息をそいた。
「ごめん。変にむきになった。――なんていうか……ちょっと、
「焦る?」
朗輝の言葉を
二十五歳にもなって
が、対する相手は、ふと、自嘲するような苦笑いをくちびるに
「だってさ、年齢は追いつけないから。あなたは大人の女の人で、僕は成人したばかりのひよっこで。陛下だって、僕をまだ半人前扱いだし、きっとあなたにとっても、頼りなくて、ぜんぜん眼中にない相手なんだろうなぁって、そう思うと……焦るんだ。すごく」
「殿下……?」
「あのね。僕はずっと、はやく大人になりたくて、じりじりしてたんだ。で、ようやく成人して、実際にあなたに逢うことができて……そしたら、もっともっと、あなたにふさわしくなりたいって、ならなきゃって、思うようになった。――いま、すごく、あせってるよ」
言われて紅月は目を
身の丈に合わない、ふさわしくない、と、それは紅月のほうこそ思うべきことではないのか。
朗輝の身分、年頃であれば、縁談の相手は、それこそ掃いて捨てるほどいるはずだ。わざわざ紅月でなくともいいはずなのに、どうして、朗輝のほうがそんなことを言うのだろう。
わけがわからなくて言葉を失っていると、相手は、き、と、強い視線を紅月に向けた。
「――言っておいて、いい?」
「え?」
「あのね。僕はたしかに年下だけど。でも、だからこそ、物わかりのいい大人の恋なんて、僕にはまだ、無理だから」
「こ、い……?」
朗輝の中でどういう
けれどもこちらの戸惑いなど知らぬ振りで、朗輝が、ぐい、と、紅月に迫る。
揺れて不安定な
吐息の混ざるような距離に、朗輝の端正に整った顔がある。
紅月は思わず、ぎゅっと目を
更に相手の顔が近づく気配がして、耳許に、
「あなたを、僕は、手に入れるよ……全力で」
朗輝は紅月の
その
「好きな人がしあわせならそれを見守るだけでいいなんて思えるほど、僕はまだ、大人じゃないから……紅月どの」
相手の親指がこちらのくちびるをなぞる。
見なければ良かった――……だって、こんな熱に絡められては、動けなくなってしまう。
無意識に、また目を瞑ってしまっていた。今度は朗輝の熱い吐息を頬に感じて、心臓が破裂しそうにうるさくなった。
「……ど、うして……わたしなんか、を」
かろうじて、それだけを問う。
「だめ。ひみつだよ。――わたしなんか、なんていう人には、教えてあげない」
朗輝はわずかに
紅月はふるえる。きっといま、自分は耳殻まで真っ赤なのにちがいない。
「……殿下、は……意地悪です」
再び瞼を持ち上げた。相手のきれいな顔が、ほんの目の前だ。
けれども、熱に
それがさらに気恥ずかしさを呼び込んで、紅月はきゅっと眉根を寄せつつ、ちいさく朗輝を
だからなのか、朗輝は、ふ、と、わらった。
「意地悪、か。――でも、それはね、僕があなたを好きだからだよ。ね、紅月どの。意地悪ついでに、もうひとつ、ひどいことを言っても良い?」
「殿、下……?」
「僕はね、あなたがいままで結婚せずにいてくれたことを、幸運だったって思ってしまうんだ」
「え……?」
「ごめんね。ひどいよね。でももし、あなたが人妻……たとえば、
朗輝は目を細めた。かすかに
あ、と、声を出したきり、紅月は継ぐべき言葉を探し
どうしよう、と、おもう。
自分の何が彼にここまで言わせるのか、まるでわからないながらも、それでも、そんなふうに求められるのを――……うれしい、と、おもってしまう。
でも、朗輝だって、いつ心変わりするかもしれない。かつて
そして、それでなくとも、朗輝は知らないのだ――……紅月の、〈紅月〉という
かたん、と、馬車が揺れて止まった。
その瞬間、はっとした紅月は、残った
「……着いた、みたいだね」
わずかに
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