第14話 いやな記憶
馬車の車輪がごろごろ音を立てて回るのにあわせて、相変わらず、
だから時折、
が、その間、朗輝は黙ったままで、じっと車駕の床を見詰めている。何かを考え込むふうだった。
「――あのさ……どうかした?」
やがて、ふと顔を上げると、相手は言った。
「え?」
何を問われたのかがわからなくて、紅月は目を
「何があったの?」
あらためてこちらへ顔を向けた相手に重ねて訊ねられたが、紅月にはやっぱり、朗輝の質問の意図がわからなかった。
「どういう、ことですか?」
おずおずと問いを返すと、相手は眉を下げて、わずかに苦笑するような表情を見せた。
「ごめん、急に。なんていうか……この前も思ったけど、いまのあなたが、なにか、我慢してるというか、押さえてるというか、そんな感じがしてしまったものだから」
そう言ってから、僕の勘違いならいいんだけど、と、朗輝は肩をすくめた。
「僕が初めて見たときのあなたは、もっと、こう……うまくいえないんだけど、堂々としてたっていうか、自由っていうのかな、自分自身を
最後の問いは、困ったような、それでいてどこかかなしげな響きを帯びていた。
思いもかけぬ相手の言葉に、紅月は息を呑んだ。
「ち、ちがいます!」
そんなことはない、と、即座に
「殿下のせいでは、ありません……それは、ちがいます」
「そっか」
朗輝はほっと息を漏らしたけれども、すぐに憂わしげな視線を再び紅月に向けた。
「でもやっぱり、いまのあなたが、あなた自身を押さえ込んでいるっていうのは……あたってた?」
投げられた問いに、今度、紅月は黙り込んだ。
たしかに、そうなのかもしれない、と、思う。
けれども、会うのがまだたったの二度目でしかない朗輝にそうとわかってしまうほどに、紅月の振る舞いは不自然なのだろうか。
そんなことを思いながら眉根を寄せ、今日も密かに忍ばせている
紅月は算術が好きだ。
けれども、いつの頃からか、それを人前では隠さねばならないと思うようになっていた。
我が
だから、心の赴くまま、
けれども――……以前の自分は、こうではなかったのだろうか。
そうだったかもしれない。思い出せない。
そのかわりに思い出したのは、かつての
――我が
――おまえとの婚約は白紙だ。私はおまえのようなものを
耳の奥に響いた幻の声に、紅月はぎゅっと目を
「……ごめんなさい」
不意に、あたたかなてのひらが頬に触れて、紅月は閉じていた
見ると、間近から、朗輝が心配そうにこちらを覗き込んでいる。
「ごめんなさい。
「あ……へいき、です。ちょっと、昔のことを……許婚のことを、思い出してしまって」
「たしか、高家の……
朗輝が言うのに、紅月は驚きながらも、ちいさくうなずく。相手が、もう十年近くも前の紅月の縁談のことを把握していたのは意外だった。
が、当時それなりに話題にもなっていたことだ。知られていても、おかしくはないのかもしれない。
「わたしが……要らぬことを言ったのが、遠因だったのです。だから、それからは……発言には気をつけようと、思ってはいるのですけれど。なかなか、うまくいきません。おかげで父にも
紅月は強いて冗談めかした笑顔をつくってみせた。
「そんなだから、
紅月が苦笑するように言うと、朗輝は、む、と、くちびるを引き結んだ。
「僕はそうは思わない」
「え?」
朗輝があまりにもきっぱりと言うので、紅月は驚いて目を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます