第13話 賢しらな口をきいても
「
「うん」
朗輝はまだ真剣な視線を紅月に向けたままで、紅月の言葉にひとつうなずいた。
「たしかに……数日前に
「朝議で報告があったと、我が父も申しておりました」
紅月は言う。
「江棟四県からの
「うん」
「今年、三県が出した車はあわせて六千六百七十六。車一台で運べるのは二十五
実際に紅月は、父から聴いた情報をもとに、緯県が今年納めるであろう租賦の量を計算し、更にそれを運搬するために仕立てるだろう船数の見積もりをも行っていた。
「船一台に積めるのはおよそ三万斛。ならば、十分に、三隻に収まります」
たしかに河を往来する船では、やや積み荷を
だが、それを考えに入れ、余裕を持って船を仕立てたとしても、緯県の租税量は四隻にするほどでもないはずだ。
だからこそ紅月は、四隻と聴いて、
「わざわざ荷を分けて、船を多く仕立てる意味はないよね。だって、船数がかさめば、そのぶんだけ、運搬にかかる費用負担が増えるんだから。一隻でも少ないほうがいい」
「
朗輝の言葉に紅月はうなずいた。
紅月の説明を聞き終わるった朗輝は、ふと黙り込み、ちいさく眉を
なにか不興を買っただろうか、と、紅月は俄かにちいさな不安に襲われた。
「お祖父さまが言ってたのは……そういうことか」
けれども続けて朗輝がつぶやいたのは、紅月にはまるで意味のわからない言葉だった。
とはいえ、紅月がそれに対して何らかの疑問を差し挟む余地はなく、朗輝はそのまま、ひとり、思案のうちに沈んでしまう。そのまましばらく、ぶつぶつと独り言をつぶやくように言葉を続けていた。
「もしも、四隻ともが間違いなく江棟から運ばれた租賦の船なのだとしたら、運搬されてきた麦の量は、おそらく十万を下らないってわけか……でも、国庫に納められるのは、八万三千強……だったら、差分は、なんだ? どこへ運ばれる? 規定を越えた税が徴収されて、誰か、
朗輝がふとこぼした言葉に、紅月は息を呑んだ。
それは横領、すなわち、何者かが税の
税制は国の
その税制に関わる問題であれば、それは決して軽い罪では済まない。重罪である。
そのためか、朗輝はまだ難しい顔をしていた。
「――紅月どの」
やがて、ふとこちらを呼んだ声は、わずかに低められたものである。
相手が厳しい表情をしているのを見て取って、紅月ははっとする。そして、その瞬間には、己が口にした一連の言葉を悔いていた。
「す、すみません……! 私、その、差し出口を、申しましたね……」
求められてのことだったとはいえ、つい、
それを、無遠慮にぺらぺらと喋ってしまって、あるいはそれが朗輝を不愉快にさせたかもしれない、と、ここにきて、ようやくそう思い至った。
「……ご不快に、させてしまいましたか?」
朗輝の表情を窺うように言うと、え、と、相手は驚いて声をあげた。
その刹那、それまで
「いや、ぜんぜん。――というか、いまの流れで、僕があなたの何に不快になるっていうの?」
「その……租賦
紅月が恥じ入るようにうつむいてしまうと、しばらくして、朗輝は、ふう、と、大きく溜め息をついた。
馬車の中に響いたその音に、紅月はちいさく肩をふるわせる。
やはり朗輝は呆れているのだろうか、と、相手を恐る恐る見ると、意外にも、彼はくちびるにどこか大人びた
「そんなこと、言わないで」
「え?」
「そんなふうに、自分を
相手の声は、どこか、さびしげな、かなしげな色を帯びていた。
そしてまた朗輝は、ふ、と、ひとつ吐息する。
「あなたは、この前、僕に言ったよね。何かを好きなのに、男も女もないって。それと同じじゃない? 国を
だからちっとも不快に思ったりはしていない、と、朗輝はしずかに繰り返した。
「ね、紅月どの……顔を上げて」
伸びてきたてのひらが、紅月の頬に触れる。
「ちゃんと、僕を見て」
相手は請うように口にしながら、真っ直ぐに紅月を見据えた。
「不快なんかじゃない。あなたが謝る必要も、
だから、と、もう片方の手もこちらへと伸びて、朗輝はやさしく、けれどもやや強引に紅月に顔をあげさせた。
そっと
「あ、の……可愛くない物言いだと……お思いに、ならないのですか?」
「ん? べつに」
「それなら……よかった、です」
ほう、と、息をつく。しどろもどろな言葉は、自分でも、いったい何が言いたいのかわからないものだった。
が、紅月の胸の中は、なんだか、ほんのりとあたたかくなっていた――……これはたぶん、うれしさだ。
自分を認めてくれたような朗輝の言葉が、なんとも、嬉しい。
「……よかった」
もう一度つぶやくと、朗輝もそっと笑った。
ただ、相手は紅月の言葉になにか返してくることはなく、だから会話はそこで途切れた。
紅月の笑顔に安堵したかのように、相手のてのひらが、こちらの頬から離れていく。
そのことを、すこしだけ、
紅月は長い睫の縁どる目を伏せ気味にしたが、それは、己の胸のうちにある何とも甘やかなざわめきを、
しばらく
けれども、その静寂は決して張り詰めたものではなく、なんともむず
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