二章 皇太孫殿下とのおでかけで、元許婚とはちあわせてしまいました。
第11話 二度目の逢瀬は雰囲気度外視にて
それから四日後の朝である。
だが、それよりも澄んで
いま
ただ、そのときと決定的に違うのは、今日は皇太孫である朗輝自身が
とはいえ、騎馬で付き従う
到着した馬車を、
車中から姿を見せた朗輝は、紅月の姿を視線にとめた瞬間、ふ、と、うれしそうに目を細めて笑った。軽やかに馬車から地面へと降り立つと、紅月の正面に立って、こちらを見上げる。
「おはようございます、紅月どの。雨、上がってよかったね」
そう言いながら、わずかに天のほうへと視線をやった。
「綺麗な青空だ。――でも、あなたのほうが綺麗かな」
にこりと笑いながら、さらりと付け足された言葉に、紅月は面食らった。
この少年は何を言っているのだろう、と、一瞬ぽかんとして目を
「あ、ありがとう、ございます」
言われ慣れない
いったい朗輝は、いまの言葉を、本気で言っているのだろうか。それとも、単に紅月をからかっているだけなのだろうか。
相手の真意がまるで読めずに、紅月は戸惑うばかりだった。
けれども、へんに期待してはだめだ、と、己に言い聞かせもする。
きっと後者、つまりはからかわれているか、あるいは朗輝は紅月に対してだけでなくて、誰にもこうなのかもしれない。紅月は、気を抜くと不用意に浮き立ち、舞い上がってしまいそうになる己の心を、努めて抑え込んだ。
胸に手を当てて、ひとつ、深呼吸をする。
「――皇太孫殿下に、ご挨拶を」
改めて、父と共に、相手に向かって
「ああ、どうか楽に。
朗輝は紅月と、それから
偉ぶるところがないといえば、今日もまた、朗輝は先日と同様に
長袍とはそも、
そのことを考え合わせると、この気安い
ただし、布地はやはり上等のそれだし、仕立ても見事なものではある。
「紅月どの、先日は楽しい時間をありがとうございました。それと、今日も僕の
澄んだ
ほんとうに、これから朗輝との二度目の逢瀬がはじまるというのか。
改めて、信じられない気分になった。
「ね、贈った菓子は、食べてくれた?」
現実味のなさに、つい、ぼうっとしていると、朗輝が待ちきれないというふうに訊ねてくる。
「……っ、は、はい! もちろん……」
紅月は慌てて応じた。
「とても、おいしかったです。見た目もうつくしくて、甘さが上品で、皮はさくさくとしているのに、口に
素直に感想を述べると、それを聴いた朗輝が、ほ、と、息をついた。
「ああ、よかった。あのあとで
そう言ってから、にこ、と、笑う。
色素の薄い細い髪が、陽光を含んであたたかく輝いた。
相手が紅月の反応を気にしていたということが、紅月をなんとなくくすぐったい気持ちにさせる。
「おいしかったです……ほんとうに」
気がつくと、わずかにうつむいて、自分の中に生じた甘い感情のままに、こちらも、ほう、と、吐息していた。
「っ、あの……これ」
自分の嘆息の甘さに驚いて、だからそれを
取り出したのは、父に命じられ、手ずから
図案は、花鳥に、
「僕に?」
相手は思ってもみなかったというふうに目をぱちくりさせた。
「その、こんなものでは、御礼とも申せませんが」
「もしかして、あなたが作ってくれたの? 僕のために?」
「はい……
言いながら、紅月はますます恥ずかしくなってきていた。朗輝がてのひらの上に
父に言われるがままに刺繍をしてはみたが、そういえば、相手は皇太孫、直系皇族なのである。普段から上等の細工物に囲まれて暮らすのだろう人の目には、いま、紅月が差し出した素人の手製の香り袋がどう見えているだろうか。
いかにも
だんだんと、そんなふうに思えてくる。
朗輝はまだ、紅月の作った香り袋を手に、じっとそれを見つめて黙り込んでいた。
きっと反応に困っているのだ、と、そう思えば、ますます居た堪れない気持ちになった。
「あの、要らなければ……」
気にせず捨ててくださって結構ですから、と、そう口にしかけたときである。朗輝が不意に、ぱっと顔を上げた。
「っ、ありがとう……!」
彼は陽光みたいに輝く笑顔を見せる。
「すごく、うれしい……! ずっと、大事にするから」
そう言って、いかにも大切そうに両手でそれを包み込みながら、
「あの、殿下……ご無理なさらなくても、気に入らなければ、捨ててくださいね」
「何の話? 僕は無理なんかしてないし、あなたがくれたものを捨てるわけがない」
「でも……」
「でも?」
「いえ……なんでも、ありません」
紅月が結局口籠もると、朗輝は不思議そうに目を
けれどもすぐに、思い切ったようにこちらに手を伸べてくる。
「行こうか。――今日は
そう言って肩を
「いえ、そんな」
紅月はちいさく首を振った。
「お仕事ですか?」
訊ねると、半分は、と、朗輝は答える。
「成人したばかりだから、まだいろいろ勉強中で……その一環ってところかな。僕は
「それは、私でご期待に
「あれは何、これは何って、
「と、とんでもありません。わかる限りはお答えいたしますから、ご遠慮いただかなくて、大丈夫です」
「ありがとう。助かる。――それでは、蘇礼部侍郎どの。ご令嬢をお借りいたしますね」
すこしだけ大人びた改まった口調で英俊に告げながら、朗輝は紅月を馬車へと
最初はどこか
「
腰を折って礼の恰好を取る。
「お前は殿下に
紅月にはそう言って、英俊はこちらを送り出した。
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