第6話 皇太孫・李朗輝
二日後の昼下がりのことだ。
「お前は母に似ているし、
父の
とはいえ、成人した頃とまったく同じような、華やいだ衣装や
淡く青みがかった
薄く化粧をし終えたところに、英俊が姿を見せる。
「くれぐれも発言には気をつけるように」
こちらの肩を
これが普通の良家の令嬢だったならば、皇族に対して失礼のないように、と、そんな意味だろう。けれども紅月の場合、変わり者と評される原因の趣味のことを相手に悟られるような余計なことを言わないように、と、そう念を押されたということだった。
「わかっております、父上」
溜め息をつくように返事をしたものの、実のところ、あまり自信はなかった。
ふとした瞬間に口走る言葉に、算術めいた語彙が交ざらないとも限らない。気をつけようとは思っているけれども、と、紅月はわずかに
実は、
それらは紅月にとってもはや御守りのようなもので、身につけていないと不安だからだった。
これを見つけられてしまえば、すぐさま、算術趣味も露見してしまうだろう。とはいえ、いま紅月に小言を垂れた父にすら気付かれなかったようだから、おそらく初対面の相手が見抜くことはないはずだ。
「皇宮からお迎えが」
そうしていたところに、家人が伝えにきた。
どうやら
紅月が門のところまで出ていくと、馬を
「
丁寧に馬車へと
ほんとうにこれから皇族との見合いに出掛けるのか、と、なんとも現実味のない、奇妙な気分に襲われつつ、護衛の手を借りて、
紅月を乗せると、馬車は
やがて、
百官が朝議のために集う場であり、また、皇帝が
そして、朝堂の奥には、皇帝が日常
突如降って湧いた紅月の縁談の相手、
しかし、その存在が世人に明かされたのは、ごくごく最近になってからのことだった。
宵国では、慣習的に、直系皇族は成人を迎えるまで
皇太孫殿下・李朗輝についても、その慣例に違わず、成人の儀が執り行われたつい先頃まで、その存在はずっと秘されたままだった。
もちろん、いまから十数年前には、皇太子に
が、それでも、それらはあくまでも真偽の定かではない、噂の域を出ることのない話でしかない。
李朗輝のことがはっきりと
存在が公表されたばかりの皇太孫の
いったいどのような
朗輝は十六歳になったばかりの少年である。こればかりは間違いようもない事実だった。
そして紅月はといえば、二十五歳の
ひと目見た刹那にも、とんだ年増が来たものだ、と、
短い検問を経て門をくぐると、その先には広場がある。通常、馬車が入れるのはそこまでとされている場所だった。
皇族以外は、その先は車を降りて、
「紅月さま。皇宮に到着いたしました」
門前で一度停まり、やがて再びゆっくりと動き出していた馬車が、完全に停車する。すぐに護衛の兵卒から、紅月はそう声をかけられた。
「はい」
短く応じて立ち上がる。
紅月はちらりと彼を見る。
皇宮に仕える
意思の強そうな眉に、涼やかな
頬のあたりにだけまだわずかに少年らしいまろさを残すのが、どこかまだ愛らしい印象を与えた。
結いあげて一部で
皇宮では下僕の少年ですらこれほど美しいものなのか、と、紅月は思わず感嘆の息をもらしていた。
「ありがとう、ございます」
「どういたしまして」
少年は、整った容貌の涼しげな眸をすぅっと細めるようにし、ふわりとやわらかな笑みを
低すぎない声音が耳に心地よい。またしても、ほう、と、嘆息をこぼしつつ、紅月は相手の手を借りてゆっくりと馬車から降りた。
地面に降り立つと、紅月は改めて目の前に広がる皇宮を見渡してみる。
ここへはなにも初めて来るわけではなく、実のところ過日、それこそ皇太孫の成人の儀には、父に伴われて――末席とはいえ――参列してもいた。
それでも、立派な柱を持ち、日に輝く
自分がいまから見合いをする相手は、こんなところに普段から暮らしている皇子なのだ。彼の最初の見合い相手に選ばれたのが自分だなんて、ほんとうに、現実味がなかった。
どうして、紅月だったのだろうか。
父から話を聞かされたときにも抱いた疑問が再び頭を片隅を
そのときだった。
「蘇、紅月どの」
こちらの
呼ばれた紅月ははっとする。そういえば、紅月はまだ、少年に我が手を預けたままの
「あ……す、すみません」
早く手を
けれども相手は、なぜか逆に、きゅ、と、紅月の
「え……?」
戸惑った紅月が思わず少年の顔を見ると、彼は、にこ、と、人好きのする笑顔を浮かべる。
「皇太子が一子、李朗輝です」
涼やかな声で真っ直ぐに名乗られて、紅月は思わず息を
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