第5話 お見合いの意図は謎のまま
「……は?」
見合いの相手は
「もう一度おっしゃってください、父上」
聴き間違いではないのかと思って、思わず
「うむ、皇太孫殿下だ。
「…………は?」
皇太孫殿下。
すなわち、皇太子の
「……どうしてそんな方が、わざわざわたしなどと?」
「それは私にもわからん。だが、皇太子妃さまの
そう言った英俊が
「……これ、何かの
「いや……さすがにそれはなかろう。
「それは、まあ、たしかに……」
紅月は細い
高官とはいえ、英俊は
「では……どうしてでしょうか?」
紅月は独り言のようにつぶやいた。
そして、思いついた、と、でもいうように、はっと顔をあげる。
「もしや太孫殿下は、対象となる
「紅月、お前……なんだその
英俊は眉をしかめた。
「ですが、父上、ありそうではないですか? つまりは、練習台の踏み台ということ……ええ、ほんとうに、そうなのかもしれません。だって、わたしでしたら、たとえ見合いがうまくいかなくとも、こちらの
自分が思いついた可能性をつらつらと語って、紅月はにっこりと微笑んだ。
「だからあまり期待しすぎないでおきましょう。
「……っ、だから、お前は! 私の前なら良いが、確率などと、
父は腕を組んで、鋭い視線で紅月を
「よいか、紅月。皇族方の思惑はさておき、とにかくお前は、近々、もったいなくも、太孫殿下と見合いをすることになる」
「ええ、はい。
「っ、紅月! ――とにかく、算術好きは隠しておきなさい。殿下も噂くらいは耳にされていらっしゃるかもしれないが、そこはそれ、風の噂ですよという
「そうでしょうか……?」
それは希望的観測が過ぎるのでは、と、紅月は思ったが、父に睨み据えられたので黙っておくことにした。
その間も、父はひとりで、ぶつぶつと言葉を続けている。
「そう、あとの問題は、お前の
英俊がそう口にしたとき、紅月はまた、ふっと身が
――不吉な紅月。
誰かがいつか言った言葉が、耳の奥で、うわんうわんと
「いまではもうずいぶんと時も
英俊は最後、まるで己に言い聞かせるかのように独り
「だいじょうぶですよ、父上。紅月という
紅月は、やや無理をして、くちびるに笑みを刷いて見せた。
「それに、何度も申しますが、月蝕が不吉だなどというのは単なる迷信です。蝕が起こる日は計算によって割り出すことができるものなのですから、四季が巡るのと、本質的には変わらないもの。自然現象に過ぎません」
かつての月蝕の日のことを思い出す。紅月は、宵国の人々が不吉とする赤銅色の月であっても、神秘的でうつくしい、と、思っている――……自分の運命を変えた、あの日の
それでも、かつてならもっと自信をもって言い放っていただろう言葉を、いまは強いて、まるで自分に言い聞かせるように、口にしている自分がいた。
そんな紅月の様子に、英俊はすこしだけ痛ましそうにこちらを見た。
「そうは言うが、この国の皆にとって、まだまだその迷信は真実だから……だからこそ、お前の最初の婚約は」
そこまで言って、英俊はそれ以上を言わずに、口を
黙して表情を消している紅月をまた痛ましそうに見て眉を寄せると、こちらの頭に手を伸ばす。
「私はお前に、もう、傷ついてもらいたくはない」
英俊は心配の
「まあ、とにかく」
気を取り直すように、英俊が声を張る。
「お前にも、万にひとつくらいは、皇太孫妃になれる可能性があるかもしれない。喜ばしいことではないか……!」
「父上、そこは億、いえ、兆か
言葉尻をとらえて反論したら、父は刹那、ぽかんとした。
それから顔を真っ赤にする。
「……っ、紅月! 言っているそばからお前は! 普通の娘は、億だの兆だの京だの言わんのだ!」
父の怒声に紅月は首を
わかっています、と、心の中で、ちいさく返事をする。信頼のある父の前だからこそ、言っているだけのことだった。
だって、紅月だって、もう、あのときのように無闇に傷つきたくはない。
――妖女め。
その言葉で、自分のすべてを否定されてしまったかのような、あの感覚。それがまた
いまは、目の前の縁談のことを考えよう――……皇太孫・李朗輝との見合い。
まさに降って湧くように、ふいに舞い込んできた、それはとんでもない縁談だった。その意図も謎のまま、それでもどうやら紅月は、数日後には、皇太孫・李朗輝との初顔合わせに臨むことになるらしい。
あるいは逢瀬など、最初が最後になるのかもしれないけれども、と、そんな諦めるような気持ちで自嘲しつつ、紅月は帯に
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