第4話 久しぶりの縁談
――気味の悪い、
当時、まがりなりにも恋い慕った
理由はわかっている。
この
破談はもう十年近く前のことだというのに、かつて許婚に言われた言葉を思い出し、
己を落ち着けようと、紅月は、ふう、と、ひとつ息をついた。
だいじょうぶ、と、心の中で自分に言い聞かせる。月蝕の周期は算術で求めることができるのだ。だから、不吉だなどというのは単なる迷信だ、と、|算木をきゅっと
破談を惜しいとは思わない。だって、紅月の話も聞かずにこちらを不吉だと決めつけた男なんかと結ばれたところで、結局、いつかどこかで、婚姻関係は
そんなふうに考えるのは、けれども、もしかすると単なる強がりなのかもしれなかった。
好意を寄せた相手に、
紅月は
あれ以来、
それが世の役に立つわけでもないのに、と、紅月はまたちいさく
最初の縁談が駄目になってからも、父の
けれども、結局は、どれもうまくまとまらなかった。
そのころの紅月には、不吉な女だ、
続けていくつかの縁談が立ち消える頃になると、今度は、そのこと自体が、紅月の結婚の
これだけ婚姻の話がまとまらないのは、やはり紅月のほうに、何か大きな問題があるのだろう、と、世間にはそう捉えられたに違いない。
つまるところいまの紅月は、いわゆる、
「それもこれも、お前が算術などを好むから……」
はあ、と、英俊はまた長嘆息をこぼした。
だが、こんなものは、聴き
だから紅月はすこしだけ笑って、書卓の上の算木を
「そういう父上だって、ご自分は書物の虫のくせに。わたしにばかり文句を言うのは不公平ですよ」
もちろん、こちらもまた冗談である。自分を愛し、尊重してくれる英俊に向かってだからこそ、こうした軽口を叩くことも出来るのだ。
「まったく、お前は」
英俊は溜め息をもらした。
「減らず口をたたくな! だいたい、私のは仕事。お前のは趣味だろうが。――ああ、ほんとうに、いったいどこの世に、算木・算盤を肌身離さず持っておるような
毎度毎度の父の
「はい、父上。ちゃんと聴いておりますし、これでも、わかってはいるのです」
頭では、と、紅月は思う。
それから、
じきに日が暮れる。今日の月は、西の空に引っ掛かるような、三日月のはずだった。
自分がもしも
たとえば戸籍や財務を
だが、いくら名門に生まれようとも、女子は官吏にはなれなかった。
だから、紅月がいくら算術が得意でも――それはまさに、父の言う通り――単なる趣味にすぎない。実際に役立てられる場も、機会も、存在はしない無用の長物。いや、それどころかむしろ、変わり者と見
そう、頭ではわかっているのだ。
とはいえ、好きなものは仕方がないではないか、と、紅月は開き直るような気持ちで、心の中だけで言ってみた。
女だからという理由で、それを好きだと言うことすらおかしいと
でも、そんなふうに主張することを、いつからか、紅月は恐れるようになっていた。いまとなっては、隠し立てせずに言えるのは、父・英俊に対してくらいのものだろうか。
ほんとうは、おとなしく結婚して、早く父を安心させてやりたい気持ちだって、紅月にはあるのだ。英俊とて国の高官の身であれば、一人娘が不吉だの、変人の
そう、理解はしている。
けれども一方で、自分にはもう、きっと結婚などは無理なのだろう、と、
はあ、と、紅月は長い溜め息を吐いた。
「結婚、か……もうなんでもいいから、どこかに縁談ばなしでも落ちていればいいのですけど」
紅月が算術好きでも目を
そんなことを考え、我が思考ながらあまりの現実味のなさに、紅月は重ねて嘆息した。
いればとっくに紅月も嫁ぐことが出来ていただろう。見つかる確率は限りなく低い。
いっそ戸部か工部か、すこしでも算術に理解のありそうな部署に勤めている
そちらのほうが、まだしも実現する確からしさが上のような気がした。
でも、それも無理だろうか。なにせ紅月は家に不幸をもたらす妖女との風聞なのだから、と、こちらがそんな思考をしていたときだ。
目の前の英俊が、いつしか、わなわな、と、小刻みにふるえ出してている。
「……父上?」
父の様子を
その瞬間、英俊は、がばっと両手を大きく天に向けて広げた。
「そう、そうだった! それをお前に言いにきたんだ! これぞまさに降って湧いた幸運!」
叫ぶように言い放った父は、どうやらいま、大きな喜びから来る興奮によって打ち震えていたらしい。
珍しく
「紅月! なんとお前に、もはや諦めかけておった縁談だ!」
「は、はあ……」
そうですか、と、英俊の勢いに
その後で、気を取り直すようにして、英俊の顔を見た。
「えっと、父上……それでお相手はどちらの御方なのですか? あ、誰かの
もはや婚姻の話など出なくなって久しい二十五歳。しかも、不吉だの、ついでに算術好きの変わり者だのといわれる紅月を、わざわざ相手に選ぶ者など、そうそう、いるわけもない。
たとえば妻に先立たれたから後妻を探しているなどといった事情ででもなければなさそうではないか、と、比較的考えやすい状況を口にした紅月を前に、けれども英俊は、きっぱりと首を横に振った。
そして、次に父が放ったのは、紅月が
「相手は、なんと、
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