第3話 回想:運命と出逢った夜
時は流れて、やはり
不吉とされる
けれどもこの
それはあたかも、空に照り輝く
人の口に戸は立てられない。
だから紅月は、自分が生まれ落ちた日のことを、いつとなく知るようになっていた。
そのせいで、物心つく頃にはもう、自分は
月は、嫌いだ。
特に
今宵は、
観月は、だから、彼らにとっては何よりの楽しみなのである。
しかし、紅月はその賑わいの外にいる。
ふう、と、紅月はちいさく
月光の下に
そのとき、ふと、紅月は気がついた。
橋の向こうの浮島にひっそりと
なにをしているのだろう、と、しばらくその人物を
そして――意外にも――にこり、と、
「あなたも月見ですか?」
相手はやわらかな声で言った。それから、かけていた
黙って無遠慮な視線を向けていたこちらに気を悪くするふうもなく、相手はゆっくりと
「あなた、も、お月見……?」
相手の微笑につられるように、気づけば紅月は、おずおずと
そんなこちらの疑問など知らぬげに、その人は目を
そして、真っ直ぐに、夜空に
「わたしは、月が欠けるのを――
言われて、紅月ははっと息を
だが今度も、やはり相手はこちらの思いには気づかぬふうだ。満月を仰ぎ見ている顔は、にこにことして、いかにも上機嫌だった。
「わたしの計算では、今日は皆既蝕になるはずなんです」
その人はつづけて、そう言った。
「けい、さん……?」
相手の意外な言葉に、紅月はぱちくりと目を
紅月の知るところでは、月仙女を
「計算って?」
紅月はおずおずと訊ねた。
「ええっと、詳細を話すとややこしいのですが……要するに、これまでの蝕の記録をもとに、算術を使って、次に蝕になりそうな日を求めてみたということです。今宵はそのうちのひとつで、たぶん、皆既蝕――紅月が、見られるはず」
「紅月は……見ると、不幸になるって」
かつてそんな
負い目にも似た想いのために、紅月の声は、後にいくほどちいさく
けれども、それに応えた相手の声音は、紅月の小声とはうらはらに、いかにも澄んで明朗としていた。
「まさか!」
その人はきっぱりと言い切って、明るい笑顔をみせる。
「考えてもみてください。だって、月蝕の日は、計算で求められるのですよ。周期があるのだから、月蝕も、単なる自然現象のひとつでしょう? わたしは月蝕の記録を見るのにずいぶんと史書を
「ほんとう……?」
「ええ。蝕が不吉だというのは、単なる迷信だと思います」
言われて紅月は、ほう、と――まるで、生まれて初めてこの世で
相手がすっと目を細める。
「わたしの計算では、今日の次の月蝕は五年後、それからまたその四年後に、紅月が見られるはずです……もし当たったら、月蝕が不吉だなんて単なる迷信だと、あなたは信じてくれますか?」
その人は
その笑顔につられるように、紅月もちいさく笑った。
「――あ!」
そのとき、相手が声を上げた。
「ほら!」
得意げに指し示してみせる先では、満月に、わずかに影が差し始めている。
自分は呪われた、不吉の象徴なのだとおもっていた。
でも、そうではないのかもしれない。
顔を上げ、月を仰ぎ見た紅月の心には、ほんのりとあたたかな
その夜の出来事は、確実に紅月を変えた。
紅月は、夜空に
それはまさに紅月にとって運命の夜であった。
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