23.テスト結果

 中間テストが終わり、全教科の答案用紙が先週返ってきた。


 テスト結果は良好だ。325人中62位という、上位20パーセントの好成績を残した。それにクラスで物理基礎の赤点を取った人がいなかったおかげで、無事に席替えもできた。


 しばらく忙しなかった日々から解放され、しかも月曜日は本来部活があるけれど軽音楽部の音楽室も吹奏楽部が使いたいということで休みになったから、放課後はゲームセンターへ行ってリズムゲーム「カプリティオ」で遊びたい。Folly Starの新しいゲーム書き下ろし曲が今日配信されたのだ。


 教室の掃除を終えて、咲良と階段を降りる。


 2階まで降りた時、職員室から遼司さんと由幸さんが出てくるのを見かけた。物理室のほうへと歩いていく。遼司さんは青いタグをつまんで鍵をぷらぷら揺らしている。


「2人とも旧資料室に行くのかな?」


 咲良は首を傾げる。向こうにあるのは物理室と物理準備室と旧資料室だ。


 物理室の鍵は先生が管理しているから職員室にはない。どう考えても彼らの行き先は旧資料室で確定だ。


 遼司さんは毎日旧資料室に通ってるからともかく、由幸さんが用もないのに旧資料室へ行くのは珍しい。


「今日は招集かかってないけど、2人で何かやるのかもね」

「だとしたらちょっと気になるかも……ねえ、あたしたちも行ってみようよ!」

「え」


 咲良は目を輝かせて、旧資料室のほうに足を向ける。これからゲームセンターへ遊びに行こうって時になんて提案をするんだ。


 すっかり行く気満々となった咲良に呆気にとられていると、彼女は心配そうにわたしの顔を覗き込む。


「もしかして、これから用事があったりするの?」

「いや、特にないよ……分かった、わたしも行くから」


 そう答えると、咲良はスキップに近い軽やかな足取りで歩き出した。左右の耳元で結んだローツインテールもウサギのように跳ねている。


 ……ここで偶然遼司さんと由幸さんの姿を見たのが運の尽きだったか。まあいいや。放課後は元々ゲームセンターに行く以外の予定はなかったし。


「先生、私化学で最高点取ったんですよ! すごくないですか!?」

「おお、すごいな。頑張って勉強したんだな」


 胸元に青いリボンを着けた、眼鏡とポニーテールが特徴の2年女子生徒と原田先生が廊下で談笑しているのを横目に、ドアが開きっぱなしの旧資料室に入る。左右に3脚ずつあるパイプ椅子のうち、遼司さんと由幸さんが奥のパイプ椅子に向かい合って座っていた。


 いつもより空気が重たい。遼司さんが険しい顔で小動物のように縮こまる由幸さんを睨みつけてるせいだろうか。


「な、なんか物々しいね……」


 咲良はわたしの背後に半身を隠す。早速ここに来たことを後悔しているようだ。


 わたしだってこの空気の旧資料室はちょっと怖いと思っている。だからこうして盾にしないでほしい。


 なんて愚痴はさておき、わたしは平静を装って2人に挨拶をする。


「こんにちはー」


 自分たちの居心地が悪くならないように、張り詰めた空気の中で声のトーンを上げる。ついでにあえて大きめの音を立ててドアを閉め、存在をアピールする。


「ん? 美亜さんと咲良さんじゃん! どうしてここに?」

「今日は活動日じゃないけどどうかしたのかい?」


 由幸さんと遼司さんは驚いたようにこちらを振り向く。


「それはこっちの台詞です。2人が鍵を持って職員室から旧資料室に行くのを見かけて、咲良が気になってしょうがないみたいですよ」

「えっと……今何をしてるんですか?」


 咲良が微かに声を震わせながら問う。すると遼司さんの頬が緩んだ。


「これから由幸くんにテスト結果を見せてもらうところだよ。人目につく場所じゃなくて、辱めを受けないように基本誰も寄りつかない旧資料室でね」

「遼司さんに見られる時点で十分恥ずかしいですよ! だいたい、なんで親でも教員でもない人に自分のテスト結果を晒さなきゃいけないんですか!」

「由幸くんがいつも赤点ギリギリの点数を取るからだろ」


 遼司さんは咲良の質問には穏やかな口調で答えてたのに、由幸さんの文句には語気を強める。また表情が険しくなって、咲良がまた震え上がる。


「由幸くんが赤点を取ったか否かを確かめるまで気が気でならないんだよ」

「だから今回は大丈夫ですってば。何回も言ってるじゃないですか」

「その証拠を見たいって俺は言ってるんだ」

「なんで人のテスト結果にそこまでこだわってるんですか?」


 立ちっぱなしじゃ疲れるから遼司さんの右隣の席に座って、わたしは尋ねる。単なる親心に近い感情を持ちながら糾弾しているわけではなさそうだ。


「ああ、そういえば美亜ちゃんと咲良ちゃんにはまだ言ってなかったね。『1人が1科目でも赤点を取ったら全員校内での刻研の活動を2週間禁止』ってルール」

「え、そんなルールがあるんですか!? 強豪の部活でもそういう連帯責任の取らせ方はしないと思いますけど」

「刻研って厳しいんですね」


 わたしの向かいの席で、咲良も苦言を呈する。今回のテスト結果を見るにちゃんと勉強すれば赤点は取らないだろうから、ほとんど無いに等しいルールだけど。


「刻研が、っていうか原田先生が厳しいね。去年由幸くんが赤点を取ったのをきっかけにそのルールができて、本当に2週間旧資料室の出入りができなくなったことがある」

「勉強もしないくせに刻研という名の趣味活動にうつつを抜かすなって言われちゃってさ……」


 元凶だけど他人事のように、由幸さんは呆れ返る。初めから勉強していればこんなことにはならなかっただろうに。


「まさか美亜ちゃんと咲良ちゃんも赤点を取ってたりしないよね?」


 突然遼司さんに疑いの目をかけられて、わたしは顔をしかめる。


 由幸さんという前例がいるから仕方ない。とはいえ、どんな事情があれど疑われるのはやっぱり気分が悪い。


「と、取ってませんよ! 今回は全科目平均点以上取れたので!」


 自分は決して遼司さんの逆鱗には触れてないと言わんばかりに、咲良が真っ先に答える。


 しかもご丁寧にこちら側のテーブルに回って、テスト結果が書かれた帯を遼司さんにこっそり見せている。証拠があるに越したことはないけれど、そこまでしなくても……


 咲良からは「高校のテストは難しいと思ってたけど意外と解けた」と聞いてるだけで、詳細な成績は知らない。ただ、遼司さんの感心している様子から、なかなかに成績が良かったんだなと推察できる。


「ほうほう、咲良ちゃんは勉強頑張ってるみたいだね。すごいよ!」

「あ……ありがとうございます!」

「わたしも全教科平均点以上取ってますよ。順位はなんと上位2割!」


 咲良に続いて、わたしも遼司さんへ帯を出す。点数を見られるのは恥ずかしいからその部分は紙を折って隠して、総合順位の「62/325」という数字だけを見せる。


「わぁ、美亜ちゃんも成績良いんだね! これなら2人が赤点を取る心配はないな」

「えー、結局成績悪いの僕だけ? ちょっと刻研に頭良い人集まりすぎてない?」


 由幸さんは不満そうに口を尖らせる。遼司さんのテスト結果は見れてないけれど、知的な印象が強い彼ならイメージにたがわずテストも高得点を取ってることだろう。


「由幸さんが勉強しなさすぎなんですよ。赤点を取るほど成績悪いほうがわたしにとっては珍しいですよ」

「お、つまり僕はってことだね。美亜さん見る目あるねぇ」

「いや、そういうわけじゃ……」


 嫌味で言ったつもりが、なぜかポジティブに受け止められてしまった。勉強に関しては、由幸さんに何を言っても無駄みたいだ。


「レアキャラはレアキャラでもだからね」


 どこか楽観的な由幸さんに、遼司さんが辛辣な突っ込みを入れる。そして、しょんぼりと肩を落とす彼に「さ、早くテスト結果を見せてくれよ」と追い討ちをかける。


 それでも尚、由幸さんは交渉を続けた。


「あの……どうしても知りたいなら僕の担任に教えてもらえばいいんじゃないですか?」

「先生が易々と生徒の個人情報を教えるわけないだろ。だからここまでして詰めてるってのに」

「――ああ、もう、分かりましたよ。見せますよ、テスト結果。一瞬だけですからね!」


 やっと由幸さんが折れて、ついに二つ折りの帯が開かれる。わたしたちは彼の手元を凝視する。


 本当に一瞬だけだった。由幸さんのテスト結果を見れた時間は。当然何が書いてあるか分からなかった。


「……見えた?」

「いや、全然見えなかった」

「あたしも」


 咲良もわたしもお手上げだ。視力が良い遼司さんでさえも、諦めたように肩をすくめる。


「あまりにも情報を得られる時間が短すぎて、案の定由幸くんが何点取って何位だったか分からないな。でも赤い数字がなかったのは確かだから、赤点はゼロってことだね」

「ほら言ったじゃないですか! 今回は大丈夫だって」

「全然大丈夫じゃない。もっと勉強してくれよ!」

「嫌ですよ。僕には勉強よりも大事なことがあるんですから!」

「どうせしょうもないマイナー映画をだらだら観てるだけだろ」

「はぁ、分かってないですねぇ。そのしょうもない映画こそが人生を豊かにするんですよ」


 刻鉄研究会の活動休止は免れたものの、遼司さんと由幸さんはまだ喧嘩している。


「赤点って赤い字で書かれるんだね」


 先輩たちが激しく口論をしている横で、咲良がのんきにそうぼやく。


「うん。多分由幸さんと知り合わなきゃ一生知ることはなかったよね……ていうかもう帰ろうよ。結局何かあったわけじゃないし」

「そうだね。あたし、帰ったら久々にパソコンで絵を描こうと思ってるの」

「わたしもゲーセンで遊びたいんだよね」


 席を立って、咲良と旧資料室を出ようとドアに手をかける。


 ドアを開けると、目の前に女子生徒が立っていた。さっき廊下で原田先生と話していた、眼鏡とポニーテールが特徴的な2年生だった。

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