Ⅲ両目:暗黒の夜半に月光を

22.Dark World

 小学生の頃、一人っ子の私には「お姉ちゃん」がいた。


 お姉ちゃんと言っても、私が勝手にそう呼んでただけだ。実際は近所のアパートに住む女子大生だった。


 お姉ちゃんとは、誰もいない公園で遊んでる時に出会った。子どもが1人でいると危ないよ、と声をかけられたのがきっかけで。それ以来、お姉ちゃんと遊ぶようになった。


 2人で遊ぶときは決まってお姉ちゃんの家に呼ばれて、いろんなアナログゲームをプレイした。学校の友達が知らないようなゲームも遊べて、ひっそりと優越感に浸っていた。あまり感情を表に出さない控えめなタイプだったけれど、お姉ちゃんも楽しんでることは十分伝わった。


 お姉ちゃんとの出会いは友達にも家族にも内緒にしていた。だって2人しか知らない秘密の時間があるのってスリルがあってわくわくするでしょ?


 そんなある日、お姉ちゃんは珍しく外で遊ぼうと誘ってきた。どうしても私と行きたい場所があるらしい。


 全身の水分が全部蒸発してしまいそうなくらい、とてつもなく暑い7月のことだった。


 行き先は今はもう使われてない廃倉庫。


 ダイヤル式の南京錠がかかっていたけれど、お姉ちゃんは簡単に開錠する。入口近くと奥の壁にある小窓は全面が外から木材で打ちつけられていて、中は空っぽだし真っ暗だし不気味だった。


 2人で廃倉庫に入ると、お姉ちゃんはすぐに外へ出た。


「あれ、入らないの?」


 そう声をかけても、お姉ちゃんは返事をしない。ただ、光を灯さない真っ黒な瞳を私に見せるだけだった。


 明らかにいつもと違う。今目の前にいるのは、私が知ってるじゃない。


 そう確信した時には、金属製の両開き扉は軋んだ音を立てて大きな口を閉じようとしていた。


「ねえどういうことなの? なんでこんなことをするの? お願いやめて……やめてよ!」


 私の言葉を無視して、お姉ちゃんは扉を閉める。こっちから扉を開こうとしても、建てつけが悪く錆びついているせいか、小学5年生の力じゃなかなか開かない。


「開けて! ここから出して!」


 そう叫びながら、何度も拳で硬い扉を叩く。しかし、声が枯れるくらい必死に叫んでも、腫れ上がった手の痛みをこらえて叩き続けても、扉の向こうから人の声が聞こえることはなかった。


 どうせお姉ちゃんはここから出してくれない。体育座りで涙を流す。うつむいてるせいか、眼鏡に水滴が当たる。


 どうしてお姉ちゃんはこんなことをしたんだろう。今まであんなに仲良くしてくれたのに……


 私が他人より1人でいることが多くて狙いやすかったから? 私が知らず知らずのうちにあの女にむかつくようなことをしてたから?


 それとも、私がに対する、世界からの罰なの?


 それじゃああの女は――



『不審者はこのポスターみたいな黒ずくめじゃなくて普通の格好をしてるから気をつけてね』


 ふと、前に担任の先生が口を酸っぱくして言ってたことを思い出す。


 どんな理由があれど、あの女は初めから私をここに閉じこめる目的で接触してきたんだと推測するのは簡単だった。女子大生という身分は変なことをしないだろうと油断してた。


 裏切られたショックと危機感が薄かった自分への嫌悪と同時に、暗闇と熱が私を死へ導こうと押し寄せてくる感覚に襲われる。


 全身が急に熱を帯び始める。喉が干からびてくる。汗と涙がとめどなく流れ落ちる。恐怖と暑さで上手く呼吸ができない。


 ああ、もうすぐ私は死ぬんだ。もしあの女と遊ぶのを拒んでたら、私はまだ死ななかったんだろうな。


 じっと座っていることすら面倒で、ついに上半身をコンクリートの床にくっつける。


 いよいよ暑さで意識が消えそうになったその時、不意に目が焼けるような一筋の光が現れた。開いた扉の先には、右耳に銀色のピアスを着けた長身の男の人が立っていた。

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