13.招集

 部活を終えて家に帰ってきた直後、刻鉄研究会のグループチャットで遼司さんから〈明日集まりたいんだけどみんな予定空いてる?〉とメッセージが届き、特に用事がなかったから翌日の放課後に旧資料室へと赴いた。


 刻鉄研究会の活動日は不定期で、突発的に生徒からの依頼が来た時か、今みたいに刻鉄研究会内で話したいことがある時に招集がかかる。


 その説明を受けた時、誰も旧資料室にいない時に依頼が来る可能性があるんじゃないかと危惧したけれど、部活に入ってない遼司さんが平日に毎日夕方まで旧資料室に居座っているから、何があってもすぐに対応できるそうだ。


 今日は咲良に刻架の都市伝説を教えるための集まりで、旧資料室の棚で倒れてた小さなサイズの薄い青の冊子を読ませている。


 冊子の表紙には「刻架鉄道史」の文字――ここには刻鉄の歴史が載っている。


「えっと……1933年に刻架鉄道株式会社を設立。1937年に刻鉄が開通して、線路の距離を伸ばしていった結果、今の刻鉄があるって感じなんだ。あ、戦後に来た大地震で1回線路が壊れてもいるんだ」


 冊子の内容を端的に整理しながら、咲良は淡々と言う。


 次のページ以降続く電車の写真を流し見する様子を横から眺めていると、不意に咲良の紙を繰る手が止まった。彼女が凝視しているページには、ある男性の写真が載っていた。彼は刻鉄初代社長だ。


「会社設立当時の社長は黒林宗一郎そういちろう……『黒林』……」

「珍しい苗字だよね。その苗字の人はみんな黒林社長やその兄弟の子孫なんだって。黒林姓じゃなくても、社長たちと血の繋がりがある人はちらほらいるみたいだよ」


 どうやら黒林社長の写真より名前のほうが気になっている咲良に、遼司さんがそう説明する。すると咲良はわたしのほうを向いて問う。


「じゃあ歌音ちゃんもそうなの、美亜ちゃん?」

「うん。歌音は黒林社長のひ孫だよ」

「へえ、すごい家の生まれなんだね! まさか身近にそういう人がいるなんて思わなかったよ!」


 咲良はこの場にいない歌音に敬意を見せる。


 4組と合同で受ける体育で、わたしがよく話すこともあって咲良と歌音も接点があるのだ。授業前は純夏も入れた4人で雑談している。


「ひょっとしてその人にお兄さんがいたりする? 奏太そうたって名前の」


 今度は真向かいの席から由幸さんが尋ねる。


「はい。奏太さんって星霜高校の卒業生なんですよね。由幸さんは奏太さんと知り合いなんですか?」

「うん。黒林さんは刻研にいたからね」

「え、そうだったんですか!?」


 知らなかった。いや、奏太さんとは知り合いだけどそもそも会う頻度が少ないし、知る機会も教えてもらう機会もなかったんだから当然だ。


 思い返せば、彼はやたら刻架の都市伝説に詳しかった。わたしに帰し方駅のルールや諸々を教えた歌音も、その情報を奏太さんから聞いたと言っていた。


 あの知識量は出自の影響かと思っていたけれど、おそらく刻鉄研究会に入ってたせいだろう。


「ていうか、ここには帰し方駅のことは一切書かれてないんですね」


 いつの間にか咲良は再び冊子に目を落としていて、不満げに口を尖らせる。いくら実在する現象とはいえ、都市伝説とされている話を公式に文書に書き留めることは普通ないだろう。


 当たり前だよ、と由幸さんは苦笑する。


「刻鉄側は帰し方駅は自分たちと関係ないって言い聞かせてるからね。そりゃあ載るわけないよ」

「それにこういう本って刻架市外の人も読むかもしれないから、知られたらまずいってことで安易に都市伝説のことを書けないっていうのもあるよ」

「前から不思議だったんですけど、なんで都市伝説を市外の人に知られちゃいけないんですか?」


 咲良は続いて遼司さんに噛みつく。遼司さんは肩をすくめた。


「市外の人間にも刻架の都市伝説を知られたら、世界の秩序が乱れる可能性が今よりもっと高くなるって世界が判断したからだよ。だから都市伝説を市外の人間に口外したら消されるって都市伝説も流れるんだよ」


「……確かに。もし全国で帰し方駅の存在が知られて、大量の人が過去の世界に行ったら迷惑ですもんね。どうりで去年誰もあたしに都市伝説の話をしなかったわけだ……」

「みんな危機感が強いからね。いくら刻架市民同士だろうと、俺たちみたいな物好きじゃない限り都市伝説を話題には出さないよ」


 刻鉄研究会以外で都市伝説の話を聞いたことなんて、せいぜい幼いうちから都市伝説の危険性を教えてくれた両親や幼稚園の先生くらいだ。あとは歌音と奏太さんと家の近所にあるサックス教室の先生――と、列挙できる人数は両手で足りる。


 でも、昨日は一馬さんも都市伝説の話題を出していた。あの後ろめたそうだった態度を見たところ、こっち側の人ではなさそうだ。


 刻鉄研究会なら、彼の疑問も解決できるだろうか。


「あの、わたしも聞きたいことがあるんですけど」

「いいよ。何だい?」

「現代と帰し方駅とで時間が流れる速さって違うんですか?」

「えーと、そうだなぁ……」


 遼司さんは口もとに手を当て、少し考えてから答えた。


「美亜ちゃんの言う通り、現代と帰し方駅とで時間の流れが違うのは確かだよ。でも、帰し方駅自体の時間の速度が変わるんじゃなくて、囚われ人の思い次第で変わるんだ。例えばずっとここにいたいって思いながら帰し方駅で1時間過ごしてたら、現代では2時間も経ってたっていうふうにね」

「なるほど……」


 さらに例を挙げるなら、何らかの目的を早急に果たしたいという思いで帰し方駅に行けば、帰し方駅での時間の流れは現代よりも速くなるというわけか。


「珍しいね。美亜さんが風変わりな質問を持ち込んでくるなんて」


 由幸さんがにやりと笑う。何だかわたしが都市伝説への関心を深めてると思われてるような……一馬さんの疑問に興味を持ったのは事実だけど、それを初めから自分が抱いた疑問であると勘違いされるのは癪だ。


 でも、どの道都市伝説の夢を見なくする方法を見つけるという目的で刻鉄研究会に入ったわけだし、今更そんなことを気にしてもしょうがないか。


 いや、やっぱり腹が立つから念のため弁明しておこう。


「昨日、軽音楽部の先輩がそのことを聞いてきたんですよ。あ、自分が刻研に入ったとか言ったわけじゃなくて本当にたまたまなんですけど。それでわたしも気になって……」

「ふうん。 その人は帰し方駅でやりたいことでもあるのかな」

「……かもしれませんね」


 なんて物騒なことを言うんだ、と突っかかりたくなるけれど、普通の刻架市民が誰かに帰し方駅の話をした時点でそう思わざるを得ない。


「心配しなくても大丈夫だよ。大半の人は一晩以上帰し方駅にいることはないから」


 不安が顔に出ていたのか、遼司さんがわたしに優しく微笑み励ましてくれる。


 そうだ、そもそも一晩も帰し方駅にいること自体おかしいのだ。一馬さんだってすぐに現代に帰ってくるはず――


 しかし、その望みはすぐに打ち砕かれることになった。

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