12.軽音楽部
高校に入学してから2週間弱の部活見学期間と仮入部期間を経て、ついに先週の金曜日から本格的に部活が始まった。
入部した軽音楽部では、使える機材や練習場所に限りがあって全員で毎日活動できないということで、1バンドにつき週2日の練習時間が与えられる。
隣のクラスの
星霜高校の軽音楽部は強豪の吹奏楽部と違って全員に活動意欲があるわけではなく、やる気は部員によってまちまちだ。1年生の部活開始日に行われた新入生歓迎ライブでも、バンドごとに技術に差があった。
でも、今日一緒に活動する先輩たちはみんな演奏が上手い。特にドラムの
仮入部の時にドラム希望と伝えていたからか彼と話す機会があって、そこで小学5年生からドラムを習っていると言っていた。だからあんなにパワフルで、それでいて的確にリズムを刻んだ繊細な演奏ができるんだろう。
歌音と純夏とのミーティング中に聞こえてくる、一馬さんの個人練習している音が気になってしょうがなかった。
ミーティングで今後の方向性を決めた後、部活終了までまだ時間があったから少し楽器に触って基礎練習をした。
ギター初心者の歌音は簡単に弾けるコードの習得に勤しんでいて、純夏はこなれたふうに左手を滑らかに動かし、ベースで8ビートを弾き続けている。中学の時に、吹奏楽部でコントラバスの他にベースも弾いてた経験があるそうだ。
わたしもドラムで8ビートを叩く。出だしが純夏の音と重なって、気がついたら一緒に演奏する形になっていた。
純夏が音を止めてからワンテンポ遅れてこっちも演奏を締めくくり、純夏と笑い合う。そんなわたしたちの姿を、純夏の後ろで歌音が羨ましそうな目で見つめていた。
「……いいなぁ。2人とも楽しそうで」
「わたしたちは経験者だし、簡単なリズムですぐに合わせることはできるからね。歌音も久々にドラム叩く?」
「ううん、あたしはいいよ。ドラム叩くの苦手だし」
「そうなの? パーカスの人ってみんなドラムが好きなイメージあるけど」
私のとこはみんなドラムに憧れてパーカスに入ってたなぁ、と純夏は懐かしむ。
そして大半の学校はコンクール曲をメインに練習してるから、ポップスでドラムを叩く機会は少ないという現実を入部してから知っていく。
わたしの場合は元からパーカッションをやりたかったわけではなく、本当は小学校のブラスバンド部で吹いてたトランペットを引き続きやりたかった。だけど倍率が高くて他の上手い人に取られてしまったのだ。
その代わり、当時のわたしは同級生たちと比べてリズム感が高かったらしく、パーカッションパートに割り振られた。歌音はマリンバやヴィブラフォンを叩きたかったという理由で、初めからパーカッションパートを第1希望にしていたらしい。
「あたしは鍵盤楽器専門だったの!」
歌音の反論に、純夏は意外だと言いたげに目を見開く。
「へぇ。パーカスの中でもそうやって役割分担してたんだね」
「わたしは太鼓系の楽器が得意だったからよくドラムとかティンパニとか叩いてたよ。でも歌音とは逆で鍵盤楽器は苦手だったんだよね。よく叩く場所間違えちゃって」
「得意不得意が極端だったから、ちょうどいい感じにバランス取れてたよねー」
だからあたしはドラムは叩かないの、と言い切って、歌音はギター練習を再開する。わたしたちも楽器と教則本と向き合う。
そういえば、今日は中学の時の演奏会で叩いたドラムの楽譜を入れたファイルを持ってきていたんだった。半年以上ブランクがあるけれど、現状どのくらい叩けるのか試したいのだ。
まず、中学1年生の時に初めてドラムを叩いたポップス曲をやってみる。先輩から託された、初心者でもできる、テンポがゆっくりめで易しい楽譜だ。
――うん。全盛期と比べてリズム感が若干鈍くなってるけれど、手足はちゃんと動かせる。
次に、思いきってテンポが速く複雑なリズムが載っている曲を叩く。……やっぱりこの状態だと正確に叩くのは難しい。本来のテンポよりも少し遅くして叩けば、一応形にはなった。
今度はどの曲を叩こうかとファイルのページをめくっていると、ふと誰かの視線を感じた。
振り返ると、そこには一馬さんが立っていた。蓋を開けた水筒を持っているから、今は休憩中なんだろう。
わたしと視線がかち合うと、一馬さんは後ろめたそうに前髪で隠れがちな目をそらす。
「あ、ごめん! 練習の邪魔しちゃって……中谷さんドラム上手いからつい気になって」
「え、本当ですか? ありがとうございます!」
まさかこんな上手い人に自分の演奏を褒めてくれるとは……いや、あまり良くない演奏だったからお世辞かもしれない。でも、顔を上げた一馬さんの純粋な瞳を見たら、彼の本心はどうでもよくなった。
「ねえ、その楽譜……もしかして中学の吹奏楽部でやった曲?」
一馬さんの興味はわたしが持ち込んだ楽譜へ移る。今開いてるページには、定期演奏会で披露したスウィングジャズの楽譜が挟んである。
「こういうのもやってたんだね。僕この曲好きだよ」
「分かります。難しいけどリズムが上手くハマるとすごく楽しいですよね。一馬さんは演奏したことあります?」
「うん。去年のドラム教室の発表会でソロで叩いたよ。あと洋楽もよくやるよ」
「この前の新入生歓迎ライブでは一馬さんたちは邦楽やってましたけど、普段はそういう系の曲をメインでやってるんですか?」
「あー……それは……」
今まで流暢に喋っていたのに、一馬さんは急に口ごもる。一瞬、彼の真っ黒な目に翳りが差したような気がした。
「うちのバンドは邦楽ロックがメインだよ。洋楽はこっちが個人でやってるだけだから」
一馬さんは自虐的に笑う。聞かないほうがよかっただろうか。
そう思って謝ろうとした矢先、「あのさ」という一馬さんの言葉に遮られた。
「中谷さんにちょっと聞きたいことがあって……」
いったん周囲を見回してから、一馬さんは口もとに手を添えてわたしに顔を近づける。何となく抱いた嫌な予感に覚悟しながら、耳をそばだてる。
「僕、前に帰し方駅で流れる時間の速さは現代とは違うって噂を聞いたことがあるんだけど、中谷さん何か知ってる?」
「え……?」
一馬さんの周りではそんな噂が流れていたのか。刻架の都市伝説に関しては、あらゆる地域で真偽問わずいろいろな伝承が話されている。この話もその1つなんだろう。
帰し方駅と現代とで時間の流れが違う、か――この前咲良を救いに帰し方駅へ行った時は、現代で電車に乗った時間と降りた時間、そして帰し方駅の滞在時間にずれはなかったように思う。
でも、それよりも前に行った時は違っていた。この違いは何なんだろう。
……今はこんなことを考えてる場合じゃない。一馬さんに自分が都市伝説に詳しくない風を装わなければ。
「さあ……すいません、初めて聞いた話だしよく分からないです」
「そっか。ごめんね、変なこと言っちゃって……そろそろ僕も練習に戻るよ。それじゃ」
一馬さんは踵を返し、自分が叩いてたドラムの場所へと戻る。彼の猫背ぎみの背中は、どこか重々しかった。
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