9.勧誘

「美亜ちゃん、咲良ちゃん。ちょっといい?」


 咲良を帰し方駅から現代へ連れ戻した日から3日後の月曜日。放課後に咲良と教室から出ると、不意に遼司さんに呼び止められた。


 ホームルームが終わるまで待ち伏せてたんだろうか。良い話じゃなさそうだと予感しながらも「なんですか?」と尋ねると、遼司さんはいきなり顔の前で両手を合わせた。


「今から旧資料室に来てほしいんだ。先週の件で話したいことがあってさ。お願い!」


 ……やっぱり刻鉄研究会絡みか。


 そんなポーズをとられてもわたしの中ではとっくに先週の事件は解決してるし、あまり旧資料室に行く気になれない。


 適当な理由をつけて断ろうとしたら、咲良が「分かりました」と返事をしたせいで無視できなくなった。咲良1人で彼と接触させるのは危ない気がするのだ。


「ならわたしも行きますね」

「本当? ありがとう!」


 遼司さんは満面の笑みを見せる。餌に食いついた獲物を捕った時のようなしたり顔で。


 相変わらず殺風景な旧資料室では、既に由幸さんが6席あるうちの左真ん中の席に座って待ち構えていた。わたしと咲良の姿を確認すると、後ろめたいことでもありそうにぎこちなく話しかける。


「どうも……先週はお疲れ様。いやあ、掃除屋が来るなんて災難だったね。こっちからしたら日常茶飯事だけど」

「さ、2人も座ってよ。長話になるかもしれないから」


 遼司さんが由幸さんの隣、左手前の席に腰掛け、わたしたちにも座るよう促す。咲良が右真ん中に、わたしはその手前の席に着く。


「単刀直入に言うけど、今日は2人に刻研に入らないかって提案したくて呼んだんだ」

「え?」


 予想外の話題を遼司さんから切り出され、わたしと咲良は呆然としながら顔を見合わせる。


 なんでいきなり刻鉄研究会の勧誘を? ていうか、さっき教室前の廊下で聞いてた話と全然違う。


 わたしはすぐさま抗議する。


「あの、わたしたち先週の件で話したいことがあるって言われたから来たんですけど」

「あんなのただの口実だよ。ああでも言わないと刻研に来てくれないだろ。都市伝説について思考してくれる脳の数が増えるとありがたいんだけど」


「お断りします。行こう、咲良」

「う、うん……」


 勧誘目的だけで連れてこられたなら、ここにいる理由はない。わたしの心はもう決まっている。


 椅子から立ち上がり、咲良のブレザーの袖を引っ張る。しかし、「じゃあ諦めましょうか」とあまり勧誘に乗り気じゃなさそうな由幸さんに言い聞かされても、遼司さんは引き下がらなかった。


「刻架の都市伝説に隠された真実には興味ないかい?」


 全ての文字に意味を持たせるように、遼司さんは一音一音はっきりと発音する。狭い旧資料室に語尾の余韻が微かに響く。


 余韻が鳴り止むと、すいません、と咲良が出し抜けに謝罪した。


「確かに刻架の都市伝説には興味ありますけど、でももう美術部に入るって決めてるので……」


 すいません。もう一度言って、咲良は小さく頭を下げる。一方、遼司さんは断られたにもかかわらず、悲しそうな顔を浮かべる彼女とは反対に笑っていた。


「それなら掛け持ちすればいいよ。由幸くんも刻研以外に写真部に入ってるし。それに依頼とか調べ事がない時は自由参加だから、こっちから呼び出さない限りは好きなタイミングで来れば大丈夫だよ」

「え、そうなんですか? じゃあ入ってみてもいいかも」


 彼のアドバイスを聞いて、咲良は目を輝かせる。友達にはあまり刻架の都市伝説に干渉してほしくないけれど、興味があるならこうなるのは自然の流れか。


 当然、咲良の意思をわたしが否定する道理はない。でも、今一度よく考えてほしい。いかに都市伝説を調べることにリスクがあるのか。


「待って。本当に刻鉄研究会に入るの? 都市伝説の謎を調べすぎると消されるんだよ?」


 そう念を押すと、咲良は思い出したように目を丸くする。


「あ、そういえばそうだった! さすがに消されるのは怖いなぁ」

「でしょ? だから刻鉄研究会に入るのは見送ったほうが――」

「消される消されるって言うけどさ、美亜さんは実際に都市伝説を調べすぎた結果消された人を見たことがあるの?」


 せっかく咲良を危険から遠ざけられそうなところで、由幸さんが挑戦的に煽ってくる。


 勧誘のためというより、自身の正しさを知らしめるためだけの問いに聞こえた。当然、反論はできなかった。


 虚を突かれて唇を噛むことしかできないわたしへ、由幸さんは鼻を鳴らす。


「ほら、見たことないじゃん。僕や遼司さんや原田先生が今も生きてるんだから、消されるって話こそ真の都市伝説なんだよ」

「そうそう。そこまで気にすることじゃないよ」

「そうなんですか。それなら刻鉄研究会に入りたいです!」


 結局、由幸さんと遼司さんに言いくるめられて、よろしくお願いします、と咲良は潔くお辞儀をした。


「だから美亜ちゃんもそんなに怖がらないで刻研に入ってみようよ」


 遼司さんは執念深くわたしへの勧誘も続ける。こっちも負けじとかぶりを振る。


「嫌です。先週わたしの話を信じてくれたことは嬉しかったし、刻鉄研究会みたいな存在が頼りになるのは分かるんですけど、自分がに行く気は全くないです。都市伝説は怖いし嫌いだし、よっぽどのことがない限りもう関わりたくないので」

「美亜ちゃんは他の人に比べて都市伝説をかなり恨んでるみたいだね」


「だっていつの間にか都市伝説に詳しい知り合いが何人かできて、自分で選んだ道の先でたまたま都市伝説に巻き込まれたりして、普通の人より都市伝説に詳しくなっちゃって……別にそういう過去を後悔してるわけじゃないんですけど、これ以上都市伝説の情報を記憶に入れるのが嫌なんですよ。ついでに都市伝説のせいで全然解決できない悩み事まであるし」


「……そっか。そんなに嫌なら無理して刻研に入らなくてもいいよ」


 つらつらと文句を吐いたら、遼司さんはやっと折れてくれた。よかった、やっと刻鉄研究会から解放される。


 ――そう思っていた。だけどもったいないなぁ、と彼が大袈裟に未練がましく、再度口を開くまでは。


「刻研に入れば帰し方駅のルールを知るときみたいに当事者になるか、能動的に調べなきゃ記憶できない情報がせっかく手に入るのに。もしその悩みがそこまでしないと解決できないものだけど解決したいって言うなら、それを利用するに越したことはないよ。今までより少しだけ生きやすくなるかもしれないんだから」


 独り言じみた彼の言葉は、わたしの胸を深く貫いた。


 確かに、わたしは昔から抱えてる悩み事を解決したいと思っている。でも都市伝説に干渉したくなくて、どうすれば解決できるのかを本気で調べたことがなかった。


 今はその手がかりを掴める大きなチャンスだ。遼司さんの言う通り、刻鉄研究会に入るのが一番の近道だろう。


 ……いやいや、たった1つの悩み事を解決するために入るのはリスクが高すぎる。解決策を調べる過程で世界にとって不都合な情報を知ってしまって、そこで消されるかもしれないんだから。


 遼司さんや由幸さんや原田先生が年単位で都市伝説に干渉してても生きているのは、おそらくまだ世界の核心に触れるほどの情報を手に入れてないからだ。どうせ手に入れたら消されるに決まってる。


 だけど、今のわたしには彼らのように「黒い羊」となっていつ消されるか分からない環境とは無縁の学校生活を過ごすよりも、誰からも「異物」と嘲笑われないようにすることのほうが重要だった。


 ――でさえも都市伝説に囚われてる異物からは、もう解放されたい。


「もし刻鉄研究会に入ったら」


 おもむろに口を開き、遼司さんと由幸さんに向かって数歩前に出る。彼らは目を見開いている。


「昔からよく見る都市伝説に関する夢を見なくする方法を見つかりますか?」


 そう問いかけると、「きっと見つかるさ!」と遼司さんがここぞとばかりに即答した。彼の隣で由幸さんもうなずいている。


「その悩みを持ってる人に初めて会ったから今俺たちが出せる解決策は何もないけど、都市伝説を調べ続けていればいずれ解決できるよ」

「じゃあわたしも刻鉄研究会に入ります」


 わたしの宣言に、咲良と由幸さんが「え!?」と素っ頓狂な声を上げる。遼司さんはニヤニヤ笑いながら「美亜ちゃんも入ってくれるなんて嬉しいよ」と喜んでいる。


「美亜ちゃん……本当にいいの?」


 さっきわたしが咲良にした質問を、今度は咲良がわたしに送る。


「うん。わたしもずっと知りたかったから。自分の悩み事をなくす方法」


「また旧資料室が賑やかになってきたねぇ、由幸くん」

「ですね。ついでに調べなきゃいけないことも増えましたけど」


 なんて愚痴を吐いてるものの、何だかんだ由幸さんも楽しそうだ。


 さっきは都市伝説を拒絶したのに、2人とも歓迎してるみたいでよかった。未だに「どうして、また刻鉄研究会なんてものを」という疑問は拭えないけれど、今はその不愉快な感情は忘れておこう。



 その日の夜、先週刻鉄研究会と同じくお世話になった彼に刻鉄研究会に入ったことをチャットで伝えた。すると彼は〈え?〉〈マジで?〉〈大丈夫なの?〉と立て続けに送りつける。わたしは〈大丈夫だって〉と返信する。


〈ならいいけど〉投げやりな文面だけど、これが心配性な彼の言葉となると仕方なく折れたというニュアンスが含まれてるような気がした。


〈ていうか、どうせ刻研に入ったんならを話してみてもいいんじゃない?〉

〈いいよ別に。だってわたしがなんだから、人に話しても意味ないでしょ〉


〈……うん。それもそうだね〉

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