6.光の行方

「……やばいかも」


 頭を抱えて震える声で呟くと、3人の困惑した視線が突き刺さる。何度も帰し方駅へ行ってる彼らなら、わたしのたった5文字の言葉の意味をすぐに理解しただろう。


 咲良を示す光が感知できなくなったのだ。周りに浮かぶ3つの光は灯ってるから、決して存在を感知するための意識が途切れたわけじゃないという事実が、余計にわたしへ絶望を与えた。

 

 ――咲良の存在はもう消えてしまったのだ。


「どうしよう、咲良の光が消えちゃって……」

「待って。諦めるのはまだ早いよ」


 大丈夫。その力強い言葉に顔を上げると、遼司さんの勇ましい双眸そうぼうとかち合った。


「俺たちの経験上、咲良ちゃんが消えた可能性より、咲良ちゃんがこっちの存在に気づいて居場所を悟られないように光を感知させなくした可能性のほうがずっと高いよ」

「え……そんなことできるんですか?」

「過去への執着が強いほど、向こうは現代との繋がりを絶とうとするんだ。大半は無意識下でね」


「それに、過去の自分に憑依すれば世界が一時的に異物じゃないと勘違いするから、存在が消えるまでの時間は遅くなる。そんな状況で、もう消えたって言うにはまだ早いぜ」


 原田先生もわたしに希望を与えてくれる。彼らが咲良は消えてないと言うと、本当に咲良はまだここにいるんだと信じられる。


 とはいえ、咲良を感知できない状況に変わりないから、やっぱり少し懸念は残る。咲良が自分の意思でわたしたちを拒絶したのなら、こっちも強い意思で再び咲良の存在を感知することはできないだろうか。


 そのことを質問すると、由幸さんが無慈悲に「無理だよ」と答えた。


「帰し方駅は初めにこの時代に来た囚われ人の意思を優先するから、どれだけ強くても後から来た僕たちの意思は向こうには通じないよ」

「そ、そうなんですか……」

「こうなったら咲良さん自身じゃなくて美亜さんが見たって言う小学校を探すしかないね。僕、前に浜松に住んでたことあるし案内できると思うよ」


 こっちこっち、と由幸さんはわたしたちを背に歩き始める。置いていかれないように着いていきながら、どうしてもっと早く言わなかったのか突っ込もうとした矢先に、美亜さんごめんね、と向こうから謝罪される。


「浜松に住んでたって言っても、こことは全然違う地域に住んでたから地理を思い出せるか心配だったんだよ。完全に思い出す前に希望を持たせるようなことを言っちゃって、もし思い出せなかったら余計に不安になるでしょ」


 そう弁解した由幸さんは、確かに宣言通り迷いなく歩を進めている。この地域に住んだことがないというのに、あの自信はいったいどこからくるんだろうか。


「由幸くん、たとえ現地に行ったことがなくても 一度住んだことのある市の地図を全部暗記できるんだよ」


 わたしの疑問を見透かして、何も言わずとも遼司さんがこっそりと由幸さんの常人離れした特技を教えてくれた。


「しかも由幸くんの家は転勤族でいろんな土地を転々としてたらしいから、刻架や浜松の他にも覚えてる地図はいくつもあるんだって」

「へえ、すごい記憶力を持ってるんですね……じゃあ由幸さんは学校の成績もいいんですか?」


 そう尋ねると、遼司さんも原田先生も苦い顔を浮かべて囁く。


「いやぁ、それがあんまり振るってないんだよね」

「由幸は地理以外ほとんど赤点ギリギリだ」

「赤点取ってないからいいじゃないですか!」


 一方、由幸さんには2人の声が聞こえてたようで、自らを正当化して反論する。そして、数十メートル先の曲がり角に立っている小学校の行き先を示す看板を見つけて、鼻を鳴らした。


「ほら言ったでしょ。勉強は苦手だけどこういうのは得意なんですよ」


 看板が矢印を指しているほうへ曲がるとすぐに、小学校らしきクリーム色の建物が見えた。


 駅前でわたしの脳裏に映ったイメージとそっくりだ。それを伝えて、敷地内に入る手間を惜しんで学校施設とグラウンドを囲むフェンスの外側を一周回ってみる。しかし、咲良の姿はどこにもなかった。


「これで僕の出番は終わりか……」


 由幸さんは残念そうに肩を落とす。原田先生がその横で「他に心当たりはあるか?」とわたしに問いかけた。


 そんなことを聞かれても、浜松のことも咲良のことも知らないことだらけだから分かるわけがない。強いて言うなら、このさぎの宮駅周辺の街に思い入れがありそうなことくらい……


「中学生なら電車で市街地に行ってるかもしれないですよ。それか自転車漕いで近くのショッピングモールに行ったとか」


 わたしがゼロから解決方法を見出そうとしている傍ら、由幸さんはとっくに手遅れになってしまいそうな最悪な推理を繰り広げる。


 電車に乗ってるなら後からでもギリギリ追いつけるだろうけれど、自転車に乗ってるとしたらわたしたちの手はいよいよ届かなくなってしまう。


 ――ん? 自転車? 自転車を使うには一旦家に帰らなきゃいけないんじゃないか? それじゃあ咲良の家はどこにある?


 海馬の隅で縮こまってる記憶を引っ張り出す。昨日聞いた咲良の思い出話の内容を。


 咲良の存在が消えかかってる影響をわたしも受けているのか、悔しいことに会話の詳細までは思い出せず、話の中に出てきた印象的な名詞しか思い出せなかった。

 

 でも、おかげで頭がパンクせずに冷静になれた。わたしはついに手がかりになりそうな言葉を掴めたのだ。


「マンション」


 そう口にすると、みんなの瞳がわたしを捉える。

 

「昨日、咲良は浜松でマンションに住んでたって言ってました! だからもしかしたら……」


 屋根の高さがほぼ均等に揃えられている家々の中、一際空へと伸びていて、多種多様の衣類がなびく長方形の建物を見上げる。あそこが、咲良がかつて暮らしていたマンションかもしれない。


 わたしたちは全速力でマンションへ向かう。するとその道中、突然わたしの頭の奥でぽっと一粒の明かりが灯った。と感じた刹那、その明かりは消えてしまった。だけど、再び灯し火が現れ、切れかけの電球みたいに点滅を繰り返している。


 この光は咲良のものだ。根拠はないものの、何だか彼女と繋がっている感触がある。


 目と鼻の先で待ち受けている白いマンションを無視して右に曲がる。背後で遼司さんがわたしの名前を叫んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る