Ⅰ両目:来し方彷徨う彼は誰ぞ

2.Welcome to Kokuka!

「浜松市から来ました。新島咲良です。よろしくお願いします」


 自己紹介をして、教卓の横でお辞儀をする。


 乾いた拍手が教室内を包みこむ。ああ、歓迎されてないな。あたしがよそ者だからか、刻架の中学生たちの不審げな視線がいっそう不安を煽る。外から吹き込んでくる穏やかな4月の春風が、あっという間に体の芯を冷やした。


 刻架は地方都市で買い物や娯楽に困らない程度には栄えてるみたいだけど、ひょっとして村八分みたいな田舎特有の悪い習慣もあるんだろうか……


 その大きな胸騒ぎはすぐに吹き飛んだ。どうやらさっきは急によそ者が現れたから様子見をしてただけらしく、休み時間に隣の席の女子が友達を何人か引き連れてあたしに話しかけてくれたのだ。


 好きなものは、部活はどこに入るの、浜松ってどんな感じなの――刻架で初めての友達ができそうな気がして嬉しかった。


 そして、もっと彼女たちのことが知りたくて、あたしも同じ質問を返してみた。みんなテニス部に入っていて、ある男性4人組バンドにはまってるらしい。テレビでもネットでも最近話題だと言ってたけれど、あたしが知らないバンドだ。


 でも、1人がCMに起用されたという彼らの曲のサビを口ずさむのを聞いたら、あの曲の人たちかと納得した。


 次に、刻架はどんな街なのか問いかけてみる。すると、急にみんなの顔色が変わった。


 何かまずい発言をしてしまったんだろうか。いや、当たり障りない質問だったはずだ。それなのに、どうしてみんな気まずそうな顔をしてるんだろう。


「あのね、そういうことは人に聞いちゃいけないんだよ。咲良ちゃんは刻架のことを知っちゃいけないの」

「え?」


 さっき歌を歌ったクラスメイトが、おもむろに囁く。


 一瞬、何を言ってるのか理解できなかった。「知らないほうがいい」じゃなくて、「知っちゃいけない」とはっきりと禁止するような物言いをされるなんて。


「なんで? なんであたしは知っちゃいけないの? 些細なことでしょ」

「全然些細じゃないよ。これはわたしたちにとってすっごく大事なことなんだから」

「そうそう。別に咲良ちゃんに意地悪してるってわけじゃないんだよ。咲良ちゃんのために言ってるんだよ」


 もう1人の子にもそう言われてしまい、納得はできなかったけれどこの状況を受け入れる他なかった。


 あんなことがあったにもかかわらず、結局彼女たちはあたしと友達になってくれて、クラスでは一緒に行動するようになった。刻架がどんな街かを尋ねたのは、あの1日きりだ。


 彼女たちや、他のクラスメイトたちと接するのは楽しかった。だけど、やっぱり刻架について知ることを許されなかったあの日は頭の片隅に残ったままだ。当時を思い出すと、自分は刻架市民に歓迎されてない寂しさと、刻架に対する違和感が膨らんでくる。


 しかも、刻架に引っ越してから指先が鋭い真っ黒な大きな手が脳裏にちらつくようになった。まるでをわざと見せつけるように。


 きっとこの街は、ネットで調べても出てこない、あたしには想像できないような大きな秘密を抱えてるんだろう。


 その秘密の片鱗にやっと触れられたのは、3月の高校入試の帰りだった。駅のアナウンスが奇妙な文言を読んだのだ。


 アナウンスの真相が分かったのは刻架に引っ越してから1年後の4月、高校でできた友達の美亜ちゃんと学校帰りに駅へ行った時だ。そこで「帰し方駅」という、過去の時代へ戻れる都市伝説も知った。


 美亜ちゃん、ありがとう。いろいろ教えてくれて。美亜ちゃんのおかげで刻架がどんな秘密を抱えてるのかよく分かったよ。


 こんなに面白そうな都市伝説、試さずにはいられない!

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