第22話 その名前を呼ぶ
「「保健室登校!?」」
放課後の保険室に、私と杏ちゃんの声がハモって響いた。
ベッドには、目を覚ました神隠さんが寝ている。
「うん。私は生まれつき身体が弱くてね。七陣小に席を置きつつも、ずっと自宅学習をしていたんだ。五年生になっても保健室登校。病院に寄って登校したりするから、日によっては放課後になってしまう。だからまだ教室に机を置いてもらってないし、出欠の時に読み上げられもしないかな」
それが杉山君が神隠さんを知らなかった理由。そして放課後少し遅れて図書室に現れる理由だ。保健室や病院から直接図書室に来ていたんだ。だから司書の和田さんも知らなかった。
「だから五年二組というのは本当だけど、図書委員というのは嘘なんだ。ごめんね。委員会とかクラブ活動に憧れていてさ、みんなと一緒に色々したくなったんだよ」
「ううん、いいよ。ところで体調は大丈夫なの?」
「ああ。死神が去ったからか、とても体調が良くなったよ。それで死神の正体についてだけど、ひとつ仮説があるんだ」
そう言うと、神隠さんはゆっくりと身体を起こした。
死神の正体。わざわざそう切り出すという事は、単にアイラのことじゃないんだろう。
「アルバムには過去、死神は空襲や地震のような不幸を招いて、生徒の命が奪われたと書いてあっただろう?」
「そうだね」
文中の犠牲者という言葉が恐ろしくてよく覚えている。
私は幸せな事に戦争を経験していない。建物が崩れるような大地震にあったこともない。でもそれらがどれほど人の命を奪い、生活を壊すか少しはわかっているつもりだ。
「それは時代の死の形じゃないかと思うんだ。戦時中だったから空襲、地震が頻発していたから大地震。死神は去り際こう言っていた。『世界が死を欲したとき、私は現れましょう』ってね。それが人の起こすものか天災かは別として、死神は犠牲者がでる気配を読み取ってこの七陣小に現れるのだと思うよ」
なるほど。その時々の形に合わせて、死神は襲ってくるというわけか。そこまで納得したところで、ひとつの疑問が私の中に浮かんだ。
「あれ、じゃあ今回はなんなの?」
「そうやなあ。少なくとも戦争や災害じゃないやんなあ?」
神隠さんによると、死神がもたらすのは時代の死の形。今は戦争中ではないし、最近地震が続いているというニュースも聞かない。じゃあ今の時代の死の形ってなんだろう?
とほうもなく難しい話に私と杏ちゃんが頭を悩ませていると、神隠さんは神妙な面持ちで口を開いた。
「ウイルスだよ」
「「ウイルス?」」
「私はここ数日、持病の他に原因不明の高熱がでていた。お医者様によるとたちの悪いウイルス性だったそうだ。そしてアイラにとり憑いたのは――」
「「コンピューターウイルス!」」
「そう。きっとそれが今回の死神の死の形さ」
人間に感染するもの、コンピューターに感染するもの。それらはどちらもウイルスと呼ばれる。そのウイルスは決して人の目には見ることのできない死神の鎌として、この七陣小学校に突きつけられていたのだ。
あの卒業アルバムの文章を見る限り、当時の死神は普通に人として紛れ込んでいたんだろう。少なくともAIではなかったはずだ。それが今回、時代の死の形として「ウイルス」を選んだ死神は、実体のないコンピューターウイルスとしてアイラに感染した。発達したAIであるアイラの人工知能を、死神は成り代わることができる存在と認識したのだ。
まったく、色々な偶然が重なって見つけることができたものの、難易度アップもいいところだ。でも良かった。学校中謎のウイルスで全滅とかなったら、しゃれにならない事態だった。
「それにしても葵、元気なって良かったなあ。来週あたりからは来れるか?」
「来れるってなにに?」
「図書委員やろ。うちが二組の担任に言うて、サボっとる川瀬と入れ替えて言うといたわ」
杏ちゃんなんという行動力。でも川瀬君って骨折じゃ……ああ、最初はサボったんだっけ?
「体調は問題ない……かな。でもとびきりの薬があれば、すぐ治るかも」
「へー、そんなのあるんだ?」
「ああ、あるとも。……楓、名前で呼んでくれないかい?」
――ええっ!? まさかの発言にすごく驚いて、神隠さんの表情を見る。彼女はいたって真剣な眼差しで、とても冗談を言っているようには思えない。
「図書室で出会ったあの日、話しかけるのにすごく緊張した。なにせ初めて話す同級生だからね。でも話しかけて良かった。楓や杏という素敵な親友ができた。だから名前で呼んでくれないかな? きっとそれが一番の薬になると思う」
「ええっ、ちょ、え!?」
「ほら、早よ名前で呼んでやれや」
突然の事態に動揺する私を、杏ちゃんがせかす。
ただ名前を呼ぶというだけなのに、なんだか照れくさい。私にとって神隠さんは大人っぽい神隠さんだ――だけど、正体不明のカミカクシアオイじゃない。一緒に七陣小の七不思議の謎を解いた、大切な親友の神隠葵ちゃんだ。だからひとつ深呼吸をして、ゆっくりと神隠さんへ向き合う。
「……あ、葵ちゃん、早く元気になって、また一緒におでかけしようね」
神隠――葵ちゃんの顔は、出会ったあの日の夕日の様に真っ赤に染まっていた。……きっと私の顔も同じ色だったと思う。
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