第21話 語り継がれる七不思議

「「死神の名前は、アイラ!」」

「ええーっ! アイラってAIやろ? AIが死神!?」

「静かに杏。何かが起こるよ」


 神隠さんがそう言うと、目の前のパソコンの一台がひとりでに起動し、画面に文字が現れる。


『どうしてわかったのですか?』


 パソコン画面の表示はいたってシンプルだ。

 真っ青な画面に白い文字。死神として、そして最後の七不思議として、これまで以上におどろおどろしいものがくるのを身構えていた私は、少し肩透かしをくらう。けれどその無機質なシンプルさが、恐怖をあおって来るのは確かだ。


「条件を絞り込むと、自然とね。教師や生徒として紛れ込むのは、少し難しいみたいだしね」

「うん。それにアイラ、あなたは知り過ぎていた。監視カメラの少ないこの七陣小学校で、データとして説明がつかないほどに」


 そしてアイラは、神隠さんを七陣小五年二組の生徒だと登録していた。少なくとも彼女は本当に生徒のはずだ。もし神隠さんが死神なら、AIであるアイラは詳細不明ではなくて、該当者なしと答えていたと思う。


「AIはアーティフィシャル インテリジェンスの略だ。発達した人工知能の外側だけ利用したのかな? その知能の中身は死神だったってわけだ」

『その通りです。私は既に存在していたアイラという人工知能を利用しました。ばれないと思っていましたが、不覚ですね』

「楓が言ったように君は詳しすぎた。シンデュアリティと思うには違和感があったかな」


 今だあっけにとられている杏ちゃんに「後で説明してあげるから」と言うと、神隠さんは聞かなければいけない事をアイラに聞く。


「さあアイラ、これでチェスならチェックメイトだろう? 将棋なら王手だ。これからどうする? 熱血バトル物よろしく戦いでも始めるかい?」

『いいえ神隠葵。見つかった以上、かくれんぼは終わり。また何十年後になるかわかりませんが、世界が死を欲したとき、私は現れましょう』


 身構えていたけれど、意外にも素直に死神は立ち去るみたいだ。だけど立ち去る前の死神に、ひとつ聞きたい事がある。


「ひとつ、聞いても良いかな?」

『なんでしょう近藤楓』

「どうして七不思議はこの春からまた活動が活発になったの? 私たちが七不思議探しを始めたから?」

『いいえ。おそらく私がこの学校に侵入したことで、不思議が七つそろったためでしょう』


 不思議が七つそろったから?

 私の疑問の表情を認識したのか、パソコンは続いて文字を表示する。


『私見ですが、きっと七という数が重要なのです。ひとつひとつが脆くても、七つ集まることで恐ろしく感じる。それが七不思議なのでしょう』


 それを聞いて思い出す。そういえば、下水に流れていったトイレの花子さんも言っていた。今年に入って急に力が湧いてきたと。


 あれはつまり、この死神がアイラにとり憑くことによって、何十年かぶり――花子さんの言を借りるなら昭和以来に七陣小の七不思議がそろったことによって、それまで細々と活動してきた彼女たちに力が戻ったという意味なんだろう。


 確かに“走り回る金次郎像”なんて、現代では恐ろしくないのかもしれない。それは明るいトイレになった“トイレの花子さん”や、なぜか現代に染まってバスケにはまった“体育館の落ち武者”も同様だ。


 女性の幽霊が弾いていた“夕暮れに鳴るピアノ”は、幽霊が弾いているということを除けば普通に美しいメロディだった。鬼に追いかけられて怖かった“満月の大鏡”でさえ、実際に体験してみなければ単に廊下に掛けられた洋風の鏡にすぎず、それは闇の世界へと繋がった“人食い階段”でも同じことだ。“一人増える”死神は、怖いけど事件とは偶然の一致として片づけられるだろう。


 ひとつひとつは取るに足らない少し不思議な噂話。けれどそういった不思議が七つ集まると、とたんに学校の七不思議として怖くなる。学校という特殊な空間で、噂によって語り継がれる不思議な現象たち、学校の七不思議。


 疑問、興味、喜び、そして恐怖。それだけ想いのつまった言葉は、つまり言霊なんだろう。学校の七不思議とは、その学校の歴代の生徒たちの言霊の力によって紡がれた、もう一つの学校の歴史そのものなのかもしれない。


「そうなんだ、ありがとう。でも七陣小にもう来ちゃだめだよ」


 五年生になってからの一連の不思議な体験に対する、自分の中での答えのようなものにたどり着いた私は、無機質なパソコン画面に向かってお礼を言う。そんな私の言葉を聞いたのか聞かなかったのか、パソコンの画面は再び黒に染まった。


 たぶん死神は立ち去ったんだろう。いつか、その時まで。もう来ちゃだめだという私のお願い聞いてくれたらいいな。


「はあ……。楓、あんた死神にありがとうなんて良い人が過ぎるわ」

「あはは、つい思わず」


 でもこれで七つ目。“夕暮れになるピアノ”から始まった七陣小の七不思議は全部解決。ほっと一安心だな――そう思った所で、後ろでドサりと音がした。見ると、神隠さんが倒れている。意識はなく、息が荒い。


「葵!」

「神隠さん!」

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