第20話 正体見たり

「違ったんだよ杏ちゃん!」

「な、なにが!?」

「神隠さんだよ。神隠さんは死神なんかじゃない!」

「わかったわかった。そやから少し落ち着いて」


 いつもと逆にたしなめられた私は、席に着くと深呼吸をする。


「まあまず、楓は葵が死神やないかと疑っとたわけやな? まあ正直うちも思っとったわ。だってクラスメイトのはずの杉山が知らん言うわけやもん。でも違うんやな?」

「うん。だって神隠さんは条件に当てはまらないんだもん。ねえ、図書室はどこにあるかわかる?」


 私はアイラに「学校の地図をだして」と言って机に置く。タブレットには上から見るとカタカナの“コ”の字に似た七陣小の地図が表示される。杏ちゃんはすぐにその一点を指し示した。


「そんなもん北校舎やろ」

「じゃあ私たちの教室は?」

「それは東校舎や……あ!」

「そう。北校舎の西側は階段だし、東校舎は西校舎にさえぎられて夕日は差さない」


 私はずっと、夕日に照らされる中、神隠さんと出会ったと思い込んでいた。けれど違う。私の脳裏に焼きつく、夕日に照らされ鮮やかに輝く彼女の黒髪を見たのは、そのあと音楽室の七不思議を確かめにいった時。つまり西校舎に行った時だ。


 人生で初めて幽霊を見たという事実があまりにも衝撃的過ぎて、そしてその幽霊にも堂々と話す神隠さんのイメージが強すぎて、記憶が混乱していた。じっくり考えて記憶を呼び覚ますと、沈みゆく夕日を眺めていたのは幽霊のお姉さんだ。


 神隠さんと出会った図書室では、私は時計で時間を確認しただけ。赤く染まるほどの夕日は差し込んでいなかった。それもそのはず。図書室は北校舎にあるからだ。


 七不思議のアルバムが作られたのは新校舎になるずっと昔。最近老眼が辛い和田さんが小学生の頃だ。きっと当時の図書室は、西校舎にあったんだろう。


「でも図書室で死神を見つけた言いよったから、花子さんの時と同じで今の図書室のことやないん?」

「いいや、今まで場所が指定されていた七不思議は、きっちりその場所に現れていた。けれど今回は、図書室で見つけたと言っただけで、図書室という場所はアルバムに書いていない」


 図書室で死神を見つけたというのは、当時和田さんが聞いた話だ。あの記事を書いた人が、そんな重要な情報を書き漏らすはずがない。『夕日に隠れて紛れ込んでいる』という方が重要なんだ。


「じゃあ葵は違うとして、それなら死神は誰なんや?」

「うーん、それは……」


 七陣小七不思議その七“一人増える”の条件は四つ。

 ひとつ、死神は春の訪れと共に現れる。

 ふたつ、死神は夕日に隠れて紛れ込む。

 みっつ、死神は“あ”から始まる名前である。

 よっつ、死神が嘘の過去を与えることはない。


 死神は神隠さんではない。それは確かだ。夕日の条件を考えると、怪しいのは西校舎。西校舎にあるのは教室と音楽室と、それから……。


「……いや、待って。いる。条件に当てはまるのが、一人いる」

「ほんとか!」


 私の視線は机の上の地図へと。いや、その地図を表示するタブレットへと――。



 ☆☆☆☆☆



「ここは、空き教室か?」


 確信を得た私は、杏ちゃんを連れて朝のホームルームが始まろうかという教室を抜け出して、西校舎四階に来ていた。


「そう。でも正確には、数年前までパソコン室として使われていた。そして今は――」


 私はバンと扉を開け放って、中へと入る。

 そこにはパソコンや多くの機械が並んでいる。


「――サーバールームとして利用されている」


 実験中の学習支援AIを機能させるための高性能サーバー。それがこの使われなくなったパソコン室に置かれていた。


「ここに死神がおるんか?」

「うん。春に訪れて、いつの間にか学校生活に紛れ込んでいて、そしてここは西校舎。たぶん死神の正体は――」


 それを言おうとしたとき、パソコン室の扉が再び開いて中に人が入ってきた。あれは!


「か、神隠さん!」


 神隠さんだ。急いできたから――いや、それ以上に苦しそうな彼女が、肩で息をしながら立っている。


「はあはあ、どうやら楓たちもたどり着いたみたいだね、最後の不思議に。アルバムを図書室に戻しておいてよかった」

「葵! 杉山はお前のこと知らん言いよったぞ。どういうことや!?」

「それはおいおい。今は先に死神をどうにかしないと。どうやらここの目の前で鍵閉めの儀式なんてした私は、ひどく睨まれているみたいでね。体調を崩して数日動けなかった」


 人食い階段を封印した鍵閉めの儀式。そうか、あれはこの教室の真ん前だった。だから神隠さんをこの数日見かけなかったのか。


「さあ楓、もう見当はついているんだろう? 一緒に宣言しようか」

「うん、神隠さん。せーの!」

「「死神の名前は、アイラ!」」

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