第19話 死神の正体

『神隠……って誰?』


 その言葉が頭の中でわんわん反響している。眠れないや。


 七陣小は五年生になる時クラス替えがあるからまだ覚えていない……いいや、無理がある。だってもう一学期は終わろうとしている。あの目立つ神隠さんの容姿や珍しい名字を考えると、知らないというのは無理がある話だ。


 あの後和田さんにも確認したけれど、『え、髪が綺麗な子よね? あの子図書委員じゃなかったの? さあ、どこのクラスかはわからないわ』と言っていた。


 神隠さんは死神。


 そんな嫌な考えが頭を離れない。


 春の図書室で私は神隠さんと出会った。貸出係が終わる時間。日が傾いてきた頃だったと記憶している。そして神隠さんの名前は葵。条件は全て当てはまる。


「楓、遅刻するわよー」

「はーい、今行く!」


 眠れなくても朝は来る。学校に行かなきゃ。ずる休みなんてしたら、お母さんがカンカンだ。


「もう、せっかく新しい校舎なのに~」

「お母さん、新校舎になってもう十年だよ」

「でもいいじゃないの。お母さんの頃の七陣小なんて、トイレはお化けが出そうだし、図書室に死神がいるなんて噂もあったんだから……」


 図書室に死神か。そのことで頭を悩ませているんだけどな……。


「……待って、お母さん七陣小出身だよね? その図書室の死神の事で詳しいこと知らない?」

「うーん、詳しくは知らないかな。でも当時の図書室って西日がすごくて、夕方になると真っ赤に染まって怖かったんだから。そりゃ死神も出るわって感じ」

「夕方になると真っ赤に……! ありがとうお母さん、行ってきまーす!」


 そうか、そうだ! あることに気がついた私は、お母さんの行ってらっしゃいも聞かずに走り出す。今は一分一秒でも早く学校に行きたい。



 ☆☆☆☆☆



「違ったんだよ杏ちゃん!」

「なにが?」

「神隠さんだよ。神隠さんは死神なんかじゃない!」

「わかったわかった。そやから少し落ち着いて」


 いつもと逆にたしなめられた私は、席に着くと深呼吸をする。


「まあまずは、楓は葵が死神やないかと疑っとたわけやな? まあ正直うちもその可能性あると思っとったわ。だってクラスメイトのはずの杉山が知らん言うわけやもん。でも違うんやな?」

「うん。だって神隠さんは条件に当てはまらないんだもん。ねえ、図書室はどこにあるかわかる?」

「そんなもん北校舎やろ」

「じゃあ私たちの教室は?」

「それは東校舎や……あ!」

「そう。北校舎の西側は階段だし、東校舎は西校舎にさえぎられて夕日は差さない」


 七不思議のアルバムが作られたのは新校舎になる前。きっと当時の図書室は、西校舎にあったんだ。


「でも図書室で死神見つけた言いよったから、花子さんの時と同じで今の図書室のことやないん?」

「いいや、今まで場所が指定されていた七不思議は、きっちりその場所に現れていた。けれど今回は、図書室で見つけたと言っただけで、図書室という場所はアルバムに書いていないんだよ」


 図書室で死神を見つけたというのは、当時和田さんが聞いた話だ。あの記事を書いた人が、そんな重要な情報を書き漏らすはずがない。『夕日に隠れて紛れ込んでいる』という方が重要なんだ。


「じゃあ葵は違うとして、じゃあ死神は誰なんや?」

「うーん、それは……」


 ひとつ、死神は春の訪れと共に現れる。

 ふたつ、死神は夕日に隠れて紛れ込む。

 みっつ、死神は“あ”から始まる名前である。

 よっつ、死神が嘘の過去を与えることはない。


 たぶんこの条件に当てはまる人物だ。そんなの探しようがあるの?


「……いや、待って。いる。条件に当てはまるのが、一人いる」

「ほんとか!」



 ☆☆☆☆☆



「ここは、空き教室か?」

「そう。でも正確には、数年前までパソコン室として使われていた。そして今は――」


 私はバンと扉を開け放って中へと入る。

 そこにはパソコンや、多くの機械が並んでいる。


「――サーバールームとして利用されている」


 実験中の学習支援AIを機能させるための高性能サーバー。それがこの使わなくなったパソコン室に集められていた。


「ここに死神がおるんか?」

「うん。春に訪れて、いつの間にか学校生活に紛れ込んでいて、そしてここは西校舎。たぶん死神の正体は――」


 それを言おうとしたとき、パソコン室の扉が開いて中に人が入ってきた。あれは――!


「か、神隠さん!」


 神隠さんだ。急いできたから――いや、それ以上に苦しそうな彼女が、肩で息をしながら立っている。


「どうやら楓たちもたどり着いたみたいだね、最後の不思議に。アルバムを図書室に戻しておいてよかった」

「葵! 杉山はお前のこと知らん言いよったぞ! どういうことや?」

「それはおいおい。今は先に死神をどうにかしないと。どうやらここの目の前で鍵閉めの儀式なんてした私はひどく睨まれているみたいでね。体調を崩して数日動けなかった」


 人食い階段を封印した鍵閉めの儀式。そうか、あれはこの教室の目の前だ。だから神隠さんをこの数日見かけなかったのか。


「さあ楓、もう見当はついているんだろう? 一緒に宣言しようか」

「うん、神隠さん。せーの!」

「「死神の名前は、アイラ!」」

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