第17話 封印と呼び名

 人食い階段の事件の後、無事に意識が目覚めた松山先生は事件の事を何も覚えていなかった。私たちは松山先生を見つけた理由を、単にパソコン室の前で倒れていたとしか言わなかったから、事件は迷宮入りだ。


「本当にこれでよかったのかなあ?」

「なんが?」

「人食い階段の事だよ。危ないって教えないと、また人が閉じ込められるんじゃない?」

「そうやなあ」


 金次郎像の時みたいに、階段を数えたら危ないという噂を流そうとも思った。けれど、面白がってやる子がいると困るのでやめにした。小学校は一年生から六年生まで幅広い子がいるのだ。私たち基準で考えても、なにかあったらいけない。


「まあ二人とも、その件で今日はここに来たんだよ」


 あの事件から数日が経った放課後。私たちは職員用駐車場へと来ていた。神隠さんは先日見せてくれた一面はどこへやら、ミステリアスでクールな雰囲気を漂わせている。結局あれ以来、いつもの神隠さんだ。


「ここに用事というと、まさかアレか?」

「そう、あれだね。金次郎殿、ひとつ尋ねたい事があって来たんだが」

「む、君たちであるか。今日は何用だね?」

「ああ、異世界への扉の閉じ方を知らないかなってね。勤勉で知られるあなたなら知っているかと思って」


 なるほど。七不思議の事は七不思議に聞けということか。確かに元ネタの二宮尊徳さんが勤勉で知られ自身も七不思議の一角である金次郎像なら、あの人食い階段をどうにかする方法も知っているかもしれない。金次郎像はふむと考えたあと、口を開く。


「異世界の扉の閉じ方なら知っておる。君たちには新しい噂を広めてもらった恩義もあることだし、特別に教えて差し上げよう」

「ありがとうございます!」



 ☆☆☆☆☆



 金次郎像に扉の閉じ方を教えてもらった私たちは、準備をして再び西校舎の屋上へ続く階段へとやって来ていた。


「えーっと、準備はこれでいいんだよね?」

「ああ。それじゃあ始めるよ」


 用意したのは鍵だ。ホームセンターで売っている、いわゆる南京錠というやつ。それから清めの塩に、墨汁で鳥居を書いた紙。そして金次郎像から聞いた呪文を、神隠さんが唱える。


「閉じよ閉じよ閉じよ。異なる世へ続く道よ閉じられよ。我らこの扉はもう使いませぬ。扉よ決して開くことなかれ。扉を決して開くことなかれ。ここに扉の鍵を用意し、扉が開かれぬようお願い申し上げまする」


 凛とした空気をまとった神隠さんが呪文を唱え一度両手を打ち拍手。するとそれまで鍵の開いていた南京錠が、ひとりでにカチりと閉じた。


「……これでいいんよな?」

「いいと思うよ。神隠さん、あとはその南京錠を鳥居の紙にくるんで埋めればいいんだっけ? 封印が解けないように、うんと深いところに埋めた方がいいと思うよ」

「もちろん。近所で工事をやっているから、そこに埋めるつもり」


 それなら安心だ。ほっと胸をなでおろすと、杏ちゃんが不思議そうな顔で私を見ていた。


「どうしたの、杏ちゃん?」

「なあ、うちの事を呼んでみてや」

「……? 杏ちゃん?」

「そうやな。うちと楓は親友やんな」

「そうだよ」


 なにを今さらと思う。私と杏ちゃんは大切な親友同士だ。仮に杏ちゃんはそう思わなくても、私は一生そう思うだろう。


「じゃあさ、今度は葵の事を読んでみてや」

「……? 神隠さん?」

「いやいやいや、おかしいやろ! 楓は葵のこと友達と思っとらんのか?」

「そんなことないよ! 杏ちゃんと同じくらい大切な親友だよ」


 春に出会ったばかりだけれど、神隠さんとは色々な事を一緒に体験した。大鏡の時も、この間も、命まで助けてもらったんだ。少なくとも私は大切なお友達だと思っている。


「じゃあいつまで他人行儀なんや。愉快なあだ名……はないにしても、親友なら名前で呼んだらいいやんけ!」

「うっ、それは……」


 なんか表現しづらいけれど、神隠さんは神隠さんって感じなのだ。この間は子どもっぽくボロボロ泣いた姿を見たけれど、基本的に私なんかよりずっと大人で、ずっと物知りで、ずっと頼れるのが神隠さんだ。それをあ、あ、葵ちゃんだなんて、呼べるはずがない。


「あはは、いいよ。楓が私の事を大切に思ってくれているのは知っているから」

「葵もそんな言うなや! アイラ、いつまでも名字にさん付けで呼ぶ友達ってなんて言うんや?」

『それは、他人行儀と言います』

「ほれ見てみい! 自分らAIにまで他人行儀や言われとるぞ!」


 杏ちゃんはタブレット端末までいつの間にか取り出して、ワーワーとまくしたてる。そんな様子を見て、神隠さんは優しく微笑んだ。


「大丈夫だよ楓。時間はたっぷりあるんだから、おいおいね。それにさっきも言ったように、楓が大切に思ってくれていることを、私は知っているよ」


 ある放課後の出来事だった。今でも私は優し気なその笑顔を鮮明に覚えている。その翌日からだ。神隠さんの姿を学校で見かけなくなったのは。

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