第13話 その五、”トイレの花子さん”

「大変大変、今度は三年生のトイレだってさ!」


 そんな事を騒ぎながら、男子の一人が教室に入ってきた。

 連休からまたしばらく過ぎ、七陣小ではある事件が発生していた。


「これで四件目?」

「先生たちカンカンに怒っていたぜ」


 それは学校中の女子トイレで起こっているある悪戯だ。

 最初は二年生の掃除道具がばらまかれていた事件だった。その時は間違って倒してしまい、しまわなかったのだろうとも思われていた。けれど悪戯はどんどんエスカレート。六年生のトイレではトイレットペーパーがばらまかれ、職員用トイレは水びだしになった。そして今度は――。


「ケチャップ! 三年の女子トイレ、ケチャップまみれになっていたらしいぜ!」


 なんでケチャップ? ……とは思うけれど、それは大変だ。なにより、食べ物を粗末にするのはいけないことだと思う。


「なあ楓、これ絶対七不思議関係の事件やと思わんか?」

「どんな七不思議になるの? ケチャップの精霊とか?」

「いや、それは知らんけど。というかケチャップの精霊って」


 でも確かに、生徒がやった悪戯なのかは疑問に思う。だっていま七陣小の生徒の間では、“悪いことをすると薪を投げに来る金次郎像”の噂が流れているのだ。そんな中、この過激な悪戯をする生徒がいるのかな?


 そんな事を考えながら、放課後神隠さんと合流するのを待った。



 ☆☆☆☆☆



「七陣小七不思議その五、“トイレの花子さん”」

「ほらあ、言うたとおりやろ楓。やっぱり七不思議関係やんけ」

「あー、ケチャップの精霊じゃなかったね」


 放課後、図書室。今日は貸出当番じゃないけれど、人がいないのでここに集合だ。奥の方の席に座れば、まず話を聞かれない。


「ま、かもしれないというだけだけどね」

「どういうこと、神隠さん?」

「記事にはこう書いてある。『七陣小の女子トイレには、トイレの花子さんが現れる。三番目の扉を三回ノックし、花子さん遊びましょと言う。すると花子さんが出てきて、遊んでくれる』ってね」


 トイレの花子さんの話くらいなら、私でも知っている。動く二宮金次郎像と同じくらい、たぶん全国の学校にあるタイプの怪談だ。


「遊んでくれるんか?」

「そうみたいだね。全国の花子さんには、呼び出すと呪われたり命を奪われたりする話もあるけれど、どうやら七陣小の子は温厚のようだ」


 そういう問題?


「まあともかく、その花子さん捕まえて悪戯をやめさせればいいんやな?」

「いや、まだ花子さんがやったか決まっていないよ。だって記事には悪戯の記述がないからね。だからかもしれないと言ったのさ」


 なるほど。トイレに関する七不思議だから、今回の一連の事件に関係するかと思うけれど、実際の所どうかはわからないか。


「まあとにかく、まずは花子さんを探してみようか。どちらにせよ、七不思議その五の実在を確認しないとね」


 記事にはトイレの場所が指定されていない。なので私たちは、あまり人が来ない北校舎四階の一番奥のトイレを使うことになった。


「一、二、三、ここだね。ノックするよ?」


 じゃんけんの結果、私がノック担当になったのでノック。一、二、三回。


「花子さん、遊びましょ」


 そして唱える合言葉。特に反応はない。


「ねえ神隠さん、ここのトイレじゃないのかな?」

「……待って、なにか聞こえないかい?」


 そう言われて耳をすます。するとゴゴゴと、何かが流れるような音。これは……配管?


「来るよ」


 神隠さんがそう言った瞬間だった。目の前の女子トイレから、おかっぱ頭で小柄な女の子が飛び出した。つまりこの子がトイレの花子さん!


「そうか、配管を使って女子トイレの移動を!」


 え? それって下水だよね?


「そうよ。私は女子トイレならどこでも行けるの」


 下水だよ? 大丈夫?


「さあ私を呼び出したのは誰かしら? 遊んであげましょう。なにする? トランプ? カルタ?」

「あの、遊ぶ前にいいですか?」

「あら、なにかしら?」

「最近トイレで悪戯しているのは花子さんですか?」

「ええ、そうよ」

「なんでそんなことするの?」


 私の言葉に、花子さんは押し黙る。よほど言いにくい事情なのか、たっぷりと溜めてから口を開く。


「その……構ってほしいから!」


 ――そんな事を、顔を赤らめながら叫んだ。


「だって最近の子、全然遊びに来てくれないもの! トイレと言えば私でしょ!? なんでみんな呼び出さないのよ!」

「私が思うに、学校のトイレに不気味さを感じなくなったからかもね」


 七陣小のトイレはどこも綺麗で明るい。不気味さみたいなのは全然感じない。


「ううっ、せっかくトランプとか用意して待っているのに!」

「昭和ならともかく、令和っ子はそれで食いつかないかもね」

「昭和ってちょんまげとかしてる時代やっけ?」

「違うよ杏ちゃん、確かテレビが白黒の時代だよ」


 それともテレビないんだっけ?


「だから他の怪談を参考にして……赤マントとか!」

「ああ、赤て答えたら血まみれになって、青て答えたら血抜かれるやつな」

「でも血まみれって怖いから、ケチャップで代用して……」 


 それでケチャップ……。

 相手にされないのがよほど困っているのか、花子さんは顔を覆って泣き出してしまう。


「私は、私はどうしたらいいのよぉ!」

「うーん、海外とかだとまだ勝負できるかも?」


 飽きられた芸人さんが海外でもう一回ブレイクなんて話を聞いたことがある。それと同じで、日本では有名すぎるトイレの花子さんも、海外でヒットするかも。


「ううっ、でも私海外とか行き方わからないし……」

「そのままパイプを流れて行って、下水処理場までたどり着けばそのうち海に出られるよ」


 と、神隠しさん。


「なるほど!」


 ……それでいいの?

 そう思うのは私だけで本人は気にしていないのか、新天地を思い描き輝く様な笑顔でトイレの花子さんは流れていった。

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