第12話 連休のご予定は?
音楽室の霊、動く二宮金次郎像、鬼の大鏡、そして体育館の落ち武者と、色んな怪奇現象に遭遇した四月は慌ただしく過ぎていき、カレンダーはめくられ五月になった。
「ああ、もうゴールデンウィークか」
「そうだね。杏ちゃんはどこか行くの?」
「どうやろ? うちの父さん忙しいからなあ」
杏ちゃんのお父さんはスポーツ新聞の記者さんだ。世間ではゴールデンウィークの連休だけど、スポーツイベントが多いこの時期はむしろ忙しい。
「楓はなんか予定あるん?」
「私の家もお父さん帰って来ないから、お母さんと近場にお出かけするくらいじゃない?」
私のお父さんも忙しい。というかあまり家に帰ってこない。お父さんは海上自衛官で、もっぱら船に乗って海の上にいるから連絡すらあまりとれない。けれど帰って来た時に聞かせてくれる外国の話は好きだ。
「なら今年もお互い予定はあんまないってことか」
「そうだね。お互いにね」
杏ちゃんと私は性格が違う。けれど仲良くなったのは、こうして連休なんかの時にお互い用事がないからだった。思い返せば小学一年生の時、ゴールデンウィーク前に皆が楽しそうに予定を話している中で、話に入れなかった同士仲間意識みたいなのが芽生えたんだと思う。
「おや、二人ともなんの話をしているんだい?」
「あ、神隠さん」
例によって場所は放課後の図書室。誰も来ないカウンター席だ。杉山君は今日風邪をひいてお休みで、司書の和田さんは職員室に用事。というわけで杏ちゃんと雑談していたところ、遅れてやって来たのは神隠さんだ。
「ごめんね、遅れちゃった」
「葵、何か用事があったん?」
「うーん、それはナイショ」
今日も今日とてミステリアスな雰囲気を漂わせる神隠さんは、杏ちゃんの問いかけを煙に巻く。そう言えば出会った時も、用事があったから遅れたと神隠さんは言っていた。一体何の用事だろうな。神隠さんの事だから、もしかしたら不思議な用事なのかもしれない。
「で、なんの話をしていたのさ?」
「ああ、単にゴールデンウィークにお互い用事ないねって」
「ふーん。それなら二人とも、一日だけつきあってくれないかい?」
「どこかに行くの?」
「そう、博物館にね」
☆☆☆☆☆
電車に揺られること六駅。駅から歩いて十五分のところに、市立博物館はある。
「さあここから歩いて……ん? どうしたんだい楓?」
「なんかこう、緊張しちゃって」
杏ちゃんと遊ぶときはいつも近所、もしくは自転車で行ける範囲だ。だから友達とだけで電車に乗ったのは、初めてな気がする。
子ども料金をタッチし、切符を買う。改札を通る。行先を間違わずに乗る。そのどれもが少しずつの緊張になって、ここへたどり着くまでにどっと疲れた。
「誰だって慣れないことをするのは緊張するものさ」
「神隠さんも緊張とかするの?」
「もちろん。例えばそう……楓に初めて話しかけた時は緊張したかな」
「嘘だあ」
ミステリアスな神隠葵さんが、そんなことで緊張するはずがない。きっとこれは私の緊張をほぐそうとする神隠さんなりのジョークだ。でも考えれば、神隠さんも普通に小学生なんだよね。クラスが違うから見たことがないけれど、大人びた彼女が給食の時間に牛乳を飲んでいるはずだ。そんな姿を想像すると、それだけで少し笑えてしまうから不思議だ。
「うーん、でもうちも博物館とか初めてやから緊張するわ」
「そうなの杏? でもその心配も無用だよ。市立博物館は市民の税金で運営されているし、私たちには当然使用する権利がある」
「そんなもんなんかなあ?」
「そして小学生は常設展無料だよ」
「おお、それはいいやん! 毎日いこう!」
そんな話をしていると、徒歩十五分の距離なんてすぐだった。
市立博物館は広々とした池の奥にあるガラス張りの建物で、その姿だけで圧倒されるものを感じる。手前にはアーチが、まるで宝物を護る門番の様に立っている。
「常設展は無料だけど、今日見るのはこれ」
「えーっと、特別展“世界の怪奇”?」
神隠さんが指し示したポスターには、おどろおどろしい絵と共にそう書いてある。
「世界各地で伝承に残る妖怪や、呪いに使う道具なんかを展示してあるんだ。それでチケットがこれね」
「貰ってもいいの?」
「元々貰い物だからね。それに七不思議探しにつきあってもらっているお礼かな」
七不思議探しは私たちも楽しんでいるから、お礼なんていいのにと思う。もしかしたら神隠さんも、ご両親と一緒に行く予定だったのが仕事とかで行けなくなったのかもしれない。
「はーやーくー、なあ早よ行こ!」
「うわ、待ってよ杏ちゃん。神隠さん、さあ行こう」
☆☆☆☆☆
「あったやんけ鍋のフタが倒した鬼の絵! あんなの倒すなんてやっぱすごいよな、鍋のフタ! マジでリスペクト!」
「うん、あったね。でもリスペクトするなら名前はちゃんと覚えとこうよ」
「えーっと、渡辺ナッツ?」
「渡辺綱ね。ピーナッツじゃないんだよ。もうわざと言ってるでしょ」
というか覚えとかないと、次鬼に襲われたとき逃げられないよ。
「二人とも、楽しめたかな」
「うん、とても。神隠さん、今日は誘ってくれてありがとう」
不気味な展示物もあったけれど、最近本物をよく見ているからか、あんまり怖いとは思わなかった。
「それは良かった。気になっていた展示だけど、感想とかおしゃべりしたいからね」
その日はそれからおしゃれなランチを食べて、いくつかお店を見て楽しく過ごした。替える頃には心地よい疲れを身体中に感じていた。そんな日だった。
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