第11話 バスケがしたいです

 バスケ対決は攻守交替で再スタート。何とか左衛門さんの攻撃だ。


「今度はズルなしやぞ」

『フフ、絡め手なぞ使わずとも、拙者に敵はいないわ。おお、力をお貸しくだされ、バスケの神様マイケル・ジョーダン!』


 さっきズルしたのは忘れたのか、強気の発言で応える尾形何とか左衛門。というか武士がマイケル・ジョーダンにすがっていいのだろうか。


「な、なんだと。それならこっちは力を貸してくれ大谷翔平!」


 杏ちゃん、そこは対抗しなくていいし、大谷君はバスケット選手じゃないんだよ。

 神隠さんが笛を吹き、ゲームが始まる。再びダムダムと響くドリブルの音。


「さあ、いつでも来いよ何とか左衛門!」

『うおおっ! レブロンよ、我に力を!』


 バスケット選手なら誰でもいいのか、そんな気合の叫びと共に杏ちゃんへ迫る何とか左衛門さん。けれど――。


「フェイント、上手い!」


 審判をやっている神隠さんが思わずそう言いたくなるほどの完璧なフェイントを披露した杏ちゃんは、そのままゴールにレイアップシュートを決める。


「杏ちゃんすごい!」

「へへ、母さんに鍛えられたからな。バスケは得意中の得意や」

『くっ、やりおるな杏殿。しかし簡単に負けはせぬぞ……!』


 そう尾形何とか左衛門さんが言っていたのが、今から三十分前だ。


「杏に得点!」


 もう何度目かわからない得点のホイッスルを、神隠さんが吹く。得点は途中から数えていないけれど、ひとつだけわかる事がある。この三十分間、得点したのは杏ちゃんだけだ。つまり、何とか左衛門さんはゼロ点。


『はあ、はあ、もう一回。もう一回でござる杏殿ぉ!』


 この三十分間で急激に落ち武者度が増した何とか左衛門さんが、もう何度目かわからない言葉を口にする。


「はあ、はあ、もういい加減にあきらめろや……」


 対する杏ちゃんも、浅黒い肌に玉の汗を浮かべながら、肩で息をしている。もうだいぶお疲れの様だ。という昨日の夜、鬼から逃げるために校舎中を走り回っての今日これだから、ここまで動けるのが純粋にすごい。


 そんな疲労困憊な様子の二人を見ていた神隠さんが口をはさむ。


「白熱した戦いをしているところ悪いけど、さすがにもう切り上げないと先生に見つかるね。今日はもう終わりにしようか」

「そうだね神隠さん。はい杏ちゃん、水筒」

「お、サンキュー楓」


 そもそもこの体育館は、今日は使用者がいないから勝手に使っているのだ。昨日の夜の事といい、バレたらまずいことになる。特に無断で鍵を持ち出した神隠さんが。


『そんなあ、拙者まだ勝ってないでござるう!』

「武士なのにそんな情けない声を出すな! 少しは鍋のフタを見習え!」


 杏ちゃん、たぶん言いたいのは渡辺綱ね。


「そもそも何とか左衛門さん、簡単にボール取られすぎじゃない?」


 それは私が見ていて思ったことだ。何とか左衛門さんは、ドリブルは問題なくできる。けれど杏ちゃんに攻められると、簡単にボールを取られてしまう。そしてフェイントにも引っかかりやすく、簡単に横を抜けられてしまっていた。


『しょうがないであろう。拙者、フリースローとドリブルの練習しかしたことないもの。スローはすごいぞ。邪魔が入らなければ、どこからでもスリーポイントを狙える』

「つまり一人遊びの達人と」

『そんな! まるで拙者が寂しい奴みたいでござる!』


 いや、実際そうだから私たちに頼んだんじゃん。

 でも困った。こんなんじゃいつまでも杏ちゃんに勝てない。さっき私と代わろうとしたけれど、『拙者は強敵と戦いたい』と拒否されたし、どうしよう。


 私と杏ちゃんが悩んでいると、神隠さんが「一つたずねたい事がある」と、何とか左衛門さんに切り出した。


「尾形某氏は、幽霊なんだろう?」

『左様。拙者はまごうことなき幽霊でござる』

「それじゃあ、人にとり憑いたりできるのかい?」



 ☆☆☆☆☆



 翌日の昼休み。体育館。

 ボールの跳ねる軽快な音が響き渡る。


「楓、パス!」

「ナイスパス杏殿!」


 杏ちゃんからパスを受け取った私は、まだゴールは遠いのにシュートの体勢に入る。シュっとボールを投げ入れると、それは正確にゴールを通過した。


「すげえ。有原はいつもすごいけど、今日は近藤もすげえぜ」

「ああ、特にシュートがすげえ。でも殿ってなんだ?」


 沸き立つ観戦している生徒たち。コートはいつも杏ちゃんの独壇場だけど、今日は私が目立っている……でござる。


「楓、ナイスシュ!」

「おお、ありがとうござる杏殿!」

「楓――というか何とか左衛門、言葉言葉」

「おおっ、これは失敬」


 憑依。いま私には、尾形何とか左衛門さんがとり憑いている。そして私の身体を使ってプレイしているのだ。上手い杏ちゃんがアシストに回れば、何とか左衛門さんのシュート力は活かせる。


「楓の身体はちゃんと返してね」

「おお、葵殿! もちろんでござる。念願のバスケができてもう感無量でござる。もう思い残すことなど、なにも――」

「楓?」

「……たぶんだけど、成仏したみたい」


 スーッと、私の中から何とか左衛門さんの魂が消えていく感覚があった。

 満足げに、安らかに、最後「あ、本場のバスケも見たいでござる」と言いながら。……もしかして成仏してなくてアメリカに行った?

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