第10話 その四、”体育館の落ち武者”
「落ち武者……だね」
「落ち武者やな」
「落ち武者で間違いないね」
私たちの視線の先には、鎧を着た半透明のおじさん――落ち武者の幽霊が一人、うろうろと体育館の中を彷徨っている。
「でも首あるみたいだね」
「そうやな。じゃあなにをうろうろしよるんやろ?」
「さあ? 聞いてみるのが早いんじゃない?」
言うが早いか、既に神隠さんは落ち武者に近づいている。それに続く杏ちゃん。仕方がないので、私もついていく。
「すみませーん」
『……? なんじゃ、
近くで見る落ち武者は、それはもうボロボロだった。落ち武者って戦に負けた武士って意味だし、まあそうなるよね。そんな落ち武者に神隠さんが問いかける。
「ここで何しているんですか?」
『もちろん決まっておる。バスケじゃ』
「へー、バスケしてるんだって。はい、解散」
「バスケかあ。ねえ杏ちゃん、帰りに文房具屋さんに寄っていい?」
「いいよ。うちも消しゴム買っとこ」
今日は早めに終わったなあ。七不思議探しは結構楽しいけれど、遅くなりがちなのが難点だ。
『ちょ、ちょっと待つのじゃ女子ども!』
「女子なんて名前じゃありませーん」
『なに……いえ、待ってくだされお嬢様方!』
なんか必死に呼び止められるので、立ち止まる。
「……何か用ですか?」
『いや、なぜ
「ピアノを弾きたいから現れる霊もいるし、バスケがしたいからかなって」
もう幽霊一回見ちゃったから、慣れがあるというか。
『いや、武士の拙者がバスケをしていることに不思議はござらんか?』
「特に。私としては七不思議が事実だと確かめられればそれでいいかなって」
と、神隠さん。
『拙者は幽霊ですぞ。恐ろしくはござらんか?』
「いやあ、昨日もっと恐ろしいもの見ちゃったしねえ」
と、杏ちゃん。
三者三様だけど、特に落ち武者さんに関心はないのは共通している。
「というわけで、解散」
『いや、待ってくだされ! そなたお名前は?』
「え、近藤楓ですけど」
『楓殿、お願いでござる! 助けてくだされ!』
お願いかあ。そこまでお願いされるなら、断るのも断りづらいな。
『話だけでも……!』
「しょ、しょうがないなあ……」
ノーと言えない日本人の私は、たとえ相手が霊であろうとノーと言えなかった。
「うわあ、絶対面倒なこと言われるわ」
「でも断れなくて……」
『お願いし申す……!』
「まあ命かかるような話じゃなさそうだし、話ぐらいは聞いてあげてもいいんじゃない?」
「葵までそう言うのなら……」
こうして、落ち武者さんの話をみんなで聞くことになった。
簡単な自己紹介を済ませた私たちは、落ち武者さんを囲んで座る。冷静に考えると異常な光景だ。
『オホン、そもそも某がここにいるのは、時に天正――』
「あ、遅くなっちゃうんで短めで」
文房具屋さんに行きたいし。
『む、仕方ない。拙者の名前は
「で、その何とか左衛門さんがなんでバスケを?」
『うむ、よくぞ聞いてくれた。時代が進むにつれて、この地に体育館なるものが建った。そしてそこで拙者は出会ったのだ。バスケに』
あれは運命の出会いだった、そう言わんばかりに力強く拳を握る尾形何とか左衛門さん。
『まるで合戦さながらの迫力で、バスケは面白い。じゃが霊である拙者が出ると皆が驚いてしまう……』
「そうなんだ……」
なんで武士なのにバスケとかツッコミたい所がある。けれどそうか、幽霊って孤独なんだ。そう思うとなんだか可哀そうになってくる。
『頼む、拙者にバスケの試合をさせてくだされ! 一人だとフリースローしかできんのじゃ!』
「その、元々幽霊になった未練とかはいいんですか?」
『そんなもの昔すぎて忘れてもうたわい。今の拙者の生きる道は、バスケだけよ』
いや、もう死んでいるけどね。
「杏ちゃん、バスケットの試合って何人だっけ?」
「ベンチ考えないなら五人ずつで十人やね」
『スリーオンスリーでもいいでござるよ!』
「それも六人おらんと。今ここに四人しかおらんのやけど?」
全然足りないなあ。
進まない話に、それならと神隠さんが提案する。
「とりあえず杏とワンオンワンしたらどうかな?」
「ええーっ、うちと?」
「私でもいいけれど、杏が一番バスケ上手いでしょ」
「ま、まあそうやろうね」
と、得意げな顔の杏ちゃん。神隠さん、早くも杏ちゃんののせかたわかってきたみたいだね。一騎打ちって武士らしいし、私もそれがいいと思うな。
『よし! いざ勝負でござる杏殿!』
というわけで、杏ちゃんと尾形何とか左衛門さんによるワンオンワン――バスケの一騎打ちが始まった。
ダムダムと響くドリブルの音。先行の何とか左衛門さんが、ゴールを見据える。そこに杏ちゃんが果敢に襲い掛かる。
「隙だらけよ、何とか左衛門! ボール取った!」
そう叫んだ瞬間、ばしゅっとボールがゴールを通過して、神隠さんによりホイッスルが吹かれる。
「なんでや! ボールはうちが取ったやろ!」
『フフ、よく見るでござる。それは拙者の――』
「――え? な、生首ぃ!?」
確かに杏ちゃんのブロックは良かった。けれど彼女が奪ったのはボールじゃなくて、何とか左衛門さんの生首。そして現在抱えているのもそれだ。というかこれ――。
「ズルだよね?」
「本当や! こんな得点認められんわ! 葵!」
「まあ確かに。バスケットのルールには生首を使ってはいけないと書いてないけれど、人間にはできないからね。得点取り消し」
こうして、スポーツ少女と落ち武者による波乱のバスケ対決は幕を開けた。
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