第6話 その参、”満月の大鏡”

「「“満月の大鏡”?」」


 放課後の図書室。貸出当番を終えた私と杏ちゃんは、神隠さんから呼び止められた。


「そう。それが七陣小七不思議その参」

「大鏡ってどの?」

「記事に書いてある見た目からして、三階の渡り廊下に掛かっているやつじゃないかな」


 言われてみれば見たことある。ヨーロッパ風の豪華な額縁に飾られた、高そうなやつだ。


「んで葵、その大鏡がどうしたって?」

「うん、記事にはこう書いてあるね。『廊下に掛かる大鏡。それを満月の晩に見ると、鬼が現れ食べられてしまうのだ』だってさ」


 食べられる。音楽室の幽霊や二宮金次郎像と違って、だいぶ攻撃的な怪談だ。もしこれも実在したら、命に係わるやつだ。


「食べられるのはやだなあ……」

「大丈夫だよ楓。記事にはこうも書いてある。『もし鬼が現れても、鬼の怖がるものを言えば鬼は鏡の世界へと帰っていき、命は助かる』ってね。それにもし鬼に遭遇した人が皆食べられてしまっているのなら、こんな話残ってないよ」


 それもそうか。でも人を食べてしまうような鬼が怖がる物ってなんだろう? やっぱり豆かな?


「というか鬼の退治方法以前に、ひとつ大きな問題があるやん?」

「どうしたの杏ちゃん?」

「いや、鬼が出るんは満月の晩やろ?」

「そこは抜かりないよ杏。今夜は満月だ」

「そうやなくて、晩ってことは今日学校に泊まり込みでもするん?」


 あ、そう言えばそうなるか。

 近頃の日没は午後七時ごろ。うちの家はそのくらいの時間に晩御飯を食べるし、夜の外出――それも学校に忍び込むなんてきっと許可されないと思う。どうしよう?


 私が不安に思っていると、神隠さんはカバンからスマートフォンを取り出した。


「ねえ楓、これでお家に電話をかけて」

「え、それでどうするの?」

「友達の家で晩御飯をごちそうになるって言って、代わってくれればいいよ」


 神隠さんの事だ、なにか考えがあるんだろう。けれど本当にうまくいくのかな? それに嘘をついて夜遊びするなんて、いけないことだ。


 その想いが、私に電話番号を入力することをためらわせる。けれどそれと同じくらい、三つ目の七不思議を知りたいという想いが、指を動かそうとする。せめぎあいだ。


「楓、一緒に夜の学校を探検しようよ。きっと楽しいよ」


 結局、最後の一押しは珍しく子どもっぽい神隠さんの言葉だった。


「――それでね、うん。友達の家で晩御飯をごちそうしてもらうことになって」

『まあそうなの? じゃあ向こうのお家の人に代わってちょうだい』

「あ、うん、わかった。今代わるね」


 神隠さんは、「私に任せて」とでも言いたげな表情でスマートフォンを受け取る。


「ああどうも、神隠の母ですう。あ、いえいえこちらこそいつも娘が――」


 すごい。完璧にお母さんのトーンだ。神隠さんの喋り方は普段から大人っぽいと思うけれど、今話している雰囲気は、なんというか完全に大人だ。私は杏ちゃんと二人で目を丸くする。


「――ああ、はーい。どうも~。それでは~。……どう、完璧だったでしょ?」


 私の時と同じように杏ちゃんの家へ電話を済ませた神隠さんは、得意げな顔でそう言った。うん、その渾身のドヤ顔を決めても許されるくらいすごかったよ。


「神隠さんのお家には電話しなくて良かったの?」

「ああ、うちは心配しないで大丈夫」

「ねえ葵、家はさっきのでいいとして、夜までどこに隠れるん? まさか掃除箱の中とか言わんよね?」


 確かに。先生たちが戸締りするまで、隠れる場所が必要だ。そんな場所あるのかな?

 でもそれも神隠さんは対策済みのようだ。「大丈夫」とニヤリと笑い、ポケットから何かを取り出した。


「これなーんだ」

「……鍵?」

「そう。この図書室と司書室の鍵。今日は司書の人お休みでしょ? それで先生から預かってあるんだ」


 司書の和田さんは今日お休みで、放課後の図書室解放の為に代わりの先生が来ていた。その先生ももう帰ってしまったけれど、いつの間にか鍵を預かっていたのか。確かに司書室にいれば夜まで校内に残れると思う。


「家に電話はした。図書室には私たちしかいない。そして鍵はある。準備万端だね」

「やるやん。さすがは葵」

「ありがと杏。嘘をつくのは心苦しいけれどね。心の中で謝ったから、神様もきっと許してくれるよ」

「ほーん、ところで夜まで残るんやったらお腹すくんやけど、それにもあてがあったりせん?」

「あるよ、ほら」


 そんな言葉と共に、神隠さんはカバンの中から次々何かをとりだす。教科書とかも入っていることを考えると、もはや異次元か何かにつながっているんじゃないかと思う程だ。


「これサンドイッチ? 神隠さんが作ったの?」


 机の上に並べられたのは、タッパーに入ったサンドイッチに水筒だ。サンドイッチの方は野菜やツナ、タマゴが挟んである彩りも綺麗な物で、すごく美味しそうだ。丁寧に冷却バッグにいれてある。


「そうだよ。二人に夜まで残ってもらうんだから、これくらいの準備はね。さあ、七不思議を探す夜のピクニックといこうか。

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