第5話 新しい噂
「う、動いたああああっ!?」
「お! 面白くなってきたやん!」
「やっときたね」
私、杏ちゃん、神隠さんが、三者三様の声をあげる。
対するは怒り心頭といった表情の二宮金次郎像。
「君たちそこに正座したまえよ、正座!」
「下は砂利なので嫌です」
反射的に正座をしそうになった私を止めて、神隠さんが反論する。
「むう……、なら正座しなくていいから大人しく話を聞きたまえ」
いいんだ。私たちが聞く姿勢を見せると、二宮金次郎像は「オホン」と咳払いをして話し始める。
「だいたいなんだね君たち。こうして石像が動いているのに、驚きもしないで」
「え、私結構驚いていますけど……」
「そうか! それは偉い。君に薪をあげよう」
そう言って金次郎像は、自分の背負う薪から一本取り出して私に手渡す。石像の薪なので当然石。重い。嫌がらせかな?
「この子に比べてなんだ君たちは! 子どもなら子どもらしく、もっと驚きたまえ!」
「昨日幽霊見たからね」
「だってガンダムの方が大きいやん」
「……っ! まったく嘆かわしい! 近頃の子どもときたら、なんと勤勉さが足りないのだ。なぜ小生を怖がらんのだ? 怖がるのも子どもの仕事だぞ。昔は小生の噂をあれこれ話しては、恐れをなしたというのに。今では七不思議まで忘れ去られ、嘆かわしいことよ。ああ、なんと無感動な現代っ子! 恐ろしきは人の心を失わせるデジタル社会よ!」
手にしていた本は放り投げ、両手で顔を覆いおいおいと泣き出す金次郎。いまいち何言っているかわからない。けどつまり……。
「もっと怖がってほしい?」
「そう、そうなのだ! 感情こそ学びよ。人は闇を恐れるがゆえ、明かりを手にした。飢えを恐れて農業技術を発展させた。恐れも勤勉さにつながるのだ。君は良い子だな。ほれ、薪をもう一本やろう」
いや、だから重いって……。
「へえ、だから夜な夜な校庭を走り回っているんだ?」
私の持つ薪をひょいと地面に置きながら、神隠さんがたずねた。
「うむ。先代からの伝統である」
「先代? つまりあなたは二代目ってことね。先代はどこに?」
「戦争に行ったそうだ」
「え? 像が戦ったんですか?」
そんな妖怪大戦争みたいな事が歴史の裏で行われていたなんて……。
私の疑問に金次郎像は首を横に振った。
「いや、先代は金属製だったからな。戦中の金属回収で撤去されたそうだ」
「金属回収? アイラ、金属回収について教えて」
『金属類回収令は、太平洋戦争中――』
「またそうやって文明の利器に頼って! 書物で調べなさい!」
「ええーっ、別にいいやん!」
常日頃本を持っている者として許せない部分があるのか、タブレットを取り出した杏ちゃんを金次郎像は怒る。
「まあ先代さんの話はともかく、夜な夜な校庭を走り回る金次郎像は実在したね。よし、二つ目も実在した。ねえ楓、やっぱり七不思議を探して良かったでしょ?」
フフフと、神隠さんは嬉しそうに笑う。その腕には、例の古い卒業アルバムが抱えられている。金次郎像は『七不思議まで忘れ去られ』と言っていた。きっとこのアルバムが作られた頃は、今よりもっと怪談が語られていたんだろう。
「ねえ神隠さん、七不思議が語り継がれなかったのは、どうしてだと思う?」
金次郎像の不思議は先代さんと目の前の金次郎像、二代に渡り作られた怪談だ。けれど今では、金次郎像の場所すら忘れ去られている。けれど杏ちゃんは、音楽室のピアノの怪は聞いたことがあると言っていた。アルバムが作られた頃は、二つとも有名な話だったはずだ。それがどうして七不思議としてまとめて語られなくなったんだろう?
もちろん、校舎の改築で金次郎像が目立たない場所に移動したのも理由だと思う。それでも他理由があるようでならない。私の問いに神隠さんは、あごに手をあてて少し考えるような仕草をした後、口を開く。
「金次郎が言ったように、恐れなくなったからじゃないかな?」
「恐れ?」
「うん。人は何かわからない物に恐怖を覚える。けれど科学が進歩して、人は色々な物を恐れなくなった。明るくなって、闇を恐れなくなったようにね。ピアノが勝手に鳴るのは怖くても、金次郎が走り回るのは怖くないと思う人が多くなったんじゃないかな?」
確かに金次郎像が動いて驚いたけれど、恐怖はそれほどない。杏ちゃんの言葉じゃないけれど、これくらいの機械、現代では山ほどある。実際今年の春休み、家族旅行で止まったホテルの受付はロボットだった。
「それが良いか悪いかはわからない。けれど文明が発達する裏側で、無くなっているものがきっとあるんだと思う。例えるなら絶滅動物みたいにね」
昔の人は料理をするのに火を起こしていた。私の家は電子調理器だから、料理をするのに火すら使わない。こんな感じに、日常の風景から消えていく景色がある。それは怪談みたいな非日常も同じなんだろうな。
「それを踏まえて、私からひとつ提案があるんだけど」
神隠さんは、杏ちゃんと言い争いを続けていた金次郎像に、ひとつの提案をする――。
☆☆☆☆☆
数日後、七陣小はある話題でもちきりになった。
「やっべー、ゲームしすぎると北門の金次郎像が薪を投げつけに来るんだってよ!」
「マジかよ。俺はピンポンダッシュしたら追いかけてくるって聞いたぜ!」
悪事を懲らしめる金次郎像。神隠さんが考え、杏ちゃんが広めたこの噂はたちまち学校中に広まり、今では知らない生徒はいないほどだ。
「金次郎のやつ、喜んどるやろか?」
「きっと喜んでいると思うよ」
悪いことをすると罰が当たる。そう恐れることも勤勉さにつながる。二宮金次郎像の新しい怪談が七不思議に入るのも、そう遠いことじゃないのかもしれない。
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